- はじめに
- 序章 空気はすでに流れている
- 「自由」はなぜ難しいのか?
- 01 「自由」と「放任」は似て非なるもの
- 02 空気がなぜ前提になるのか
- 03 自由が成立している実際の風景
- 04 これからの時代に「自由が成立する」ということ
- 第1章 先生は前に出すぎない
- 子どもが動きやすい空気を設計する
- 正体
- 01 誰かが光ればみんなも嬉しい
- 02 先生が見てくれているという信頼感
- 03 「見ている・聴いている」が当たり前
- 04 多様なよさを認め合う
- 05 仲間の温かいまなざし
- しかけ
- 01 子どもに役割と居場所を与え支える設計
- 02 評価の視線ではなく、変化の視線
- 03 迷わない環境と自走できる仕組み
- 04 沈黙と委ねる
- 第2章 エネルギーを正の流れに変える
- 言葉と行動で空気が動く
- 正体
- 01 散漫な好奇心が「学びの集中」に
- 02 自己主張が「建設的な表現」に
- 03 活動欲求が「目的ある行動」に
- 04 個々の関心と協働的な連携
- 05 貢献と成長の実感
- しかけ
- 01 子どもの好奇心を刺激する問い
- 02 傾聴と承認の姿勢を貫く
- 03 座学と活動の適切な融合
- 04 クラスプロジェクト
- 05 すてきシェアタイム
- 第3章 自由にするほど、秩序は必要になる
- 自分を律する土台を育てる
- 正体
- 01 子どもが自らを律する力
- 02 自由な選択に伴う責任
- 03 集団への意識、集団の調和
- 04 共通認識「範囲」と「限界」
- 05 先生が揺らぎを認識している
- しかけ
- 01 「なぜ必要か?」を共に考える
- 02 小さな選択と責任の委譲
- 03 見つける・伝える・広げる
- 04 困りごとを改善の機会に変える対話の場
- 第4章 クラスの文化は日常で育つ
- 空気をつくる言葉と振る舞い
- 正体
- 01 感情共有と伝播がある
- 02 行動の連鎖と規範がある
- 03 「仲がいい」だけではなく「対等である」
- 04 挑戦を楽しめる
- 05 先生の振る舞いに一貫性がある
- しかけ
- 01 ハッピーニュースシェアタイム
- 02 自分たちでつくるルール
- 03 ランダムペアトーク
- 04 オープンな弱みを語る
- 05 先生がロールモデルとなる
- 第5章 行事は「通過点」になる
- 準備・本番・余韻を価値に変える
- 正体
- 01 失敗を受け入れられる
- 02 「みんなでつくる」感覚
- 03 日常そのものの価値が認識されている
- 04 一人ひとりの努力が認められる
- しかけ
- 01 イベントを通過点として捉える
- 02 終わったあとの自然な振り返り
- 03 余韻と切り替えのタイミング
- 04 日常の中にこそ成長の物語を見る
- 05 見通しと目的を子どもたちと共有する
- 第6章 先生も空気の一部になる
- 関係がつくる安心感
- 正体
- 01 先生が一緒に楽しめる、一緒に悩める
- 02 子どもたちへの愛情
- 03 本気で向き合う覚悟
- 04 ユーモアと真面目の絶妙なバランス
- 05 誠実さがある
- しかけ
- 01 自然体でいる
- 02 つっこみを許す
- 03 共演シーンがある
- 04 先生のことを話題にしたくなる振る舞い
- 参考文献一覧
はじめに
教室に立っていると、言葉では説明し切れない違和感を覚えることがあります。
特別な出来事があったわけではありません。大きなトラブルが起きているわけでもありません。それでも、「今日は何かうまくいっていないな」と感じる瞬間です。
逆に、理由ははっきりしないけれど、子どもたちの動きが噛み合い、こちらが多くを語らなくても学習が進んでいく日もあります。教室全体が、静かに同じ方向を向いているような感覚です。この差は何なのだろう。
教師の経験年数でしょうか。
指導技術の差でしょうか。
教材研究の量でしょうか。
私は長い間、その答えを探してきました。そして、少しずつ見えてきたのが、「空気」という存在でした。空気という言葉は、とても曖昧です。研修会で使えば、「感覚的すぎる」と言われるかもしれません。
しかし、現場に立ち続けている教師ほど、この空気の存在を、日々、肌で感じているのではないでしょうか。
朝、教室に入った瞬間の雰囲気。
問いかけのあとの沈黙。
子どもたちの表情の変化。
それらはすべて、教室に流れている空気の一部です。
私は、特別な実践をしてきた教師ではありません。ただ、この「空気」というものに人一倍悩み、向き合い続けてきた教師だと思っています。一見、順調に進んでいる日々の中でも、「本当にこれでいいのか」「もっと子どもたちに任せられるのではないか」と、自問自答を繰り返してきました。
そんな試行錯誤の中で、「何かを足そう」とするたびに、逆に教室が重くなっていく感覚を覚えました。声かけを増やし、説明を増やす。けれど、それでも空気は整いません。
その一方で、何かを減らしたとき、あるいは、立ち止まって子どもたちをよく見たとき、不思議と教室が落ち着くこともありました。
「教える」よりも、「感じ取る」。
「動かす」よりも、「流れを読む」。
そうした姿勢に切り替えたとき、少しずつ、教室の空気が変わっていったように思います。
この本は、「こうすればうまくいく」という方法論を並べた本ではありません。
また、すぐに再現できる技術書でもありません。ここに書いてあるのは、日々の教室の中で、私自身が迷い、立ち止まり、それでも子どもたちと一緒に探してきた「空気との向き合い方」です。特別な才能がなくても、経験年数が浅くても、今の教室をすぐに変えられなくても、空気を見る視点を持つことはできます。
この本を手に取ってくださった方の中には、「クラスをもっとよくしたい」と思っている方もいれば、「今のやり方でいいのか不安だ」と感じている方もいると思います。あるいは、言葉にできない違和感を抱えたまま、日々をやり過ごしている方もいるかもしれません。そのどれもが、自然な姿です。教師である以上、迷わなくなることはありません。
むしろ、迷い続けられることこそが、子どもと向き合い続けている証なのだと思います。
この本は、そんな迷いを否定するための本ではありません。迷いを抱えたままでも、教室の空気と向き合い直すための、一つの視点を差し出す本です。
読み進める中で、「これは自分の教室にもあるな」と感じる場面や、「ここは少し見逃していたかもしれない」と思う瞬間があるはずです。その気づき一つひとつが、すでに空気に目を向け始めている証拠です。
学級の何も起きていないように見える日常の中に、確かに存在しているものです。もし、読み進める中で、「これ、うちのクラスにもあるかもしれない」「名前はつけていなかったけれど、似た感覚を持っていた」そんな瞬間があったなら、それはすでに、この本の役割は果たせているのだと思います。
この先の章では、教室に流れる空気を、できるだけ言葉にしながら、それがどのように自由とつながっていくのかを見ていきます。読みながら、ご自身の教室の風景を、ゆっくりと思い浮かべていただけたら嬉しいです。
/瀧口 直樹
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明治図書

















