21世紀型授業づくり120
算数科「問題解決学習」に対する批判と提言
科学的数学教育の視点からその非教育性を告発する

21世紀型授業づくり120算数科「問題解決学習」に対する批判と提言科学的数学教育の視点からその非教育性を告発する

学力を保障しようとしない問題解決学習はどこへ向かうのか。

算数科「問題解決学習」授業の非教育性を第1学年から第6学年別に授業例で詳細に取り上げ告発する。生活単元学習や現代化などアメリカ型教育法で失敗した日本の算数、数学教育をどう改革するか。日本の自力で算数・数学教育を再興させるための方策を提案する。


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ISBN:
4-18-533911-9
ジャンル:
算数・数学
刊行:
対象:
小学校
仕様:
A5判 160頁
状態:
在庫僅少
出荷:
2019年12月17日
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目次

もくじの詳細表示

はじめに
T 科学的数学教育の視点から見た算数科「問題解決学習」授業の実相
第1節 「問題解決学習」の授業状況
§1 何をもって「問題解決学習」とするのか?
──各種・各段階の授業記録から──
§2 「問題解決学習」授業の非正常性
──その授業内容の質と形態──
§3 算数科「問題解決学習」の数学教育としての欠格性
──各種授業事例からの帰結──
第2節 算数科「問題解決学習」のルーツと史的背景
§1 「生活単元学習」の別称としての「問題解決学習」
§2 アメリカ追従型第二次「問題解決学習」
U 算数科「問題解決学習」授業の非教育性
第1節 第1学年授業例から
§1 数の分解・合成
──何を学力として保障するのか?──
§2 1年生の図形
──色板並べはどんな学力を保障できるのか?──
第2節 第2学年授業例から
§1 かけ算九九
──ピンボケ授業に陥る「問題解決学習」の手法──
§2 液量としての体積
──「問題解決学習」は数学的原理の認識を保障し得ない!──
第3節 第3学年授業例から
§1 「かけ算の筆算」
──子どもの説明で,わからない子への数学的認識を保障できるのか?──
§2 余りのある割り算
──教えるべきことを教えないのが「問題解決学習」なのか?──
第4節 第4学年授業例から
§1 「四則応用問題」
──「問題解決学習」授業では,四則応用問題の解決力もつかないのか?──
§2 4年生の四角形
──実測で性質を結論づけるのが「問題解決学習」なのか?──
第5節 第5学年授業例から
§1 5年生の数量関係
──授業目標からのピンズレ問題がもたらした「問題解決学習」の結末──
§2 三角形の面積
──教師の指導性を喪失した授業は,子ども達に無意味な困難を強いる──
第6節 第6学年授業例から
§1 分数÷整数・分数
──計算の原理・仕組みの認識も「問題解決学習」なのか?──
§2 図形の拡大・縮小
──概念形成を子ども達に委せるノン気・散漫な「問題解決学習」授業──
V 算数科「問題解決学習」は心理学・教育学の実験場か
第1節 心理学・教育学の主題に奉仕する「問題解決学習」
§1 3年;単元「時刻と時間」の授業例から
§2 5年;「単位量あたり」の授業例から
第2節 検定教科書にはびこる擬似「問題解決学習」
§1 3年;余りのある割り算の原理
§2 6年;分数÷分数の算法原理
附節 「オープンエンドアプローチ」の正体
──算数・数学教育を遊びに堕落させる授業論──
§1 乗法九九表の問題
§2 図形の拡大の問題
§3 水槽の問題
§4 算数・数学教育を遊びへ堕落させる授業手法

はじめに

 明治図書の「現代教育科学」誌575,2004年8月号に,『「問題解決学習」は楽しい授業づくりになるか』のテーマで算数についての原稿依頼があった。なぜ今頃「問題解決学習」なのか? という疑念があった。

 「問題解決学習」は,戦後の米軍占領下,初の学習指導要領(1947年―昭和22年)となったアメリカ輸入の新教育課程「生活単元学習」とペアを成す舶来の授業手法としてわが国の現場に入ってきた1。

