- 監修者のことば〈市毛勝雄〉
- T 子どもが習得する論理と言葉
- 一 初期の言葉の発達
- 二 学校での指導と「九歳の壁」の存在
- 三 四種類の壁
- 四 「一歳の壁」(意味ある言葉)
- 五 「三歳の壁」(基本的な日常会話)
- 六 「九歳の壁」(事実と感想の区別)
- 七 「十二歳の壁」(主張と根拠を関連)
- 八 作文指導の意義
- U これまでの指導
- 一 説明文の指導
- 二 作文の指導
- V 年齢に応じて発達する「論理的思考」
- 一 初歩的な演繹的思考の発達
- 二 帰納的推論の発達
- 三 演繹的推論の発達
- W 中学生に指導する「論理的思考」
- 一 言葉と論理
- 二 固有名詞と普通名詞
- 三 言葉と社会
- 四 言葉と文化
- X 論理的思考力を育成する中学校国語科の指導法
- 一 論理的思考力を育成する中学校国語科の指導過程
- 1 説明文
- 2 作文
- 3 話す・聞く指導
- 二 説明文の実践1
- 三 説明文の実践2
- 四 作文の実践1
- 五 作文の実践2
- 六 話す・聞く指導の実践1
- 七 話す・聞く指導の実践2
- 八 中学校国語科の年間指導計画
- Y まとめ
- ――論理的思考の学習は必要――
- 論理的思考力を育成する指導のQ&A
監修者のことば
中学校の「論理的思考力を育てる授業」という難しいテーマに挑戦して十年の苦闘の末、長谷川祥子氏は遂にその成果を本書の形にまとめ上げた。これは、毎日教壇に立って中学生の国語の指導に明け暮れている多くの教師諸氏に、明るい希望を与える快挙である。
これまで、中学校国語の授業研究書には論理的文章教材の授業研究は存在しなかった。そして毎日行われているのは、文学作品を仔細に読みながら感傷的な印象を述べ合う授業や、花鳥風月のテーマの随筆教材の感想文をイラスト入りで書き連ねさせる「文集作り」を目的とした「国語単元学習」である。
中学校の国語教科書にはかなり高度な論理的文章が載っている。それらの授業の進め方の多くは、難語句の指導(音読指導がない)の後で、文中の話題(例えば公害、地球温暖化等)についての「調べ学習」と「発表学習」で終始している。大学で論文を読むときに常識になっている、必要なキーワードの取り出し学習や、段落相互の組み立て方を調べる学習の指導研究は放置されている。中学校国語科の先生方は、文学作品や文学的な随筆を指導するのが本務で、論理的文章教材の指導などは自分たちの責任ではない、と考えているからであろう。
これでは、高校を受験しようとする中学生は公立中学校の国語の授業を見限って、塾にかよって論理的文章の読み方、書き方を学ぼうとするのが自然である。高校を受験する中学生の大部分の進路は、理系の諸学科や、文系でも経済・法律・商・社会・歴史・教育・心理等の実用学科だからである。
長谷川祥子氏は大学で萩原朔太郎研究を卒業論文として、文学世界の奥深さを実感した。ところが、教職に就いて生徒の国語指導に深くかかわり始めると、右のような中学国語科の授業の現状が見えてきた。それと同時に、高校、大学に進学して学業に行き詰まる理由の一つに、論理的文章の読み方と書き方の指導を受けないからだと訴える教え子たちが多いことを知った。そのとき、長谷川氏は論理的文章指導の研究を決心したのであった。
早稲田大学教育学部大学院に入学してからの長谷川氏の熱心さと根気強さとは、教育学部四年から進学してきた院生たちを驚かせた。しかし、長谷川氏が書く投稿論文は、大学の研究者が多い国語教育学会では二度も三度も掲載を拒否された。論理的思考という概念の歴史的変遷、論理的思考についての発達心理学を応用した考察、授業における指導事項の選択、それらを総合して展開する中学校の指導過程、こういうスケールの大きい指導研究がわずか三十枚の紀要論文に押し込まれているために、いろいろ書き直しても「不掲載」の理由はいつも「形式が整っていない」「単なる授業記録に過ぎない」「段落相互の関係がわかりにくい」というものなのである。
私は、長谷川氏の研究の価値は、一編の紀要論文では表現できないと判断した。論文の全体像をできるだけ詳しく書いたらどうかという私の考えを受け入れて、長谷川氏は直ちに全体像をまとめる仕事にとりかかった。二年経ってその論文がまとまったとき私は、論文評価の名伯楽、江部満明治図書編集長にお目に掛けた。江部満編集長は原稿を一読して直ちに「これはいい。出しましょう。」と言われた。長谷川氏の初志の価値が証明された瞬間であった。
本書の意義は、論理的思考が理科系だけの専有物ではなく日常生活に必要な思考であること、論理的文章の読む指導・書く指導が国語科の核心となる指導であること、論理的文章の読む指導・書く指導の指導過程が授業記録風に具体的に記述されていること、すべての記述が平明であること、の諸点である。本書が多くの中学校の先生方にご理解いただき、各教室で中学生が喜んで論理的文章教材の授業を受ける日が一日も早く到来することを念願している。
最後になったが、長谷川論文の価値を認めて出版してくださった江部満明治図書編集長に心から感謝して、監修者のことばの結びとしたい。
二〇〇三年五月 /市毛 勝雄
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- 明治図書