- はじめに
- 序章 コミュニケーションの活発な算数授業のあり方とその意義
- 1 コミュニケーションを活発に
- 2 話し合い活動を授業のどこで行うか
- 3 いったいなぜ話し合い活動が大切なのか
- 4 話し合い活動を成立させるもの
- 5 数学的コミュニケーション能力を捉える視点
- 6 刺激し合い,高め合い,助け合えるような学習共同体の形成
- 第1章 算数科の能力としてのコミュニケーション
- 第1節 教育目標としてのコミュニケーション能力
- 1 数学的リテラシー・科学的リテラシー
- 2 思考力・判断力・表現力
- 3 算数教育への新しい流れ
- 第2節 数学的コミュニケーション能力を捉える視点
- 1 算数科の特性を生かしたコミュニケーション能力とは
- (1) NCTMの『スタンダード』
- (2) 『スタンダード』におけるコミュニケーションの内容
- 2 数学的コミュニケーション能力の内容を設定するための視点
- (1) 4つの視点
- (2) 4つの視点の具体化
- 3 数学的コミュニケーション能力における「数学的」とは
- 第3節 学習過程で培う能力
- 1 学習する過程で働く能力の強調
- (1) 1975年の報告『学校数学の展望と分析』
- (2) 1977年の報告『基礎・基本について』
- 2 1980年代のカリキュラム
- (1) 基礎的な学習能力
- (2) 高次の知的能力
- 第4節 数学的な文章づくり
- 1 かくという活動への着目
- 2 「数学的な文章づくり」の具体例
- (1) 学習感想
- (2) 友達への手紙
- 3 「数学的な文章づくり」の内容と形態
- (1) かかせたい内容
- (2) かく形態
- 4 「数学的な文章づくり」の教育的価値
- 5 「知」のあり方としての「数学的な文章づくり」
- 第2章 数学的コミュニケーション能力の展開
- 第1節 多様な表現・表記を使って交流する
- 1 多様な表現・表記を使う
- (1) 5つの表現様式
- (2) 事例:5年「整数の性質」
- 2 筋道立てて話す/かく
- (1) 思考過程の表現
- (2) 事例:4年「大きな数」
- (3) 事例:5年「割合」
- 第2節 算数の表現・表記を使って交流することの基本事項
- 1 どのような表現をするか
- 2 ノートに見られる表現の特徴
- (1) 事例:5年「割合」
- (2) ノートに見られた考え
- (3) “倍”の考えをした子供の記述例
- (4) “差”の考えをした子供の記述例
- 3 交流を意識してかかれたこと
- 第3節 よく分かっていることをもとにする
- 1 根拠にしようとするもの
- 2 アナロジー(類推)という視点
- (1) 教材の工夫としてのアナロジー
- (2) アナロジーによる問題解決
- 3 子供たちの記述の仕方の特徴
- (1) 事例:4年「大きな数」
- (2) アナロジーの視点による分析
- 4 よく分かっていることをもとにすることの大切さ
- 第4節 教師の問いかけ/語りかけ
- 1 コンテクスト(理解の文脈)への着目
- 2 メッセージの種類とコンテクストの階層
- (1) テクスト,メッセージ,コンテクスト
- (2) メッセージの種類
- 3 コンテクストの転換による問いの生成
- (1) 事例:5年「四角形と三角形の面積」
- (2) 新しいコンテクストをつくっていく
- (3) 思考の転換と発展
- 第5節 他者に分かるように語る
- 1 交流ができるということ
- 2 コミュニケーション過程におけるコンテクストへの着目
- (1) コミュニケーション過程研究
- (2) コンテクスト研究
- (3) コンテクストの概念についての補足
- [教材の検討対象としてのコンテクスト]
- [思考の分析対象としてのコンテクスト]
- (4) コンテクストの定義
- 3 授業での発話におけるコンテクスト設定の様相
- (1) 事例:5年「小数のかけ算」
- (2) かけ算の式に表してよいことの理由の説明
- (3) 筆算形式で計算するときの小数点の処理の仕方の説明
- 4 数学的コミュニケーション能力としてのコンテクスト設定
- 第3章 コミュニケーションへの態度形成と学級づくり
- 第1節 コミュニケーションへの適切な態度形成
- 1 数学的コミュニケーション能力としての態度
- 2 小学生への調査の実施
- 3 「話し合いへの適切な態度形成」のための意識調査の結果と考察
- (1) 学習活動の自立と友達の考えを聞くことについての意識
- (2) 考えの交流への意識とそのことの重要性への意識
- (3) 話し合いや議論の大切さへの意識とその価値の捉え方
- 4 適切な態度形成のための示唆
- 第2節 学級そして他者
