- まえがき
- T 新美南吉作品の特質
- 1 南吉文学の郷土性
- 2 南吉文学のテーマ
- U 「ごんぎつね」の教材研究史における問題
- 1 「ごんぎつね」の本文をめぐって
- 2 「ごんぎつね」の悲劇の原因をめぐって
- V 〈解釈〉と〈分析〉とは何か
- 1 〈解釈〉と〈分析〉の概要
- 2 〈解釈〉と〈分析〉の実際
- W 「ごんぎつね」の〈解釈〉
- 1 現代の子どもと「ごんぎつね」の世界
- 2 「教材の核」をめぐる〈解釈〉
- X 「ごんぎつね」の〈分析〉
- 1 「視点」の〈分析〉
- 2 「対比」の〈分析〉
- 3 「オノマトペ」の〈分析〉
- 4 「反復表現(主要語句)」の〈分析〉
- 5 「時間」の〈分析〉
- 6 「語り口」の〈分析〉
- あとがき
まえがき
私はこれまで、『文学教育における〈解釈〉と〈分析〉』(明治図書)、『文学教材で何を教えるか〜文学教育の新しい流れ〜』(学事出版)、『国語教材研究の革新』(明治図書)という一連の著作の中で、〈解釈〉と〈分析〉という二つの方法を提案してきた。それは広い意味では認識の方法(ものの見方・考え方・わかり方)である。そこには、文学をどのように考えるか、文学の読みをどのように考えるか、文学の授業をどのように見るかといった根源的な問題から、一つの作品をどのように理解するかという実際的な問題に至るまで多様な問題が含まれている。
しかし、私はその範囲を限定して、主に教材研究の方法というレベルで〈解釈〉と〈分析〉について論じてきた。国語の授業をどう組み立てるかというとき、何よりも教師がその教材をどう読むかということが重要になってくるからである。こうして〈教材解釈〉と〈教材分析〉という二つの概念が設定されたのである。
さて、前掲書の中では、〈教材解釈〉と〈教材分析〉のちがい、特徴、長短得失などについてはある程度明らかにしてきたつもりであるが、具体的な教材研究への適用という点はまだ不十分なものにとどまっていた。今後の国語教育学や教材研究において〈教材解釈〉と〈教材分析〉という考え方や用語が根づいていくためには、いくつかの代表的な文学教材でその具体的事例を示していくことがどうしても必要となる。そうすることによって、はじめて私の年来の主張である「〈理論〉と〈実践〉の疎隔を埋める」ということも実現していくのではないかと思う。教材(さらには子どもや授業)を今までとは違った角度からより豊かに深くとらえることのできるような〈理論〉こそ最も望まれているのである。
そこで本書では、まず「ごんぎつね」(新美南吉)を取り上げることにした。何と言っても小学校を代表する文学教材である。現在、すべての検定教科書(六社)に採られている。市販の雑誌・単行本を見ても「ごんぎつね」を扱った教材研究や実践報告はきわめて多い。あまりにポピュラーすぎて、これ以上新しい知見や成果は得られにくいとも言われている。にもかかわらず、本書では何故「ごんぎつね」を取り上げるのか。
それがすぐれた作品であり、すぐれた教材であるという判断がその前提にあることは言うまでもない。これは本書の中で明らかになるだろう。しかし、もっと本質的な理由は、「ごんぎつね」はまだ読み尽くされても研究し尽くされてもいないということ、また先行研究の諸成果が教材研究や授業に十分生かされていないということであった。
「すぐれた文学作品はその意味が無尽蔵である」と言われる。「ごんぎつね」は古典的名作と言われるだけあって、現在を生きる読者にとって依然としてさまざまな意味づけが可能である。今も共通教材たるゆえんである。どの子どもにもその世界は開かれている。したがって、これからも授業の中で新しい読みが創造される可能性は大いにある。そのことが私が「ごんぎつね」にこだわる最大の理由である。
一方、児童文学研究の分野に目を向けてみよう。新美南吉の研究は、『校定新美南吉全集』(全十二巻・別巻二、一九八〇年〜一九八三年、大日本図書)の刊行によって本文の校訂や資料の整備が進み、やっと本格的な研究の基盤が固まってきた。従来より「ごんぎつね」については多くの研究成果が蓄積されているが、全集が刊行されたことによってさらに研究の進展・深化が期待できるようになった。その結果は、当然、教材研究や授業実践に対しても有益な知見を与えてくれるだろう。
しかしながら、これまでの児童文学研究、国語教育研究・実践における多くの成果が必ずしも教師の共有財産になっていないということも指摘しなくてはならない。そこには「ごんぎつね」関係の文献・雑誌類が多すぎて、全てをカバーできないという事情もあるだろう。先行研究・実践の成果や問題点を概観、整理、考察しつつ、新しい知見(より豊かで深い読み)も提示するような本が望まれるゆえんである。
以上、本書を執筆する背景や動機について述べてきた。
次に、本書の構成について簡単に触れておきたい。
まずTでは「ごんぎつね」をより豊かに深く読むために最小限必要になると思われる作家論的・作品論的な知見をまとめた。「新美南吉の人と文学」に見られる特徴については「ごんぎつね」の教材研究にあたって考慮しておくべきである。本書では、南吉作品の郷土性とテーマについて述べた。
Uでは、同様の観点から、「ごんぎつね」の教材研究史において特に問題になってきたことを整理して示した。教科書本文の問題、定稿「かけよって来ました」の問題、さらに悲劇の原因をめぐる問題などについて諸説を検討しつつ私見を述べた。
Vでは、旧著で述べてきた〈解釈〉と〈分析〉のちがいを再整理した上で、WとXで、実際に〈解釈〉と〈分析〉によって「ごんぎつね」をより豊かに深く読んでいくことを試みた。〈解釈〉においては、現在の子どもの生活と「ごんぎつね」の世界の接点という問題を意識しながら、「教材の核」となる部分をめぐって、登場人物により切実に共感できるような読みのあり方を追求した。〈分析〉においては、それまでの考察で明らかになった作品の主題との関連を重視して、六つの分析項目を設定した。特にWとXでは(個人の力の及ぶ限りではあるが)先行研究・実践の諸成果を参照し、それに学んだことも付け加えておきたい。本来取り上げるべき著書・論文・実践記録を漏らしている場合もあるだろう。ご教示いただければ幸いである。
本書について忌憚のないご意見・ご感想・ご批判を賜りたいと思う。
/鶴田 清司
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- 明治図書
- 図書館でこのシリーズを拝読しました。今までぼんやりしていた私の教材研究観を,<解釈>と<分析>という二つの方法原理によって明確にしてくれました。永久保存版の名著だと思います。ぜひ復刻を希望します!2023/7/23溝上 剛道
- 定番教材の教材研究をする上で、鶴田先生のお考えを参考にしたいと思い、復刊を希望しました。私が子どもの頃に習った「ごんぎつね」を、今度は教員としての立場で読むことに心が躍ります。2022/4/29