- はじめに
- 第1章 日本におけるICT活用の現在
- 1 学校教育におけるICT活用の可能性と課題
- 公正で豊かな学びの実現への模索
- 2 ICTを活用した授業づくり
- 学校や教師を学び超える子を育てる
- 3 デジタル・ドリルの到達点と今後の課題
- AIドリルの特徴とは何か
- 4 教育のICT活用に関する臨床心理学的知見
- 社会への適応という視点から
- 5 「教育の情報化」政策と学校におけるICT活用の課題
- GIGAスクール構想の意義と展望
- 6 教育におけるデータ利活用
- 教育DXに向けた学校文化変革のために
- 第2章 諸外国におけるICT活用の展開
- @ アメリカ合衆国
- デジタル社会を生き抜く市民の育成
- 1)教室に溶け込むICT機器
- 2)2000年代以降の教育におけるICTに関する政策動向
- 3)デジタル社会を生き抜く市民の育成
- 4)テクノロジーを飼いならして豊かな学びを
- A イギリス
- プログラミング教育の教科化
- 1)イギリスの教育の概要
- 2)イギリスの「教育の情報化」政策
- 3)独立教科「Computing」の概要
- 4)日本への示唆
- B フランス
- 共同作業と個別指導でのICT活用
- 1)教育におけるICT活用をめぐる概況
- 2)近年のフランスにおける教育の情報化政策
- 3)初等・中等教育段階におけるICTの活用事例
- 4)日本への示唆
- C 韓国
- オンライン授業の現状と教育評価
- 1)教育政策におけるICT教育の現状
- 2)学校のオンライン授業における教育評価
- 3)学校のオンライン授業に関する今後の課題
- D 中国
- 教育資源の共有と教育の質の向上
- 1)教育の情報化に関する政策の展開
- 2)学校教育におけるICTの活用例
- 3)ICT活用のさらなる展開に向けて
- E オーストラリア
- 教師や学校を支える政府の取り組み
- 1)オーストラリアのICTをめぐる動向の概況
- 2)政府によるレポジトリやポータルなどの整備
- 3)丁寧かつ詳細な学力実態の把握を目指す学力調査への活用
- 4)学校教育全体を通した子どものICT能力の育成
- F カナダ
- 教師教育におけるICT活用力の向上
- 1)日本の教員養成・研修とICT活用
- 2)オンタリオ州の教員養成制度
- 3)教員養成課程とAQコースにおけるICT活用
- 4)オンタリオ州の教師教育におけるICT活用の特徴
- おわりに
- 執筆者一覧
はじめに
2020(令和2)年3月,新型コロナウイルス感染症の拡大により,学校現場において全国一斉臨時休業が行われました。それにより,「GIGA(Global and Innovation Gateway for All)スクール構想」の前倒し実施が決定され,1人1台端末の普及が急がれることとなりました。これにより,学級においてもICT(Information and Communication Technology)をどう活用するかが,改めて問われることとなりました。
GIGAスクール構想はもともと,コロナ禍とは関係なく立てられていたものでした。まず,2018年1月,経済産業省は,「『未来の教室』とEdTech研究会」を始動しました。そこでは,「学びのSTEAM化」「学びの自立化・個別最適化」「新しい学習基盤づくり」を目指すというビジョンが示されました。さらに2019年12月には,児童・生徒1人につき1台の端末と,高速大容量の通信ネットワークを一体的に整備するための経費を盛り込んだ補正予算が閣議決定されました。それを受けて文部科学省が2019年12月に掲げたのが,GIGAスクール構想でした。これは,「1人1台端末と,高速大容量の通信ネットワークを一体的に整備することで,……多様な子供たちを誰一人取り残すことなく,公正に個別最適化され,資質・能力が一層確実に育成できる教育ICT環境を実現する」ものとされています(文部科学省「GIGAスクール構想の実現へ」https://www.mext.go.jp/a_menu/other/index_0001111.htmより)。その後,コロナ禍を受けて,1人1台端末の早期実現を目指す補正予算が2020年度予算に組み込まれることとなったのです。
