読解力を鍛える古典の「読み」の授業
―徒然草・枕草子・平家物語・源氏物語を読み拓く―

読解力を鍛える古典の「読み」の授業―徒然草・枕草子・平家物語・源氏物語を読み拓く―

新刊

小・中・高等学校の古典の授業を大きく変える画期的な1冊!

古典嫌いを大量に生み出す小中高の授業を根底から変えるために、新しい古典の授業を提案した。作品・文章の構造を読み、レトリック・論理を読み、批評する授業である。それにより高い読解力が育つ。徒然草・枕草子・平家物語・源氏物語の有名章段の斬新な解釈も試みた。


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ISBN:
978-4-18-382416-5
ジャンル:
国語
刊行:
対象:
小・中・高
仕様:
A5判 320頁
状態:
在庫あり
出荷:
2021年4月13日
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目次

もくじの詳細表示

はじめに
―なぜこれまで「古典嫌い」の子どもを大量に生み出してきたのか
第一章 古典の授業をコペルニクス的に転回すべきとき
第1節 これまでの古典の授業が抱えてきた大きな欠落
1 古典の授業を変えなければならないという動きは生まれつつある
2 古典の授業における「深層」の欠落
第2節 なぜ古典の授業がここまでつまらなくなったのか―歴史的要因を探る
1 日本の「國語」成立の事情と古典の授業
2 「神聖化」という事情
第3節 古典の授業を変えていくための三つの切り口
第二章 古典の授業を転回するためのあたらしい指導過程―教科内容―教材研究
第1節 「表層のよみ」の過程―まずは文章・作品との幸せな出会いを演出
1 朗読を演出して文章・作品の魅力をアピールする
2 文章・作品に含まれる謎や発見の糸口を予想する・予告する
3 文章・作品にまつわるエピソードなどを紹介する
4 現代語訳と文法の扱いを工夫する
5 文章・作品のジャンルを確認する
第2節 全体構造を俯瞰的に読む指導過程―指導方法と身につける教科内容
1 古典の文章・作品の構造をどう捉えたらよいのか
2 『沙石集』「児の飴食ひたること」―四部構造の物語
3 『宇治拾遺物語』「児のそら寝」―三部構造の物語
4 『徒然草』「あだし野の露消ゆるときなく」(第七段)―三部構造の論説型随筆
5 『方丈記』「安元の大火」―三部構造の記録型随筆
6 古典の文章・作品の全体構造を俯瞰するための方法試案―教科内容
第3節 論理・レトリックを読む指導過程―指導方法と身につける教科内容
1 「鍵」に着目できること
2 「鍵」とレトリック・文学的仕掛け・論理展開
3 文法をレトリックへの着目として生かしていく
4 多面的・多角的に教材を捉える
5 古典の文章・作品の論理・レトリックを読むための方法試案―教科内容
第4節 評価・批評・批判をする指導過程―指導方法と身につける教科内容
1 評価的・批評的・批判的に文章・作品を捉える
2 『徒然草』「五月五日、賀茂の競馬を見侍りしに」(第四一段)を評価・批評・批判する
3 『徒然草』「ある人、弓射ることを習ふに」(第九二段)を評価・批評・批判する
4 古典の文章・作品を評価・批評・批判するための方法試案―教科内容
第三章 『徒然草』を読み拓く
第1節 序段「つれづれなるままに」を読む
1 序段の構造と全体の中で占める位置
2 「つれづれなるままに」を読む
3 「日暮らし、硯に向かひて、心にうつりゆくよしなし事を、そこはかとなく書きつくれば」を読む
4 「あやしうこそものぐるほしけれ」を読む
第2節 第一一段「神無月のころ」を読む
1 随筆には文学的な随筆と説明的な随筆がある
2 第一一段の本文と構造
3 語り手の庵の主人への共感
4 語り手の庵の主人への失望
5 語りの観点をずらして再読する・その1―庵の主人の隠遁者性の検討
6 語りの観点をずらして再読する・その2―語り手の失望についての検討
7 さまざまな読みの可能性を追求した上での選択こそが必要
第3節 第三二段「九月二十日のころ」を読む
1 第三二段の本文と構造
2 「明くるまで月見歩くこと」を読む
3 女の生き方・人物への強い共感
4 それにしても謎が多い―見えてくる二つの謎
5 二つの謎をどう読み解くか
6 二つの謎について推理を組み立ててみる
7 「やがてかけこもらましかば、口惜しからまし」と本当に思うものなのか
