- まえがき
- 第1章 学力と学習指導要領
- 1.数学の学力の捉え方
- 2.学習指導要領の役割と今後の展開
- 第2章 新教材開発の方法
- 1.望ましい授業とは―興味・関心をもたせ,深く考えさせる授業―
- 2.教材開発の方法―興味・関心をもたせ,深く考えさせる授業を目指して―
- 第3章 興味・関心をもたせ,深く考えさせる授業の事例
- 1.工夫あふれる確かな授業の事例―中学校編
- @ 文字と式〔中学1年〕
- 身近な場面で文字式を利用した説明を行い,文字式の有用性を考える
- A 比例・反比例の応用〔中学1年〕
- ガソリン代を節約する運転の仕方
- B 双対関係にある多面体の展開図〔中学1年〕
- 模型を用いた作業を通して展開図のつながりを考える
- C 三角形の復元(作図)〔中学2年〕
- 与えられた条件を満たす三角形の作図方法を見つける
- D 図形の性質の探究と証明〔中学2年〕
- 直角三角形の斜辺からうかびあがる図形
- E いろいろな平均〔中学2年〕
- 相加平均・調和平均
- F 三平方の定理の応用〔中学3年〕
- 球が転がったときに地面にえがく図形
- G フィボナッチ数と2次方程式〔中学3年〕
- 電卓を利用して,2次方程式から連続するフィボナッチ数の比を求める
- H 一筆がきと橋渡りの問題〔中学:課題学習〕
- 身近な問題を通して,数学的な思考のよさを知る
- 2.工夫あふれる豊かな授業の事例―高等学校編
- I 2次関数のグラフ〔数学T〕
- 直線群からうかびあがる曲線を考える
- J 三角比の応用〔数学T〕
- 円に内接する四角形の面積
- K 円の性質〔数学Aまたは中学3年の発展〕
- 2定点を見込む角を最大にする定直線上の点の決定とその作図
- L 三角形の外心,重心,垂心の位置関係〔数学A〕
- 垂心の軌跡を考えることから,3点の位置関係を発見する
- M 3次方程式の解の公式〔数学U〕
- 虚数単位ぺの生い立ちにふれる
- N 三角関数の加法定理とその応用〔数学U〕
- 自然な形での加法定理の導入について,新しい方法を工夫する
- O 四面体の内接球からみえてくる性質〔数学B〕
- 空間ベクトルの有用性を知らせる
- P 漸化式〔数学B〕
- 漸化式の解法とその図形的な意味づけ
- Q 相加平均・相乗平均の不等式〔数学U,あるいは数学Vの視点から〕
- その有用性と限界
- R 紙を折ってうかびあがってくる曲線〔数学C〕
- 曲線が楕円・双曲線であることを発見し,その証明を考える
- S 離心率と2次曲線〔数学C〕
- コンピュータを利用し,いろいろな離心率の2次曲線を表示して考える
- 3.中学校・高等学校にまたがる工夫あふれる授業の事例
- (21) 三角形の九点円について〔中学2年,数学A〕
- 三角形の内部にうかびあがってくる円を発見し,その証明を考える
- (22) 円周率の計算〔中学3年〜数学B〕
- 電卓を利用して円周率を求め,さらにプログラムを作成し計算する
- (23) 有理数の循環節を求める〔中学3年〜数学T・数学V〕
- 有理数の概念について,中学3年から数学Vまでのスパイラルな指導
- 〔付録1〕数学科学習指導案の作成のポイント
- 1.学習指導案について
- 2.学習指導案の意義・目的
- 3.作成上のQ&A
- 4.学習指導モデル作成のすすめ
- 5.学習指導案作成上の留意点
- 〔付録2〕数学教育実践の改善への提言
まえがき
今,中学校・高等学校において実施している数学教育の現状はどうであろうか。授業では生徒は楽しく学んでいるだろうか。教師は数学的思考を楽しむゆとりをもっているだろうか。
平成10年12月に中学校,平成11年3月に高校の学習指導要領が告示され,それに基づく教育が中学校では平成14年度から一斉に,高校では平成15年度から学年進行で施行された。平成17年度からは,中学校・高校すべての生徒が新しい教育課程の下で学んでいることになる。現学習指導要領は,昨今の高度情報化社会を視野に入れた上で,この21世紀を見据えて作成されている。この特徴は,一言で言えば,生徒の「生きる力」の育成を目標にかかげていることにある。したがって,我々は数学という教科内容の教育を通して,この目標をふまえた健全な人間形成にいかに貢献できるかを積極的に考えていかなければならない。