 「生活単元学習」の理念・性格は,「算数・数学を教えようと思ってはならない。子ども達の生活に必要な知識・技能をその都度補っていくものだ」という当時の文部省筋の有名な発言に象徴されている。それを実現する授業手法が「問題解決学習」であった。

 この「生活単元学習」版指導要領は,戦前の教育水準を2〜3年分切り下げた上に,数学内容の体系的学習を根底から破壊,見るも無惨な学力低下に非難轟々,1958年には「系統学習」版指導要領へ全面転換したという経緯がある。

 一方の「問題解決学習」は,その後衰退しながらも,現場への影響力は持ち続けた。算数・数学教育には,文章題とか応用問題という学習対象がある。子ども達が分析的・体系的に学習してきた個々の数学的要素を,総合的に適用する学習領域として重要な位置を占めている。そうした学習内容や学力内容を統合して,戦後は“問題解決”の名で語られた。これは,字句通りの一般用語であって,特定の授業手法を指す固有語としての「問題解決学習」とは異なる。

 以来,40数年の史的経過のもと,「問題解決学習」は,自然消滅した化石的存在と思っていた。その化石が,アメリカの「問題解決学習」第二次輸入とでもいうべき事態を通して甦っていたのである。

 1950年代後半,スプートニク・ショックによるアメリカに端を発した数学教育「現代化」の改革は,その20年後に破綻を来した。当時のわが国文部省もまた,それに呼応して数学教育「現代化」版指導要領(1969年―昭和44年)に走り,「新幹線授業」などの社会的悪評を招いてアメリカに連動,全面撤退した。

 その修復をめざしたアメリカの数学教育は,1970年代後半から大転換が始まり,1980年代以降の数学教育においては,「問題解決」をそのバックボーンに据えることでその再生を期すべく,全米数学教育者協議会が勧告を発したのである。デューイ以来のアメリカの風土に根ざした歴史と伝統と土壌で育まれてきた「問題解決」であったからこその,アメリカ型改革の提唱であった。

 それがなぜ? 誰が,何のために日本へ輸入したのか,消費者は誰だったのか。その事実は本書の随所に現れてくるが,輸入元は一部文部官僚を含む「日本の大学の先生たち」であり,消費者は教育系学部附属小学校を中心とする現場の一部教員達であった。

 日本の数学教育の再生に,アメリカ流改革を持ち込む必然性・根拠は何だったのか? 「大学の先生たち」は,それを十分に検証してのことだったのか? 「生活単元学習」,「現代化」と二度に亘るアメリカ型教育法で失敗した日本の数学教育を,三度アメリカからの輸入に依存して繕おうというのか? 数学教育研究者を自負する日本の諸公は何を研究しているのか,日本の自力で数学教育を再興するだけの力量は立ち枯れたのか,厳しく糾したいものである。

 その教育内容と授業手法について,入手できた十指に近い一般市販の文献を総当たりに調査を始めた。それが進むほどに,算数・数学教育の原則を踏み外した実態,子ども達へのその被害の甚大さに,驚愕の念を禁じ得なかった。こうした実情が算数教育の名でまかり通っているとは信じかねる事態だった。

 こうした第二次「問題解決学習」の信奉者達は,「系統学習」版指導要領(1958年―昭和33年)への改訂によって戦後の「生活単元学習」が破棄・精算され,その展開方法論であった「問題解決学習」衰退の歴史から何を学び,現在の日本の数学教育にどう生かそうとするのか,明確な信念があってのことか,まことに奇異・不可解,これらの文献に当たった限りでは,「問題解決学習」なるものの,数学教育の理念上も,子どもの認識論上も,教材構成論上も,授業方法論上も,教師の指導技術上も,眼を疑うばかりの矛盾に満ちたものだった。『「問題解決学習」は楽しい授業になるか』どころの甘い状況ではない。そこで,『算数の「問題解決学習」は,確かな学力と価値ある課題の解決力を,子ども達に保障できるか?』のサブタイトルを付して概括した。