第4節 第五二段「仁和寺にある法師」を読む
1 第五二段の本文と構造
2 生真面目で一途な法師の失敗譚
3 滑稽な失敗譚と教訓という読みだけでいいのか
4 なぜ「仁和寺にある法師」なのか
第5節 第一五〇段「能をつかんとする人」を読む
1 第一五〇段の本文と構造
2 「常に言ふめれど」と一般に陥りがちな傾向をまずは指摘
3 「謗り笑はるるにも恥ぢず」とより具体的な上達法に進む
4 「天下のものの上手」の事例を示し説得力を増す
5 三要素を重ねながら説得力を増す仕掛け
第四章 『枕草子』を読み拓く
第1節 第一段「春はあけぼの」を読む
1 第一段の本文と構造
2 「春」を読む
3 「夏」を読む
4 「秋」を読む
5 「冬」を読む
6 第一段を再度俯瞰する―二つのグループの関係と役割
第2節 第一四五段「うつくしきもの」を読む
1 第一四五段の本文と構造
2 「うつくしきもの」と「瓜にかきたる児の顔」「雀の子」を読む
3 「二つ三つばかりなる児」「頭は尼そぎなる児」「大きにはあらぬ殿上童」「をかしげなる児」の登場
4 「何も何も、小さきものは、みなうつくし」のインパクト
5 「いみじう白く肥えたる児」と「八つ、九つ、十ばかりなどの男児」の不均衡の価値
6 最後に「鶏のひな」「かりのこ」「瑠璃の壺」
7 第一四五段を再度俯瞰する―異化効果ということ
第3節 第二八〇段「雪のいと高う降りたるを」を読む
1 第二八〇段の本文と構造
2 中宮と少納言の教養と二人の関係性
3 もう一つの切り口から事件を読む
4 「なほ、この宮の人には、さべきなめり。」をどう読むか
5 実は読者(群)が試されている
第五章 『平家物語』を読み拓く
第1節「祇園精舎の鐘の声」冒頭を読む
1 「祇園精舎の鐘の声」の本文と構造
2 「祇園精舎の鐘の声」第一段落を読む
3 「遠く異朝をとぶらへば」第二段落と「近く本朝をうかがふに」第三段落を読む
4 序章・序文としての「祇園精舎の鐘の声」を読み直す
第2節「敦盛最期」を読む
1 「敦盛最期」の本文と構造
2 導入的部分から敦盛が「とッてかへす」までを読む
3 二人の戦いから名乗りまでを読む
4 梶原たちの登場で敦盛の命を助けることのできない直実を読む
5 直実の判断を導き出した九つの伏線
6 直実の嘆きと笛の発見を読む
7 終結部=エピローグを読む
8 「敦盛最期」を批評的に読み直す
第3節「扇の的」を読む
1 「扇の的」の本文と構造
2 導入部=プロローグの場の設定を読む
3 与一の祈念の意味を読む
4 命中した扇の描写を読む
5 終結部=エピローグのエピソードを読む
第六章 『源氏物語』を読み拓く
第1節 桐壺「いづれの御時にか」冒頭を読む
1 「いづれの御時にか」の本文と構造
2 「いづれの御時にか」第一文を読む
3 続く強い拒否反応といじめ、そして天皇の情熱あるいは執着
4 「後身」が弱いことの限界
第2節 葵「大殿には、御物の怪いたう起こりて」六条御息所の苦悶を読む
1 「大殿には、御物の怪いたう起こりて」の本文と構造
2 「大殿には、御物の怪いたう起こりて」を読む
3 「年ごろ、よろづに思ひ残すことなく過ぐしつれど」を読む
4 「あな心憂や」を読む
5 自らの物の怪・生き霊に六条御息所が苦悶する
6 複数の現代語訳を評価・批評する
第3節 若菜上「御几帳どもしどけなく引きやりつつ」柏木懸想を読む
1 「御几帳どもしどけなく引きやりつつ」の本文と構造
2 「御几帳どもしどけなく引きやりつつ」に張り巡らされた伏線を読む
3 「几帳のきは少し入りたるほどに」のストップモーション的描写を読む
4 「大将、いとかたはらいたけれど」の柏木、夕霧の鮮烈な反応を読む

はじめに

  ―なぜこれまで「古典嫌い」の子どもを大量に生み出してきたのか


この本は何を目指して書いたのか

 これまで古典の授業は、さまざまに工夫され実践されてきた。そこには小中高の先生方の真摯な取り組みがあった。子どもたちに古典の魅力を感じさせると同時に、文法や古語、文学史の知識も身につけさせたいと考えてきた。

 しかし、結果として多くの場合が「古典嫌い」を大量に生み出すことに貢献してしまっていた。一部の古典好きの子どもを除き多くの子どもたちは「授業で取り上げているから」「試験に出るから」「入試で出題されるから」という事情からとりあえずは真面目に取り組むが、それが終わったら「二度と振り返りたくない」「古典なんか見たくもない」という状態に陥る。