- 1 コミュニケーションを生み出すもの
- (1) 学級のもつ雰囲気/他者との関係性
- (2) 情意とは
- 2 共同体の中で学習活動をすすめる子供たち
- (1) 社会的構成主義
- (2) 2つの方向性
- 3 学級のもつ雰囲気
- (1) 事例:一人ひとりの考えを大切に聞く
- (2) 事例:みんなで学んだことをもとにする
- (3) 事例:自分でしっかりと考える
- 4 他者との関係性
- 5 情意形成からコミュニケーションへ
- 第3節 学級における学びのルールづくリ
- 1 情意形成への課題
- 2 学びのルールの大切さ─P. Cobbの情意論─
- (1) 情意を捉える枠組み
- (2) 学びのルールの形成と状況解釈によるルールの再形成
- (3) 自己や教師の役割に対する信念
- (4) 数学的活動の本性に対する信念
- (5) 情意の構成主義的特徴とその意義
- 3 情意の自覚とコントロール
- (1) D. B. McLeodの情意研究の枠組み
- (2) 学びのルールや信念の役割
- 4 情意研究から教育への示唆
- 第4章 数学的コミュニケーションを引き出す手立て
- 第1節 一斉学習での数学的コミュニケーション活動
- 1 一斉学習で大切なこと
- (1) 3つの留意点
- (2) 事例:3年「□を使った式」
- 2 授業展開での手立て
- (1) 手立て:既習内容およびそこでの多様な表現を関連づける
- (2) 手立て:表す,つくる,よむ活動を取り入れる
- (3) 手立て:聞くこと,話すこと,つぶやきを大切にする
- 第2節 オープンスペースを活用した数学的コミュニケーション活動
- 1 オープンスペースを生かす
- (1) オープンスペースの活用場面
- (2) 事例:6年「場合の数」
- 2 コミュニケーションの場への手立て
- (1) 手立て:個人による交流と練り上げを可能にする
- (2) 手立て:発表コーナーをつくる
- 3 自由に交流できる授業場面
- (1) 子供たちの活動
- (2) 発表コーナーの果たしたもの
- 第3節 コミュニケーション的観点による論理的思考力・直観力の育成
- 1 学習過程において培う能力としての論理的思考力・直観力
- 2 論理的思考力・直観力を育てる算数指導を考えるための視点
- (1) 論理的思考力
- (2) 直観力
- 3 「わけを考えよう,どのように考えたかを説明しよう」─思考過程を振り返る,思考過程を表現する─
- (1) 事例:4年「大きな数」
- (2) 事例:5年「割合」
- 4 「学んだことと似ているところはどこかな,同じところ違うところはどこかな」─特に,類推の考えについて─
- (1) 事例:2年「たし算」
- (2) 事例:4年「大きな数」
- (3) 事例:5年「体積」
- (4) 事例:4年「小数のたし算」
- (5) 事例:2年「たし算」
- 5 「友達はどのように考えているのかな,自分と考えが違うようだぞ」─他者との交流を通した納得のし合い─
- (1) 事例:6年「比例」
- (2) 事例:5年「単位量あたりの大きさ」
- (3) 事例:4年「小数のたし算」
- 6 「いろいろな場面や考えを関連づけてみよう」─多様な考えの交流と関連づけ─
- (1) 事例:4年「四角形」
- (2) 事例:3年「わり算」
- (3) 事例:4年「かわり方」
- (4) 多様な見方・考えの交流
- 7 コミュニケーション的観点を大切に
- あとがき
はじめに
算数学習がコミュニケーションという観点から捉え直されつつある。私たちが子供たちとともにすすめていく授業において一人ひとりの学習者と他者との相互交流は当然のこととしてなされているわけであるが,そのことが一人ひとりの学習にとって重要な役割を果たしているということが注目されてきている。
例えば,算数学習に対する一人ひとりの子供の意欲と自信についてさえ,そのような観点で考えていくことが大切である。
意欲というのは,「おもしろそうだ。やってみよう」「このことは大切なんじゃないかな。やってみるかな」というように,学習活動をすすめていくにあたって子供を動かすもとになる,そんな積極性としてある。他方,自信というのは,「自分にもできる」「これは得意だ」というように,自己に対する肯定的な評価としてある。確かな自信が意欲をささえているように思われる。しかし,ときには,「間違えるとはずかしい」というように,自信のなさとして,自己を見つめる眼のなかに他者の眼がかなり意識されていることもある。
このような意欲と自信を考えるにあたって,まずは,子供たちの学習活動が,個としての学習者の活動と,学級という集団・共同体のなかにおける学習者としての活動との2つの面から成り立っているということを認めておくことは重要である。特に,授業という場においてはそうである。