 この論文の掲載後,「現代教育科学」編集部からは更に,「問題解決学習」に対する批判を,576〜582(2004年9月〜2005年3月号)の7回に亘って連載するよう誌面提供の申し出があった。前回の1号分だけでは,処理し切れない問題を感じていたので,引き受けることにした。

 そして連載終了後,広く現場の教師達に認識を深めて貰うため,「21世紀型授業づくり」シリーズの1冊として単行本にまとめるよう,編集部からの勧めがあった。連載の教材領域を更に拡大,精度も上げて補填することにした。

 また,「問題解決学習」の授業実践は,小学校算数の事例が殆どで,連載はすべて小学校対象であった。少数ながら中学校数学における「問題解決学習」も存在しているが,それはまたの機会に送ることにした。

 本書では,単なる否定論・追放論をブチ挙げるつもりなど毛頭ない。書名を『算数科「問題解決学習」に対する批判と提言』としたのは,むしろ,同じ数学教育の研究族として,学習水準向上と,子ども達の学力向上に向けて,「問題解決学習」が本来備えている性格・機能に磨きをかけつつ,それにふさわしい活路を開拓する提言にしたいとの願いからである。

 その批判と提言を展開する論拠は,「科学としての算数・数学教育」あるいは「数学教育学」と呼ばれる観点に立つものである。

 算数・数学教育を科学とする構想は,今から40数年前の1964年,「科学化をめざす算数・数学教育」として,横地清氏(現,北京師範大学客員教授)により提唱された2。その理念は次のように要約される。

@ 社会科学としての算数・数学教育――産業や経済との関わり,歴史的・国際的な社会との関わりの解明

A 心理学的・実践的な研究――子ども達が教育内容をどのような過程で学び行動化していくかの解明

B @,Aを足がかりに,算数・数学とその教科課程としての仕組みの攻究

C 教授過程(授業展開)の検討,子ども達の集団思考,諸活動,実習・作業,など教育内容と関わる組織的な展開

D 教育内容個々の分野に関わる,具体的な現場実践の手続き

 こうした科学的数学教育においては,特に次の3つが重要な柱とされている。

1) 子どもの思考・認識に関する研究

2) 数学教育史に関して,今日的視点から,発展の経過と法則を解明

3) 現代数学は教育の改革・改編に重大な契機と影響力を持つ。数学教師は高い数学的素養によって数学の教育的分析と教育内容の構成・再編を図る。


 算数・数学教育の場合,「教育科学」は一般に流布している無定義の慣用語ではない。その備えるべき条件は,多くの現場での教育実践と,そこから引き出された教育の原理・法則の創造によって40数年来,多くの研究者達との協同研究によって積み重ねられてきた。この「科学的数学教育」は更に急速に発展・充実して体系化され,現在は「数学教育学」として確立されるに至っている3。ここではそうした教育内容と教育方法の面から「問題解決学習」を解明していくことになる。


 なお,本書の刊行に当たっては,「現代教育科学」誌上での「問題解決学習」批判以来,「問題解決学習」を巡る教育状況や資料提供に,明治図書教育書編集部の江部満編集長に多大のご協力を頂いた。この場をお借りして,心から感謝申し上げる次第である。


  2006年3月   /著者記す

著者紹介

菊池 乙夫(きくち つぎお)著書を検索»

1928年,岩手県生まれ

陸軍軍用機パイロットとして太平洋戦争従軍

1954年,東京理科大学理学部数学科卒

東京都墨田区寺島中学校,東村山第三・第五中学校,各数学科教諭,日本大学第三高校並びに浦和実業学園高校,各数学科講師,数学教育実践研究会名誉会長,算数・数学教育21世紀セミナー会長

※この情報は、本書が刊行された当時の奥付の記載内容に基づいて作成されています。
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