 先生方の真摯な善意の取り組みにもかかわらず、なぜそういう事態に陥ってしまっているのか。

 それは、何より「古典の文章・作品が面白くない」からである。「文法を学んでも古語を覚えても文学史を学んでも古典の面白さとは無縁」だからである。当然子どもたちは「なんでこんなことしなくちゃいけないのかわからない」「古典を読まなくても困らない」「こんなこと知らなくても困らない」「面倒なだけで楽しくない」ということになる。

 多くの古典の文章や作品は、本当はとにかく面白い、止められても読みたくなるくらいに面白い。刺激的でスリリングで楽しい。近現代の文章や作品も面白いものがたくさんあるが、それとはまた違った面白さ・楽しさがある。「やみつき」になるくらい読まずにはいられない魅力がある。それが面白くないのは、古典の文章・作品の面白さや魅力が見えてくるような授業をしていないからである。文法も必要である。古語もわからないといけない。文学史を知っていた方がずっと文章・作品を深く読める。しかし、それら文法、古語、文学史などが古典を深く読むことにつながっていない。深く読まなければ、古典の文章・作品の面白さや魅力など見えてくるはずはない。

 そういう中でいくら指導方法を工夫しても、導入にマンガや映像を使っても面白いエピソードを提示しても、一過性の興味で終わってしまう。肝心の文章・作品の魅力にはほとんどアクセスできないままである。そこに受験の制約による古語、文法、文学史などの知識の必要性がかぶさっていくから、悲惨さは累乗となっていく。

 古典の文章・作品のものの見方・考え方を取り上げ、子どもたちに考えさせるという授業も一部にはある。しかし、そこでも肝心の古典の文章・作品の読みそのものは、表層の域を出ていないことが多い。文章・作品の「教訓」「哲学」を予定調和的に解説するか、文学史的な知識を披露することで終わるものが多い。一つ一つの文章・作品に向き合い、それを多面的に読み深めていくという要素はほとんどない。結局、古典の文章・作品そのものの面白さ・魅力・喜びは感じられないままに授業を終えることになる。

 古典の授業で一つ一つの文章・作品を読み深める要素がないために、子どもたちは古典の文章・作品を深く豊かに読むための「方法」も身につけていない。つまり国語力は全く育っていない。だから、一層子どもたちは古典の授業に無力感をもつようになる。古典の文章・作品を深く豊かに読むためには、一定の方法が必要となる。文章・作品を読み深めていく過程でそれらの方法が身についてくると、次に新しい古典の文章・作品と出会った際に、かなりの程度まで自力で読み深め読み拓いていくことができるようになる。そうなると、古典の文章・作品が面白くなるだけでなく、「読む力がついている」「国語の力がついている」「以前より読めるようになっている」という手応えを子どもたちは感じるようになり、古典の面白さだけでなく、言語能力についての手応えも感じるようになる。


教材研究の弱さ、教科内容の欠落、指導過程の曖昧さ―の克服

 前述の状況を乗り超え、あたらしい古典の授業を創り出すためにまず鍵となるのが、教師自身の教材への対峙の仕方である。教師自身が、一つ一つの古典の文章・作品をどこまで読み深めていくことができるかである。これまで教師自身が、授業で取り上げる古典の文章や作品そのものを読み深められていなかった。だから、それらの本当の面白さ・豊かさに気づいていなかった。その文章・作品のどきどきするような魅力にまで分け入っていない。それで授業に臨んでも、子どもたちが古典の魅力に気づくはずはない。教材研究の弱さを克服することが、まずは古典教育改革の大きな鍵である。

 そして、その読みの過程で自らが駆使した深く読むための方法をメタ的に抽出することで、「読むための方法」(国語の力=言語能力)が見えてくる。それらを、一つ一つの文章・作品で丁寧に子どもたちに身につけさせていく。そうすることで、子どもたちは少しずつ自らの力で主体的に古典の文章・作品を読むことができるようになっていく。つまり読解力が付いてくる。それは一生の宝として生き続け、大人になってからも古典を深く豊かに読むことができるようになる。さらに、それは古典を超えて、近現代の文章・作品を読む際にも生きてくる。(「読むための方法」はさまざまな研究によっても解明する必要がある。)これまで古典教育の世界では、読む力としての教科内容の追究が極めて弱かった。

 そしてもう一つ必要なのは、教師の教材研究を生かし「読むための方法」を育てていくための古典の指導過程の確立である。これまで指導方法も曖昧であった。指導方法はさまざまあってよいが、従来の授業でしばしば行われる「順番に場面ごとに読んでいく」などという方法ではすぐに限界がくる。たとえばはじめに文章・作品の構造を読み、それを生かしながら文章・作品の鍵となる部分にフォーカスし仕掛けを読み解く。最後に文章・作品を評価・批評するなどのあたらしい指導過程を生み出す必要がある。