現在は,高校への進学率が約97%に達しており,平成14年度教育課程実施状況調査や平成15年に実施された義務教育修了段階の15歳児対象のPS(Programme for nernaional Sden ssessmen)調査結果に対し,全国から当惑の声が聞こえている。少なからぬ高校生が数学の理解に困難を感じたり,数学への興味・関心や数学の社会的有用性についての意識が低かったりするなどの問題点が指摘されている。PSショックとも言われている。これはO(経済協力開発機構)「生徒の学習到達度調査」の国際調査で,41ヵ国・地域(O加盟30ヵ国,非加盟11ヵ国・地域)から約27万6000人が参加した。我が国からは,全国の高校144学科の1年生約4700人の生徒が調査対象として統計的に選定された。今回の調査では,
1) 数学的リテラシーについての調査が全体の3分の2で,残りは,読解力,科学的リテラシーについて調べている。
2) 思考プロセスの習得,概念の理解,及び様々な状況でそれらを生かす力を重視している。
3) 義務教育修了段階の15歳児が持っている知識や技能を,実生活の様々な場面で直面する課題にどの程度活用できるかどうかを評価している。
日本はいずれの結果も概ね世界トップレベルにあるが,平均値の順位としてはトップではない。特に,「量」領域の得点の平均値は実に11位である。これらの状況が問題視されている。すなわち,全体としては国際的にみて上位にはあるものの,成績中位層が減り,低位層が増加していることや,読解力,記述式問題に課題があることなど低下傾向が見られた。また,小学校4年生,中学校2年生対象の国際調査結果TSS2003を受けて,平成17年1月の文部科学大臣や首相の相次ぐ発言が教育界に新たな波紋を投げかけ,現学習指導要領の全面改訂の時期が早まる可能性が出てきた。その告示が,小学校・中学校分は平成18年度中に,高等学校分は平成19年度中になされるかもしれない。
PS調査で定義されている数学的リテラシーとは「数学が世界で果たす役割を見つけ,理解し,現在及び将来の個人の生活,職業生活,友人や家族や親族との社会生活,建設的で関心を持った思慮深い市民としての生活において確実な数学的根拠にもとづき判断を行い,数学に携わる能力」である。これは,現学習指導要領で謳っている「生きる力」の育成に数学から迫るそのものであると考えたい。数学的リテラシーに関する問題の得点順位はリヒテンシュタインについで6位(前回2000年の調査では1位)であるが,この点に関する調査結果を,生徒の得点の高い方から低い方へ,レベル6からレベル1未満の7つの習熟度別レベルに分けた割合の分布で見ると,上位の習熟度レベル(レベル6,5)に位置する割合は24.3%で4位,トップの香港は30.7%であった。これはあまり気にする必要はないと考えられるが,むしろレベル1,レベル1未満の割合がそれぞれ8.6%,4.7%,計13.3%の数値になっている点が問題である。フィンランドの6.8%の2倍近い数値である。つまり成績低位層が増加している。これは,基礎・基本の徹底がとりわけ注目されている中,日常実施されている数学の授業改善のための努力について検討の上,さらに充実させて行うことが必要であることを示唆するものではないだろうか。今日の学校週五日制の下,十分とはいえない授業日数,授業時数を考えるとなお一層その感を強くする。
その中で,通常の授業の他に,中学校や高校において,選択教科としての数学,課題学習,総合的な学習の時間,発展的な学習での教育活動を,数学内容について思考を巡らす場面として取り上げることが重要となる。また,学習内容を実生活と関連させる指導や他教科(理科,社会科,技術・家庭科など)との関連を図り,適宜指導内容として取り入れることも大切となる。その他,生徒の個性に応じること,コンピュータの積極的な活用など種々の課題はあるが,それらの諸課題に対応できる工夫した授業構成の実践事例を,本書では取り上げている。ここでは,中学校,高校のそれぞれ,またはその両方につながる授業の具体例として実践事例を提示する。そこでは,興味・関心をもたせ深く思考させることをねらって,数学的なものの見方・考え方のよさを感得してもらえるような内容になっている。授業等ですぐ使えるものもあるが,読者の方々も,これらを参考にしてご自身の授業を作っていただきたい。
この事例集は,広島大学附属中・高校数学科教員によるこれまでの研究授業の学習指導案をベースとして作成され,これらの授業例から,授業を工夫するアイデアや方法をまとめ,その教育的評価も記述したものである。また,これらの授業事例集は,制度化されたたとえば10年経験者研修の際に,今までの各自の授業を見直しその上での改善を行うための参考例になるヒントを含むものとしても提案している。教師の力量の向上に向けての方策の1つとして役立ててほしい。
平成18年8月 /編著者
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- 明治図書