- はじめに
- 序章 「子どもを捉え生かす」ことができる教師
- 教師にとっての優秀な専門性
- 優秀な能力を支えるリアリズム
- 子どもの学びを物語る能力、生み出す能力
- 実践家としての専門的な能力の形成
- 第1章 子どもの表現の「根」を掘り起こし、「芽」を伸ばす
- 第1話 「私が奈良時代の農民だったら、防人をなくしてほしい」
- 第2話 「沖縄は周りが全部海で囲まれていて……」
- 第3話 「三重県で人口が減ったのは、四日市で公害が起きて……」
- 第4話 「こっちのB川の周りには、田んぼの地図記号は……」
- 第5話 「それいうなら、ジェットコースターやろ」
- 第6話 「せんせいは、ゆびわのプレゼントをもらってうれしそうでした」
- 第2章 直接体験とつなげて考える楽しさ
- 第7話 「お母さんと二人で湖の遊覧船に乗りました」
- 第8話 「ケンカになったらどうするんだよ」
- 第9話 「今度、プールのときにゴーグルをもってきて……」
- 第10話 「そのことわざ、ボクの家のカレンダーにも書かれているよ」
- 第11話 空気鉄砲
- 第3章 子どもを鍛えて育てる
- 第12話 「どうしてニワトリさんたち、みんな逃げてしまったのだろうね?」
- 第13話 「セロテープやガムテープは使ってはいけません」
- 第14話 「きちんと野菜づくりについてのお勉強をしてから、また来なさい」
- 第15話 「自分たちで教頭先生に説明してお願いしなさい」
- 第16話 「マニュアルを作成して子どもたちに渡してあります」
- 第17話 「花壇ができた後、その管理はどうなるの?」
- 第18話 「四十台くらいはできると思ったんだけど」
- 第19話 親切? それともお節介?
- 第4章 子どもの「本気さ」と「育ち」を読む
- 第20話 「アンケートするのが好きになりました」
- 第21話 「情報活用能力」を育てる
- 第22話 ものごとを丁寧に仕上げようとする態度
- 第23話 コウノトリを呼ぶ作戦
- 第24話 高校生の教科書を教室に持ち込む
- 第25話 扉付きの柵を作ろう
- 第26話 「壁の穴から中の様子を見ると」
- 第5章 子どもらしさが生かされる
- 第27話 遊びつつ学ぶエンドウ君
- 第28話 教師の理解を超える
- 第29話 「スイミー」を読む
- 第30話 専有物で「こだわり」が生まれる
- 第31話 だって『とっくり酒』っていっていたもん」
- 第32話 子どもの育ちに負ける
- 第33話 上手にケンカができる
- 第6章 荒れた学級が再生する
- 第34話 「五年生になったら放送委員になって」
- 第35話 「チャリンコをメッチャこいで」
- 第36話 子どもたちにとって「今、必要なこと」
- 第37話 「ラジオを侮辱するヤツ、絶対に許せない」
- 第7章 集団の教育力が高まる
- 第38話 「虫は嫌いだ、虫と遊びたくない」
- 第39話 「ちがいます」が出ない
- 第40話 「えっ? 電話帳って、電話番号を調べるもので……」
- 第41話 「先週の水曜日の朝の会のスピーチで……」
- 第42話 「オレはホストだ。ホストやっているよ」
- 第43話 「ボクらはお小遣いをお母ちゃんからもらえるけど」
- 第44話 「うさぎを蹴飛ばして追い払えばいい」
- 第8章 課題設定・課題追究を支援する
- 第45話 「お米にはどんな種類があるのか調べたい」
- 第46話 バイパス沿いのお店の大研究
- 第47話 教師の発想を解放する
- 第48話 アヒルの薬代を稼ごう
- 第49話 描写するように語らせる
- 第9章 大人の生き方とかかわり合って子どもの心が育つ
- 第50話 職人の技に驚き憧れる
- 第51話 「プロの人に教えてもらいたいね」
- 第52話 「修業に入るのなら、一流店に入れてもらう方がいいよ」
- 第53話 「やっぱり、家族は一緒に暮らさなければいけないと思う」
- 第10章 校内研修が変わる
- 第54話 「あいつの今日の頑張っていた姿が、オレは嬉しい」
- 第55話 生徒も教師を差別しない
- 第56話 「れい君、ダメだよ。ダメだよ」
- 第57話 「流行だからといって、方法だけ取り入れても」
はじめに
小学校第三学年の「道徳」でのことだった。その学校ではすでに三年間にわたり、「心の教育」の指定を受けて研究に取り組んでいた。発表会の公開授業での一場面である。
教師は、以前に行なったグループでの活動の様子を写した拡大写真を数枚、「この前、こんなことやったね」と黒板に提示した。すると一人の男児が、自分のグループの写真を見て、「あれっ? かっちゃんが写っていないぞ。どうしたんだろう」とつぶやいた。一緒に力をあわせて活動に取り組んだ友だちが、たまたまであろうが、その写真に写っていないことを気にしている。この男児の意識には、「かっちゃん」がしっかりと位置付いている。友だちが温かく意識され、配慮されている。
その時間の終わりに、教師は、子どもたちに話し合ったテーマについて、各自の考えをプリントに書かせた。一人の男児が「先生、裏に書いてもいい?」と尋ねた。若い男性教師は、「えらいね」と言った。すると、別の男児が、「すごいね」とつぶやいて続けた。おそらくプリントの表だけでは書き足りなかったのだろう。そのことに対する教師の評価に続いて、友だちのよさが認められている。
その授業そのものも素晴らしかった。しかし、子どもたちの「心の育ち」は、学習活動における内容に関しての発言よりも、このようなちょっとしたつぶやきなどに示されている。このような子どもたちの何気ない表現を見出し、子どもの「育ち」の表れとして、積極的に価値付ける「捉え」が必要である。
「子どもを捉えて育てる」力量をどのように高めるのか。また、子どもを「具体的に見る」ことができ、子どもを「具体的に語る」ことのできる教師としての力量をどのように形成するのか。豊かに子どもを物語ることのできる教師は、子どもにとって成長へと連続する学びの物語を生み出すことができる。
本著では、学習活動などの場面から、子どもの表現の具体的な事例を取り上げて分析・検討することにより、そこにその子どものどのような「育ち」が表れているかを考察する。つまり、子どもを捉えて語ることの一つの語り方を示すことにより、どのように子どもの表現について感受し解釈するかについての視点と方法を提起する。なお、本著において取り上げる事例には、これまでに公にした拙著や『考える子ども』誌(社会科の初志をつらぬく会発行)などでも取り上げたものが含まれる。今回は、それぞれの事例を、理論の解説のための具体例としてではなく、章ごとのテーマを観点として、事例そのものに即してその事例の価値を明確化することを目的として位置付けた。
全国で子どもを中心に据えた授業実践に取り組んでいる多くの教師たちを、励ます著となれば幸いである。なお、この著を公にするにあたって、授業を公開し、筆者を共同研究者として迎え入れ、それぞれの事例を提供してくださった教師の皆様に、心よりお礼を申し上げる。今回も、樋口雅子編集長のお力添えをいただいたことに感謝申し上げる。
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- 明治図書