この本の問題提起の骨子と本書の構成

 国語科教育について考えるとき私は五つの枠組みを用いる。「目的論」「内容論」「教材論」「指導過程論」「授業論」である。国語科では何を目指すべきか論じる「目的論」、国語科で身につけさせる教科内容を論じる「内容論」、そのためにどの教材を取り上げどう教材を研究していくかを論じる「教材論」、それに基づきどういう手順・過程で授業を展開し指導するかを論じる「指導過程論」、そして実際の授業をどう構築するかを論じる「授業論」である。本書で取り上げるのはそのうちの「内容論」「教材論」「指導過程論」である。

 「指導過程」は次の三つを提案する。


 1 古典の文章・作品の全体構造を俯瞰的に読む指導過程

 2 古典の文章・作品の論理・レトリックを読む指導過程

 3 古典の文章・作品の評価・批評・批判をする指導過程


 はじめに文章・作品全体の構造を俯瞰的に読む。次いでそれを生かしながら論理やレトリックを意識しつつ文章・作品の鍵となる部分に着目し、さまざまな仕掛けを読み拓いていく。最後にそれらの読みを生かしながら文章・作品の評価・批評・批判を行う――という指導過程である。

 それらを通して子どもに古典を深く豊かに「読むための方法」を身につけさせていく。古典教育における「教科内容」である。文章・作品の構造を読むための方法、論理・レトリックを読むための方法、評価・批評・批判を行うための方法などである。これは学習指導要領の「言葉による見方・考え方」とも重なる。それらの方法を学び身につけることによって、子どもたちは言語能力を高めていく。それについても提案する。

 「教材研究」についても、これら三つの指導過程、教科内容とも関わるかたちで展開する。

 古典の文章・作品を構造的に読むことで、その大きな仕掛けや面白さが見えてくる。伏線の重層的な仕掛けや説得力を高めるための豊かな工夫が浮き彫りになる。また、構造の読みを生かしつつ一語一文を読む際には、論理やレトリックに着目する。それにより隠れた意味や意外な仕掛けが見えてくる。そして、文章・作品を絶対化することなく評価・批評・批判することで、古典の文章・作品の新しい側面・新しい価値が見えてくる。

 本書の第二章は、右記のうちの「指導過程」を軸に提案を行った。その中で、それぞれの過程で育て身につけさせるべき「教科内容」を示した。第三章から第六章は、『徒然草』『枕草子』『平家物語』『源氏物語』の有名な段や場面を取り上げ「教材研究」を示した。その際に「読みの方法」(教科内容)も各節末に示した。

 なお、本書では「評価」「批評」「批判」の用語を使うが、「評価」「批評」は概ね文章・作品の優れた点と不十分な点をともに検討する際に使う。「批判」はそれと重なる部分もあるが、特に文章・作品の不十分な点を検討する際に使う。また、第三章以降各節の文章・作品の現代語訳は、阿部の書き下ろしである。

  *

 本書は小中高の先生方、古典教育に関わる研究者の方々、教育学を学ぶ大学の学部生・院生の皆さん、教育委員会の指導主事の方々に向けて書いた。また、本書は日本教育方法学会などの学会での研究、「読み」の授業研究会などの研究会での研究、そして全国の小中高の先生方との共同研究を生かす形で書いた。内容についての責任はすべて阿部に帰すが、ここでの成果はそういった方々との共同研究が背景にある。最後になるが、本書の出版にあたって温かく励ましてくださった明治図書の木山麻衣子氏に厚く感謝を申し上げる。


   秋田大学 /阿部 昇

著者紹介

阿部 昇(あべ のぼる)著書を検索»

秋田大学大学院教育学研究科特別教授,秋田大学名誉教授,東京未来大学特任教授。

専門は,国語科教育学,教育方法学。

1954年生まれ。茗溪学園中学校高等学校教諭,秋田大学教育文化学部教授,秋田大学大学院教育学研究科教授等を経て現職。

2008年〜2011年秋田大学教育文化学部附属小学校校長。

「読み」の授業研究会代表,日本教育方法学会常任理事,全国大学国語教育学会理事,日本NIE学会理事。

秋田県NIE推進協議会会長,秋田県検証改善委員会委員,2007年〜2019年秋田県検証改善委員会委員長。

小学校・中学校国語教科書編集委員(光村図書)。

※この情報は、本書が刊行された当時の奥付の記載内容に基づいて作成されています。
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