- はじめに
- 第1章 認知発達を育てる自立活動
- 1 認知発達のとらえ方
- 2 自立活動と認知発達
- 3 自立活動の計画と展開
- 第2章 ムーブメント教育による認知発達の支援
- 1 認知学習の基礎としてのムーブメント
- 2 前教科スキルと諸機能との関係
- 3 読む力,数える力の発達
- 第3章 認知発達を支援するための手がかり
- 1 認知発達の手がかり(MEPA)
- 2 前教科スキルを育てるための手がかり
- 3 認知発達を支援するための手がかり
- 第4章 認知発達を育てる取り組み
- [さまざまな遊具を利用して子どもに働きかける]
- 1 触感覚遊びを通して育てる
- 展開例1/ 触感覚で外界の情報を得るための支援
- 2 前庭感覚遊びを通して
- 展開例2/ 前庭感覚に関連した垂直性・回転性・水平性の運動
- 3 身体像を育てる等尺性の運動
- 展開例3/ 身体像を育てる活動
- 4 身体概念を育てるために
- 展開例4/ 身体概念に関連した楽しい活動
- 5 読む力の土台づくり
- 展開例5/ 読む力に関連した楽しい活動
- 6 動きでできる読む力
- 展開例6/ 動きでできる読む力
- 7 数える力の土台づくり
- 展開例7/ 数の意識を育てる活動
- 8 動きでできる数のゲーム
- 展開例8/ 数を操作するための簡単なゲーム
- 9 動きが広げる読む力・数える力
- 展開例9/ 読む力・数える力を育てる活動
- 第5章 認知発達を育てる実践事例
- 実践事例について
- 1 動きの中で数概念を育てる
- 2 形や色を見分ける力の向上をめざして
- 3 感覚運動プログラムによる認知発達の向上をめざして
- 4 周りの物への関心の乏しい子どもへの指導
- 5 色や形の認知力を高める指導
- 6 模倣を取り入れた遊びをめざしたかかわり
- 7 空間認知力を高める指導
- 8 生活の中での生きた認知力を育てる―視覚的な手がかりを使ったお手伝い学習の指導―
- 9 周囲への関心を高めるかかわり
- 10 自閉性障害児に対する視知覚能力の形成をめざしたかかわり
はじめに
近年,ノーマライゼーションの理念の普及と共に,障害の認識をその人が抱える障害そのものに置くのではなく,環境や社会的要因からとらえていこうとする考え方に変化してきている。障害のある子どもの教育においては,2001年の1月に「21世紀の特殊教育の在り方に関する調査研究協力者会議」の最終報告が示された。これは障害のある子どもの教育の方向性を示したものといえる。その中では障害のある子の視点に立ち,一人ひとりのニーズに応じた支援を行うという方向性が提言されている。
今回の学習指導要領の改訂で,「養護・訓練」が「自立活動」の名称に変更され,自立活動の指導について「個別の指導計画」の作成が明記されたことは,時代の要請に応じたものであり,今後は子ども一人ひとりの個性を最大限に伸長し,社会参加するための基盤となる資質や能力の育成を図ることが,障害のある子どもを教育する学校の役割として求められていくだろう。
数年来,養護学校や特殊学級などでは,在籍する児童生徒の障害の重度化,多様化が進んでいる。これまで以上に教科学習以前の学習内容を精選し,教育活動に組み込んでいく必要がある。障害のある子の認知発達を支援するには,机上における学習だけでは十分な成果をあげることが難しく,心身の発達の基礎となる身体や身体運動を通して,見る力,聞く力,読む力,数える力など学習の基礎を培うことが重要である。
このような子どもの認知発達を促す手段として,本書で取り上げるムーブメント教育は有効な方法論の1つである。例えば,感覚,知覚,認知に課題のある子どもが,豊富な遊具で構成された遊び的な要素を持った楽しい活動に参加することを通して,外界からの情報を取り入れ,その情報を統合し,表出する,基礎的な情報処理の能力を形成していくのである。つまり,子どもは具体的な活動を通して,新しい感覚(知覚)運動のシステムを構築していくことができる。この感覚(知覚)運動の活動が認知発達基盤となる。