前者に着目すると,例えば,子供たちの意欲を引き出すための教材の工夫をしていくことに教師の力を注いでいこうということになる。子供たちの身近な日常の事象から興味ある教材を見つけてきたり,ゲーム性を取り入れて楽しい教材をつくったり,あるいは,既習事項をもとにそれを発展させながら問題の設定をおこなったりして,子供たちの知的好奇心を引き出し,学ぶ意義さえも感じさせていこうということになる。さらに,例えば解の見通しや解決への見通しをたて,それをもとに解決し,それらを振り返っていくなかで自信を培っていくという取り扱いがあげられる。このような取り扱いの中では,一人ひとりの「できた」「できるようになった」,また,「分かった」「分かるようになった」という実感を大切にしていくことである。このようなことを通じて,子供たち一人ひとりの意欲と自信を育てていくことになる。
後者に着目すると,学級の中において他者との関係性の中で生きている人間としての学習者を見つめることが大切となる。「間違えるとはずかしい」というのは,自分の考えがあっても,それを出していけないということである。そこにはきっちりと受け止めてもらえないのではないかという子供の不安がある。そのような他者との関係性を改善していく必要がある。子供自ら考えたことが,それがたとえ拙くても他者に受け止めてもらえれば,やはり「うれしい」のである。よい評価をされれば,さらにうれしい。単なる「おだて」ではなく,受け止められ,意見を交流することができるようになることが,「分かるようになること」「できるようになること」への学級の流れの筋道における「参加」の実感を生み出すようになる。そのような実感が,ここでは大切なのである。このことは,言い換えれば,他者とのコミュニケーションによって,それぞれの理解と活動の文脈(コンテクスト)を共有し共感しあえれば「うれしい」ということであり,さらには,そのような文脈を協同でつくっていくことができることの「うれしさ」である。そのことが,肯定的な自己評価を確かなものにする。子供たちにとって,その子なりの「居場所」が得られたということでもある。自信が確かなものとなり,そこから,さらに「やってみよう」という意欲も出てくる。もちろん,このようなことを達成するためには,「たとえ拙くても受け止める」「答えさえあえばよいのではなく,いろいろな解決の仕方を考えることが大切だ」というような学級の雰囲気や学びのルールづくりも大切になってくることはいうまでもない。
このように,コミュニケーションという観点で子供たちの学習を見つめてみると,そこに新たな状況が見えてくる。そして,算数学習において確かで豊かなコミュニケーション活動がなされることが大切ではないかと思われるのである。と同時に,そのためには,子供たち一人ひとりにそのようなコミュニケーション活動に参加していくための力を培っていくことが大切になってくる。
数理的な事象について他者とコミュニケーションをすることができるということ自体が,とても大切な価値をもっていると思う。そして,そのようなことを実現していくためには,学習者一人ひとりが獲得していかなければならない能力があると思うのである。本書では,そのような能力について具体的に明らかにし,また,その育成にあたってどのようなことに留意していけばよいか,さらに,そのための学級をどのようなものとして捉えていけばよいか,という点について考えていきたいと思う。
その内容を,ここで概観しておきたい。
第1章では,算数科における数学的コミュニケーション能力というものの必要性・意義,また,その内容について考えることにする。
第2章では,数学的コミュニケーション能力の展開として,実践例をもとに,どのように自らの考えを表していくか,また,どのように分かりやすく表していくかということについて論じる。
第3章では,数学的コミュニケーション能力に関わる子供たちの態度形成について論じたい。さらに,そのような態度形成にとって大切な役割を果たす学級のもつ雰囲気あるいは学びのルールについて述べることにしよう。
第4章では,数学的コミュニケーションを引き出す手立てを示すことにしよう。さらに,コミュニケーション的観点を発展させて,論理的思考力・直観力の育成のための展開と教材の捉え直しについて述べることにする。
「あとがき」では,この研究を振り返って,残された課題について述べる。
本書は,筆者が埼玉大学に赴任して以来続けてきた埼玉大学教育学部附属小学校算数部との共同研究で発表してきた論文・研究報告等を中心にまとめ直したものである。諸先生方のおかげで本書ができたものである。
1998年3月 /金本 良通
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- 明治図書