- はじめに
- 第1章 ドキュメンテーションで保育をよりよくする!
- 1 保育の質を高めるドキュメンテーション
- 2 保育者・子ども・保護者にとってのドキュメンテーション
- 3 ドキュメンテーションの歴史と展望
- 4 ドキュメンテーションの作り方と使い方
- 5 観察と記録
- 6 写真や動画の編集
- 7 ドキュメンテーションを活用した省察
- 8 ドキュメンテーションを共有する
- 9 保育者の成長を支えるドキュメンテーション
- コラム ドキュメンテーションを活用して要録や連絡帳を書く
- 第2章 年齢別 ドキュメンテーションを活用した保育
- はじめての園外散歩(0歳児クラス)
- 食事を楽しむようになってきた姿(0歳児クラス)
- 雪の築山(0・1歳児クラス)
- お店屋さんごっこ(1歳児クラス)
- びりびり!(2歳児クラス)
- 身近な秋の自然に触れることを楽しむ(2歳児クラス)
- おいしいスイカできるかな?(3歳児クラス)
- 雨ってふしぎ(3歳児クラス)
- Tシャツを作ろう(3歳児クラス)
- 全身で水遊び!泥遊び!(4歳児クラス)
- 楽しかったみかん狩り!(4歳児クラス)
- あきらめずに続けた後の達成感(4歳児クラス)
- 「次に使う人も,嬉しいね」(年中・年長クラス)
- 大きな葉を探しに行き,感じたこと(5歳児クラス)
- ふわふわことばって魔法のことばだね(5歳児クラス)
- 茶道参観日(5歳児クラス)
- 何の木だったのかな?(5歳児クラス)
- 子どもたちの防災意識を育む避難訓練(全園児)
- 第3章 ドキュメンテーションで保育者が育つ!〜金生幼稚園の取り組み〜
- 1 幼保連携型認定こども園金生幼稚園の沿革と理念
- 2 子どもたちの育ちを育む金生幼稚園の取り組み
- 3 ドキュメンテーションを始めた経緯と今後の展望
- 4 ドキュメンテーションに取り組んだ保育者の声
- 5 子どもの育ちの見える化と保護者の反応
はじめに
本書は,保育の質を高める方法の1つとして,ドキュメンテーションを活用した保育について説明したものです。多くの保育者は,日々の保育に追われながらも,もっと保育をよくしたいという思いをもっています。本書では,こうした思いに応えるために,ドキュメンテーションという保育の記録を作り活用することで保育の質を高める方法を実例とともに説明していきます。
ドキュメンテーションとは,簡単に言えば,子どもたちの様子や保育中の出来事を写真や動画で撮影し,子どもたちの興味や関心はどこにあるか,子どもたちはどのような学び方をしているのかを可視化した(わかるようにした)保育の記録のことです。保育の記録はもう作っているよ,とか,子どもの様子を撮影することはすでにやっているよと思った方もいるかもしれません。しかし,ドキュメンテーションは単なる保育の記録や写真集ではありません。詳しくは本編で説明していきますが,ここではドキュメンテーションの特徴を1つだけ簡単に紹介したいと思います。
それは,ドキュメンテーションを通じて,保育者が子どもたちの興味や関心がどこにあるか,何を学ぼうとしているかに気がつき,これらを起点とした保育を展開しやすくなるということです。子どもたちが楽しみながら学べる保育をしやすくなるといってもよいでしょう。保育の最中は目の前の子どもたちに対応するために精一杯ということも多いでしょう。子どもたちの元気な姿に押されて,保育が慌ただしく過ぎていくこともあります。しかし,ドキュメンテーションでは,子どもたちの活動や保育の様子を記録しますので,保育の後にこれらを振り返ることで,保育中は気がつかなかった子どもたちの興味や関心,学び方や工夫の仕方に気がつくことができます。
たとえば,本書で紹介している金生幼稚園でのある日の保育です。園の裏庭には大きな池があり,たくさんの鯉が泳いでいます。当初,保育者はこいのぼりを作るための簡単な導入として鯉の見学をしました。ところが,子どもたちは鯉を呼ぶために手を叩く合図に興味を示したり,水中では何分息を止めることができるかと友達同士で比べ合ったりし始めました。こうした子どもたちの反応は,保育中は特に気にしていなかったようですが,保育の後にドキュメンテーションを作成する過程で子どもたちの様子を振り返ることであらためて気がついたのです。
子どもたちの興味や関心がどこにあるか,何を学びたいと思っているかがわかると,これを起点した次の保育の展開が見えてきます。たとえば,社会の中にある様々な合図を調べる保育もよいでしょう。鯉はどうやって合図を学び,どうやって気がつくのか,鯉には手を叩く音を聞く耳があるのかを考える保育もよいでしょう。あるいは,なぜ鯉はずっと水中にいられるのか,なぜ人間はそれができないのかを探究する保育もよいでしょう。これらは子どもたちの興味や関心に即した保育のため,好奇心や探究心を刺激し,楽しみながら学ぶようになります。
先に挙げたこいのぼりを作る保育でも,子どもたちの興味や関心を保育に取り入れれば,単なるこいのぼりの製作活動から様々な学びを得る知的な活動に変わります。鯉は合図が聞こえているのか,手を叩くしぐさを見ているのか,それとも別の何かを感じ取っているのかという疑問を保育者が投げかけることで,子どもたちは鯉に耳はあるのか,目はどのくらいの大きさで,どこまで見えているのかなど様々な角度から鯉の特徴を自発的に考えていきます。その過程で,園内の絵本や地域の図書館にある図鑑で調べたり,もう一度鯉の様子を確認したりして学びを深めていきます。
このように,ドキュメンテーションを活用することで,保育者は子どもたちの興味や関心,学ぼうとしていることを発見し,これらを踏まえた保育を展開することができるのです。保育の記録は作っても保管するだけ,とか,一定期間だけ園内で掲示して終わりということが多いでしょう。しかし,ドキュメンテーションは作ることや保管することが目的ではありません。ドキュメンテーションを掲示することもありますが,掲示することが目的でもありません。ドキュメンテーションは,保育者がよりよい保育を考えるための手段であり道具なのです。そのため,本書では,どのようにドキュメンテーションを作り,活用するとよりよい保育につながるのかについて具体的に説明してあります。
本書は,ドキュメンテーションを活用して保育の質を高めることを目指しています。保育の質という場合,何をもって質というか,何をもって高めるというかは様々な議論があります。しかし,どのような議論をしても,子どもたちが好奇心や探究心をもって楽しく学ぶということと保育の質向上とは切り離すことができないことです。保育者の側から言うと,子どもたちが楽しく学べるような環境を考え用意することです。ドキュメンテーションは,こうした環境を考えるために使うものです。ドキュメンテーションが保育の質を高める方法というのは,このためです。
ドキュメンテーションの作り方や活用方法は保育者によって様々です。本書で紹介したドキュメンテーションは,金生幼稚園でのドキュメンテーションの取り組みをもとにした方法です。だから,本書で説明する方法だけが正しいというわけでも,これ以外の方法はないというわけでもありません。本書を読んだ保育者のみなさんが,私ならこうする,このようなやり方もあるというように,自分なりのドキュメンテーションを考えるきっかけになれば幸いです。保育の中でドキュメンテーションを活用する保育者同士がこうした前向きな意見を交換しあうことによって,ドキュメンテーションの可能性を広げていきます。それこそが,保育の質を高める確かな方法なのです。
2018年12月 /編著者 浅井 拓久也
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- 明治図書