こうして,学校教育に広く導入されることとなった1人1台端末ですが,学校教育におけるICT活用を進める上では,三つのフェーズを捉えておくことが重要でしょう。第1は,新型コロナウイルス感染症の再拡大に備えて,セーフティネットとして最小限の整備を進めるフェーズです。これについては,2020年度から2021年度にかけて,ほぼ完了したように思われます。第2は,豊かな学びを実現するために,教師が「教具」の一つとして,また子どもたちが「文具」の一つとして,ICTを活用できるようになるフェーズです。2023年現在の私たちは,今,このフェーズにあると言えるでしょう。第3には,ICT活用の先に新たな学校像を構想するフェーズです。例えば,内閣府 総合科学技術・イノベーション会議 教育・人材育成ワーキンググループ「Society5.0の実現に向けた教育・人材育成に関する政策パッケージ」(2022年)では,「多様な子供たちに対してICTも活用し,個別最適な学びと協働的な学びを一体的に充実」するという方向性が打ち出されています。しかし,「教師による一斉授業」「同一学年」の子どもたちが「同じ教室で」学ぶという従来の学校像を全否定して良いのかについては,慎重に議論する必要があるでしょう。
本書では,主として第2のフェーズに焦点を合わせて,学校教育におけるICT活用について検討しています。しかしながら同時に,第3のフェーズを見通すうえでも何らかのヒントが得られるような本にできればと願って出版を計画しました。
第1章では,現在の日本の学校教育におけるICT活用について,多角的に検討しています。第1節では,多様なICT活用の在り方を概観したのち,目指している教育目標に照らして活用すべきこと,ICT活用能力そのものを育てる指導も求められていること,条件整備が欠かせないことを述べています。第2節では,ICTを活用した授業づくりを進めるうえで,子どもの学びと大人の仕事の風景がつながることをゴール像として意識することの重要性を指摘するとともに,材を介して教師と子ども,子ども同士が向き合うという授業の姿が引き続き重要であることを指摘しています。第3節では,「個別最適な学び」を実現する方途として期待を寄せられているデジタル・ドリルについて調査した結果を報告するとともに,情報学や教育学の知見に照らしつつ,その到達点と課題を検討しています。
第4節では,臨床心理学の観点から,インターネット依存とはどのようなものかを具体的な事例で紹介するとともに,その治療の在り方を論じています。また,身体接触や人との直接的な関わりの重要性についても指摘しています。第5節では,「教育の情報化」政策において,GIGAスクール構想は国が財政面で主導した点で特異なものであったこと,また,省庁横断型の政策展開に注目すべきことを述べています。第6節では,教育データ利活用とはどのようなものか,現在,どのような原則がうたわれているのかを解説しています。さらに,教育DX(デジタル・トランスフォーメーション)を進める上では,データに関する科学的態度の涵養が不可欠であることを主張しています。
第2章では,ICT活用が進む諸外国の動向について紹介しています。アメリカ合衆国では,デジタル社会を生き抜く市民を育成するために,「デジタル・シティズンシップ」や「市民としてのオンライン推論能力」といった教育目標が提唱されています。イギリスでは,ナショナル・カリキュラムにおいて教科「Computing」が新設され,「分解」「パターン認識」「抽象化」「アルゴリズム」から構成される思考力の育成が目指されています。フランスでは,共同制作や個別化された指導などに,ICTが活用されています。韓国では,オンライン授業において,どのように児童・生徒の学習状況を評価するかの検討が行われています。
ICT活用については,児童・生徒への授業等での活用とともに,教師や学校への支援体制も重要となります。中国では,ICT活用を進める上で,先進事例の地方への普及を図るような体制づくりが進められました。オーストラリアでも,レポジトリやポータルなどの整備が進むとともに,オンライン形式での学力調査の実施や,ICT活用能力育成についての資料作成などが行われています。最後に,カナダの教師教育では,「デジタル世界に生きる市民としての教師の育成」という目的が掲げられ,授業を通して学び合う形での活用力向上が図られています。
なお,本書の第1章の内容,および第2章の中国の動向については,オンデマンド型のオンライン研修「学校教育におけるICT活用の基礎講座」(2023年3月時点,配信中)でも解説しています。ご関心のある方は,あわせてご参照いただければ幸いです。
本書は,今後のICT活用の在り方について,一つの答えを述べるような性格の本ではありません。執筆者の多くは,京都大学大学院教育学研究科教育実践コラボレーション・センターの教員として活動していますが,本書の内容はセンターとしての統一見解を示すものでもありません。ICT活用をめぐる多様な視点や論争点を提示することで,ICT活用によって今後の学校教育に広がる可能性と注意すべき留意点を考える際の一助となればと願っています。
/西岡 加名恵
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- 明治図書
- 国際比較という視点は、日本のよさと課題を浮き彫りにできるので有効だと感じました。2023/7/2140代・小学校管理職