- はじめに
- 第1章 余暇と自由時間の違い
- 令和の時代の勤労観・職業観
- 1 フリータイムという考え方
- →余った時間と予め確保された時間
- 2 社会人の余暇の過ごし方
- →暮らすことと楽しむこと
- 3 様々な楽しみ方
- →ひとりだって,おしゃべりだって
- 第2章 楽しさをどう教えるか
- 遊びの指導から余暇支援へ
- 1 楽しさを味わう支援
- →遊びの指導,生活単元学習,特別活動
- 2 楽しさにつなげる支援
- →各教科,作業学習,自立活動
- 3 楽しさを見つける支援
- →気づき,関わり,認め合う
- 第3章 気持ちをどう伝えるか
- 意思代行決定から意思決定支援へ
- 1 意思を形成する支援
- →意思のない人はいない
- 2 意思を伝達する支援
- →気持ちの伝え方と伝わり方
- 3 気持ちのコントロール
- →待つ,折り合う,受け入れる,頼む
- 第4章 人生を思いっきり楽しむには
- 生きている実感,それが幸せ
- 1 職業生活における楽しみ
- →すり減らない・燃え尽きないための処世術
- 2 他人や社会の役に立つ楽しさ
- →就労継続支援C型という新しい生き方
- 3 「違い」を楽しもう
- →自分の人生の主人公は自分自身
- 参考文献
- おわりに
はじめに
最近,巷でよく聞かれるようになった「余暇支援」と「意思決定支援」。でも一風無関係に見える,この二つの取り合わせの本書を手に取ってくださったあなたは,多分,卒業までに「働く力」を存分につけて,進路先を決められるようにすることが,キャリア教育の到達点だとは思ってはいないでしょう。そして,キャリア教育における最も大切な課題が,「余暇支援」や「意思決定支援」だということに,すでに気づいておられるのではないでしょうか。
最近,「余暇支援」や「意思決定支援」に関するテーマを,校内研究や研究授業で取り組む特別支援学校が出てきました。キャリア教育や,新学習指導要領に関する研究が一段落してきて,次の研究対象として,これまであまり取り上げられてこなかったというより,何となく先送りにしてきた難しいテーマに挑み始めたということでしょうか。しかし残念なことに,「余暇支援」の研究対象は知的障害の高等部それも就労レベルの生徒,「意思決定支援」の研究対象は肢体不自由それも重度重複そして重心の児童生徒,といった取り上げられ方になっています。
よくよく考えてみれば,重度重複そして重心の児童生徒にとっても「余暇支援」はとても重要なことですし,就労レベルの生徒にとっても「意思決定支援」は長い人生の中で必要不可欠なものだとわかっているはずなのに,どうしてそういう取り上げられ方になってしまうのでしょうか。それは「余暇支援」「意思決定支援」という言葉のイメージ,常識といったものに,私たちはついつい囚われてしまうからです。そこで本書は,そうした言葉の持つ先入観,固定観念に疑問を持つことからスタートすることにします。そして,それらを新しい発想のもとで,一から組み立てていこうと思います。
私が,「ライフキャリア教育」という言葉を創作して,キャリア教育に関する新たな考え方を提唱した時もそうでした。2010年頃は,キャリア教育で「将来」といえば,「卒業したら」「大人になったら」「社会人になったら」「10年後」と捉えるのが当たり前で,誰もそれに異を唱える人はいませんでした。しかし私は,予後が思わしくない児童,余命がわかっている生徒と向き合った時,この児童生徒たちにはキャリア教育は意味がないと考えるのではなく,「1分1秒後だって将来」「明日役立つことを今日するのがキャリア教育」だと発想を転換しました。するとやるべき課題はいくらでも思いつきました。確かに当時は,重度重複や重心の児童生徒には別の形の教育をすればいいと考える人や学校がなかったわけではありません。しかしそれでは「キャリア教育はしなくてもよい」と除外・排除することになります。そうではなく,キャリア教育そのものの間口をバリアフリーにすることで,みんなが関われるキャリア教育にしようと思いました。つまりキャリア教育という概念を広げて,ユニバーサルデザイン化して「みんなの」ものにしたかったのです。それが「ライフキャリア教育」の始まりです。
ところが,「働く力」だけではなく,「暮らす力」「楽しむ力」の育成が大切というライフキャリア教育は,重度の児童生徒向けと思われ,特に高等特別支援学校や,作業学習の盛んな学校,就職率の向上ばかりをめざす都道府県からは冷ややかな目で見られてきました。
私は,10年間進路担当をした経験から,就労するために必要な力と,就労を長く継続していくために必要な力は別物であることに,1990年代から気づいていました。確かに,職業訓練(作業学習)等で働く力をつけておけば就職活動(現場実習)には有利ですが,一旦就職してしまえば,働けることは当たり前のことになってしまいます。これは何も特別支援学校の生徒だけではなく,一般の高校生,大学生にもいえることです。
