- まえがき
- 第1章 いじめの構造から見えるもの
- いじめとは何か
- なぜ、いじめるのか
- いじめのパターン
- いじめのないクラスにするために
- 第2章 実践記録 ヒロシとの2年間
- 5年生、友達を作るのが苦手なヒロシ
- ヒロシと父
- タクヤとサナエの存在
- 自分の気持ちをみつめたヒロシ
- 6年生、友達って何?から出発
- コウジの存在
- 気持ちを出し合う関係に
- ヒロシに友達ができた
- 第3章 自分と向き合い、友達への見方を高めよう
- 力関係の対等な人間関係とは
- 実態から出発
- 自分の行動パターンを知る
- リーダーの育成と班編成
- リーダーを層として育てる
- 「いじめっ子」がリーダーに変身
- 自分を振り返る
- 第4章 トラブル解決能力を育てる
- ささいなことでも話し合おう
- リーダーが仲裁役を
- アイメッセージで気持ちを言う
- どの子も気持ちを出せるように
- 気持ちをためてストレスにならないように
- 三角関係のトラブル
- 閉じられた関係から開かれた関係へと
- つらいいじめを乗り越えて
- 第5章 相互の人間関係の中で、自己肯定感を高めよう
- セルフェスティームとは
- 成績のいい子は、やさしい?
- 学力で自信のない子どもを勇気付ける
- 障害や、外見上の違いのある子どもを勇気付ける
- 国籍や民族の違う立場の子を勇気付ける
- 多様性を認め合おう
- 第6章 思いを出し合い、信頼関係を深める
- 思いを出し合う人権学習
- ごみの学習から
- 自分の親の仕事へと
- 友達を信じて語る
- さまざまな人との出会いを通して
- 自己をみつめ、語るということ
- 課外授業としての語り合いは、心の癒し
- あとがき
まえがき
私は、小学校の教師を二十数年しています。
最近、学校をめぐる状況は、大変厳しいものがあります。不登校、いじめ、虐待等の件数が、年々増えていることを学校現場でも実感します。
とりわけ、いじめの問題は、加害者被害者双方に、暗い心の傷を残します。命まで奪いかねない、大きな人権侵害としてのいじめ問題に取り組むことを、人権教育の要に据えなければならないと思います。
子どもたちは、追い詰められています。地域や家庭での人間関係が希薄になり、遊び場が奪われ、人とつながるぬくもりや喜びを学ぶ場がないのです。
でも、子どもたちは、必死に、人を求め、愛を求めています。携帯のメールに明け暮れる若者たちは、携帯を取り上げられたとたんに孤立感と焦燥感にさいなまれるといいます。メールの中のわずかな言葉にも、人とのつながりを求めているのです。そんな若者の姿からも、「自分はここにいる」「私の存在に気づいて」「受けとめて」という心の叫びが聞こえてきそうです。
学校は、教科の学習だけでなく、人とのつながりのすばらしさを学ぶ場として再生しなければなりません。子どもたちは、コミュニケーション能力を高める学びを必要としています。
* * *
いじめに関する書物は、たくさん出ています。大別して、二種類あります。まず圧倒的に多いのは、心理学者や教育学者によるいじめ問題に関する分析です。もうひとつが、現場の教師によるもので、いじめに取り組んだ実践記録ものです。どちらも読んでいて、非常にすばらしく多くの示唆に富んでいるのですが、残念なことに、学者の分析は、課題解決のための提言で終わっています。具体的に何をどうすればいいのか、その方法で取り組めば、どれだけの効果があるのかというところまで書かれていません。逆に、教師の実践記録ものは、その取り組みが一教師と子どもとの個別の関係性に終わってしまいがちで、一般化するための理論的裏づけがないのです。
これは、なぜかというと、日本の学校教育のシステムから来ていると思います。日本では、研究者と学校現場とのつながりが、ほとんどといっていいほど皆無なのです。研究者が、どれだけ調査や分析、提案を行なっても、実際にそれをやってみましょう、ともにプログラムを開発しましょう、というところまで、長期の関わりを学校現場と持ちにくいのです。教師にとっては、今までの経験とカンを頼りに手探りで、多くの問題と取り組まなくてはなりません。どちらにとっても不幸なことです。
学校を、もっと開かれたものにするために、現場教師、専門家、研究者が手を携えてネットワークづくりを進めていく必要があります。地域や保護者との連携も大切です。
そのための一助になるかどうかわかりませんが、私はこの本を書くにあたって、できるだけ具体的な子どもの事例を取りあげ、分析と、解決の筋道を探りました。
私は、決してすぐれた教師ではありません。でも、一年間、関わっていると、子どもたちの意識や行動の変容にはすばらしいものがあります。(私の場合、教師が頼りない分、よけい子どもがしっかりするのかもしれませんが。)
どんなに「しんどい子」と言われている子ではあっても、その子なりの成長や、ちょっとした表情の変化でも、私たち教師にとっては、うれしいものなのです。これは、どの教師も実感することです。
そんな子どもたちの姿から、何がそうさせたのか、どんな意識的な関わり方がどんな変容に結びついたのかを考え、いじめの解決法を探っていきたいと思います。
現場の教師の強みは、多くの子どもたちの実証例を知っていることです。20年間というと膨大な数です。比較的記憶に新しい過去3年間をとってみても、40人×3で120人近くの実証例を見てきたことになります。社会心理学の調査方法論として、質問紙調査やライフヒストリーや参与観察法というものがありますが、私たち教師は、子どもたちの成育歴や日常の言動、その意識の傾向まで、データは、どの調査法をも網羅するほどに持っています。ただし、それらの貴重なデータを、どれだけ主観を交えないで、客観的に整理分析するかは難しいことです。教師と子どもの関係性を抜きに、語ることはできないけれど、できるだけ「私」を客体化して、論じていきたいと思います。
* * *
第1章では、集団におけるいじめ発生の心理的メカニズムや、いじめのパターンを分析しました。第2章では、2年間にわたる実践記録です。第3章からは、人間関係作りにあたって、私なりに、大切だと思う視点を子どもたちの事例をもとに、提示しています。第3章では、「自分と向き合う」、第4章では「トラブル解決」、第5章では「自己肯定感」、第6章では「思いを出し合う」です。なお、登場する子どもたちは、すべて仮名です。興味関心のあるところから、読んでいただけたらと思います。
現場の教師だけでなく、専門家、研究者、そして、お母さん、お父さんにも読んでいただき、多くの方がこの問題に関心を持ち、解決法のさらなる発展に結びついてほしいと願っています。
どのような状況の中でも、子どもたちは未来を切り開くエネルギーと可能性を秘めた存在です。
2001年10月 /松下 一世
-
- 明治図書