ムーブメント教育(Movement Education)は,子どもの身体的能力や運動が,心理的諸機能(認知能力・コミュニケーション能力)や情緒と密接不可分な関係にあり,前者を促進させることで,後者の発達を促すことができるという考え方に立つ教育法である。このムーブメント教育は,遊びの感覚で子どもの「快い」「楽しい」という気持ちを最大限に生かしながら,身体的活動を通じて身体的な成長と同時に精神的な成長の発展をめざしている。ムーブメント教育の基本理念は,「人間尊重」の教育として子どもの自主性・自発性を重視し,究極的には子どもの「幸福感の達成」をめざすという点にあり,今回の「自立活動」の考え方に直結するものである。
本書「認知発達を育てる自立活動」は,「〔障害児教育の新領域〕自立活動の計画と展開」シリーズ(全4巻)の第1巻に当たり,ムーブメント教育を主体とした自立活動による新しい認知発達を育てる支援として,感覚運動や知覚運動を中心に,その取り組みをまとめたものである。
本書は,第1章から第3章までを「理論編」,第4章を「展開編」,第5章を学校現場での「事例編」として,3部で構成されている。
第1章は,認知発達にかかわる要素を概説し,養護学校,特殊学級等で自立活動の指導を実際に計画,展開していく上での留意点について述べた。第2章は,人間の全面発達を支援するムーブメント教育と認知学習の基礎としてのムーブメント活動について概説した。またムーブメント教育と前教科学習スキルとの関連についてフロスティッグの考え方を中心に述べた。さらに,読む力,数える力の発達の基礎的な要素となる感覚運動,視知覚,聴知覚,言語,記憶などのかかわりについて述べた。第3章では,認知発達を支援する手がかりとなるアセスメントとしてMEPA(ムーブメント教育プログラムアセスメント)を中心に前教科学習スキルを育てるための手がかりや認知発達の支援のためのアセスメントを紹介した。
第4章は,前段の「理論編」に基づいて,具体的に学校教育の現場における認知発達を育てるためのプログラム(展開例)を取り上げた。肢体不自由養護学校等での重度な子どもから,知的障害養護学校や特殊学級等での比較的軽度な子どもまで,学校教育現場で応用可能なプログラム(展開例)を紹介した。また,多様な環境を使用した展開例や,家庭や地域でも応用できる身近な素材を用いた展開例も,併せて紹介した。
第5章は,第1章から第3章までの理論編及び第4章の展開例と関連させながら,実際の学校教育現場での指導実践に取り組んでいる方の,ムーブメント活動を通した色や形の弁別学習,視知覚,空間認知,数概念,模倣など,認知発達の支援に関する事例を紹介した。理論編,展開編,事例編と一連の流れで見ていくと,より参考になるものと考える。
本書は,養護学校や特殊学級など学校教育の現場で,実際に子どもを直接指導し支援している先生や新任の先生を対象として構成しているが,学校教育現場以外の療育機関や病院,幼稚園,保育所,地域の児童舘・児童センター等での実践,さらには家庭での遊びにも活用できることを意図して計画したものである。
本書と同様に,「〔障害児教育の新領域〕自立活動の計画と展開」シリーズ<第2巻「身体の健康・動きを育てる自立活動」,第3巻「コミュニケーションを育てる自立活動」,第4巻「音楽・遊具を活用した自立活動」>と併せて活用してもらえると,より実賎的,効果的な指導が展開できるものと確信している。
最後に,本書の出版にあたり多大なる励ましと助言をいただいた明治図書出版株式会社の三橋由美子さんをはじめ,編集・枚正できめ細かな配慮をいただいた編集部の方々に心から御礼申し上げたい。
2001年7月 編者 /小林 芳文 /當島 茂登
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- 明治図書