3か月,1年,3年と就労を継続していかれるか否かは,職場の人間関係にどれだけなじめるか,本人を支える周辺環境の変化にどれだけついていかれるか,「働く」というモチベーションをどれだけ維持し続けられるか,といったワークキャリア(働く力)では対処できない別の能力,つまりライフキャリア(生きる力)が関与しています。バブルの時代も,就職氷河期の時代も,アベノミクスの時代も,大学卒業者の就職後3年以内離職率は3割と,ほとんど変わっていません。ワークキャリア教育では,就職率がアップしても,定着率は伸びないことは,皆さんご存じのとおりです。
つまり,生涯にわたって心豊かな人生を送っていくためには,働く力だけではなく,暮らす力,楽しむ力といった生きる力(ライフキャリア)を,学校時代にバランスよく育んでいくことが必要です。特に「楽しむ力」は生きる活力や,働く意欲につながります。人は人生を楽しむために働いているようなもので,これなくしては,職業生活は維持できないのです。就労が困難な重度重複の生徒にとっては,まさにそれは生活や人生の中心になるものです。
また,ライフキャリア(生きる力)は,親亡き後や,避難所生活など有事の際に,慣れ親しんだ地域で生活していくのに欠かせないものであり,それをできるだけ早い段階から育てていく必要があります。具体的には,「選ぶ力」「待つ力」「折り合いをつける力」「親や担任以外からの支援を受け入れる力」「SOSが出せる力」といった意思決定に関する力です。これらは重度重複の児童生徒だけに必要なわけではなく,就労が可能な児童生徒にとっても,社会や職場でうまくやっていくための処世術として,重要なことばかりです。
一般の高校生,大学生ならば,「楽しみ」は,社会に出てからいくらでも見つけたり,それに出会えるすべを知っています。また困難や逆境に遭遇しても,自分自身で意思決定をして,自分で何とか解決したりしていかれます。もし,自分の力だけではどうしようもできない時でも,どこの誰に何を相談すればいいか見つけ出す糸口を,自分自身の判断でつかむことができます。さらに,それらに遭遇しないように事前に回避したり予防線を張ったりすることができます。ここが,知的障害者と決定的に異なる点です。発達障害者の場合も対処の仕方が適切とは言い切れませんし,身体障害者の場合は,情報等への物理的アクセスや,表現が伝わりにくいことなどによる心のバリアで苦しい思いをします。
人生において「働く・はたらく・日中活動をする・社会参加をする」ことはとても大切なことです。でもそれだけでは心豊かな人生を送ることはできません。梁塵秘抄の中に「遊びをせんとや生まれけむ」という有名な言葉があります。2019年に開催された今は亡き樹木希林さんのライフスタイルを偲ぶ展覧会のタイトルにも使われました。これを文法どおり「人は遊ぶために生まれてきたのだろうか」とネガティブに解釈する人は,仕事中に過労で倒れるか,「終わった人」になるでしょう。反対に「そうさ,人は遊ぶために生まれてきたんだよ」とポジティブに解釈できる人は,きっと在職中も退職後も素敵な人生が送れると思います。他人と比較することなく,この世に生まれ,生きてきたこと自体を楽しむ,それが心豊かな人生といえるのではないでしょうか。
そのためにも,幼い頃から「楽しむ」ということをたくさん経験することが大切です。さらに「選ぶ」「待つ」「折り合いをつける」「支援を受け入れる」「SOSを出す」といった意思決定に関する力がついていれば,より人生そのものを楽しめます。そういう意味で,「余暇支援」と「意思決定支援」という一見無関係に見えた組み合わせが,「長い人生を思いっきり楽しむために必要不可欠な支援」としてつながってきます。そしてそれが,特別支援教育の大きな柱だということも見えてくるはずです。
しかし,誤解があるといけないので,あえて記します。私は,決して仕事より遊びが大切だとか,遊んで暮らせなどと言っているわけではありません。「よく学び,よく遊べ(All work and no play makes Jack a dull boy. 勉強ばかりさせて遊ばせないと子どもはだめになる)」ということわざどおり,ワーク・ライフ・バランスが大切なのです。病気になって初めて健康のありがたみがわかるように,仕事(その人なりの他人や社会に対して果たす役割)あってこその「楽しみ」だと思います。退職後,毎日が日曜日になると,あんなに楽しみだった3連休が,ちっとも待ち遠しくなくなります。人はメリハリがあったり,ハレとケの中で生きてこそ,生きる喜びや幸せを見出せるのではないでしょうか。
ということで,私のライフキャリア教育シリーズの第6話の前置きはこのくらいにしましょう。今回は,私が諸先輩方の冷笑や批判を浴びながらも,ブレずに提唱し続けてきたライフキャリア教育が,真にめざしたものは何だったのか,それを明らかにする全4幕です。最後までご観覧いただけることを願って,まもなく開幕のベルを鳴らすことといたします。
時代は,ワーク・ライフ・バランスから,コロナ禍の影響もあって,一挙に「ワーケーション」という新概念が出てくるほど,楽しむことに光が当たり出してきています。そうした中で,本書が先生方の日々のご指導の一助になることを願っています。
/渡邉 昭宏
参考になりました。