- はじめに
- 第1章 教室の心理的安全性
- 教室の心理的安全性とは?
- 自分を出せない子どもたち
- 対人関係のリスク
- 心理的安全性が子ども本来の力を引き出す
- 教師を超える学び
- 子どもが教育をつくる
- 心理的安全性への懸念
- 誤解されやすい心理的安全性の意味
- 「いい子」ほど疑う価値がある
- 笑えない教室が子どもを不幸にする
- 心理的安全性は教師がつくるもの
- 子どもの本質に迫る
- 「あなたは子どもをみていない」
- 子どもを「みる」ということ
- 友達を「知らない」子どもたち
- なぜ無気力になるのか、問題行動を起こすのか
- 正論で子どもは動かない
- 教育はその子のHAPPYを約束するためにある
- 学級はHAPPYを尊重し合う場所
- 子どもを憎まず、自分を責めず、しくみを変えよう
- 第2章 教師がつくる心理的安全性
- リーダーシップの教科書
- やってみせる
- 好きなこと、好きじゃないことを伝える
- 学ぶ姿を見せる、人生は楽しいと教える
- 保護者の話をする、リスペクトする
- パーティーでは教師の鎧を脱ぐ
- 全体最適にポジショニングする
- その子をみる
- 引継ぎはしない
- とめ、はね、はらいを指導しない
- 小さな変化を見逃さない
- みえる化する
- 宿題はハンコの数で努力をみえる化する
- 「変容」にスポットライトを当てる
- みせる、みる、みえる化する
- 第3章 しくみでつくる心理的安全性
- マネジメントの教科書
- 3つの距離をつくり出す
- 物理的距離@ 座席はパーソナル・ディスタンス
- 物理的距離A 席替えは平等ではなく、公平に決める
- 時間的距離@ 授業で対話のインターバルを縮める
- 時間的距離A 不便益が対話を増やす
- 心理的距離@ 音楽が意外な一面を可視化
- 心理的距離A チームでミッション・クリア
- 心理的距離B 学級会は前向きなことしか話し合わない
- 心理的距離C ほめ言葉の下敷き
- 規則ではなく物語で動かす
- 人は物語で動く
- 学級から規則を撤廃する
- 話し方、聞き方、学び方
- 先生の許可はいらない
- ブランディングの法則:どんな学級をつくりたいのかを示す
- イノベーター理論:全員を巻き込まない
- 第4章 学校を照らす心理的安全性
- 対話のない職員室
- 現場の声を吸い上げ、活かせ
- 優れた教育実践、学校経営を「みえる化」せよ
- 易きに流れず、対話をとめるな
- 職員室の心理的安全性を高めるために
- 学校から国を照らす
- おわりに
- 参考文献
はじめに
休み時間になっても席から離れず、読書をしている子どもがいました。私は彼女を「大人しくて物静かな子」だと判断し、一人で読書に勤しむ様子を「すてきだなあ」と思いました。一人の世界を大事にしている子なのだと思い、そのように接したのです。だから、学級の雰囲気が和気あいあいとしてきた5月に面談で言われたひと言は、脳天を殴られたような衝撃でした。
「先生、あたし、学校合わないんですよね……」
思えば彼女とはこのとき、初めて目と目が合いました。そのきれいで少し寂しそうな瞳を見たときに、私は、「この子のことを全然分かっちゃいなかった」と思いました。この子は、本当は明るい。明るいのに、自分を出せないまま教室で苦しんでいたのだと分かったのです。新しい学級になって1か月以上、目と目を合わせなかった自分を恨みました。同時に、目を合わせてくれた彼女に感謝したことを覚えています。
時を同じくして、自分の家族にも似たようなことが起こりました。保育園に通う息子の担任から、「園では静かに過ごすことが多い」と言われたのです。耳を疑いました。まさか、あんなにひょうきんな息子が、大人しく過ごしているだと……!?
素敵な先生方のおかげで、今となっては楽しく(楽しすぎるくらいに)登園している息子ですが、当時は通い出して間もない頃でした。
彼女や息子以外にも、子ども一人ひとりをよく観察していくと、目に見える子どもの姿と、その子がありたい姿・なりたい姿には多くの場合「齟齬」があることに気が付きました。子どもを信じるからこそ、疑うことも大切。そう考え、子どものHAPPYをどうしたら約束できるのかが私の研究テーマとなりました。
学校がHAPPYじゃない国に未来はない
文科省によると、2022年度の不登校児童生徒数は過去最多の約30万人、10年連続で増え続けています。学校に行きたくない、学校がつまらないと思う子どもがこんなにもいるのです。教師という仕事が好きで、誇りを持って取り組んでいた身としては目を背けたくなる事実ですが、現実は数字以上にまずい状況です。
不登校は「年間30日以上の欠席」が文科省の定義です。学校によっては先生が毎日電話をかけ、親に送ってもらい、保健室登校や遅刻・早退で何とかつなぎ止めている状況を考えると、「学校がつまらない」「行きたくない」と考える子どもたちはさらに多いことになります。今は低学年、それも1年生から不登校傾向の子どもが増えているのです。
子どもが苦しいということは、目の前の教師も苦しいことを意味します。不登校の子がいれば電話をかけ、手紙を書き、迎えにいき、保護者と対話し、先輩に相談し、管理職に報告し、指導に改善できるところはないか見直します。(本当はそのようなことはないのですが、)不登校を出すことは「自分のせいかもしれない」と、教師として精神的にも苦しくなることがあります。
不登校の子どもが一人ならまだ対応できても、複数の不登校事案に対応することはベテランでも至難の技です。他の児童もいます。毎日6時間の授業に加えて、教材研究、宿題、丸付け、給食、掃除、トラブル対応、保護者対応、数えきれない分掌、行事もあります。人と接する仕事ですから、落ち度があれば先生の責任、学校の責任。いつしか仕事をする目的が「迷惑がかからないように」「クレームが来ないように」、そんな錯覚に陥ることさえあります。
先生の忙しさを敏感に感じ取った若者は教職を選ばなくなり、最近になってようやくメディアに取り上げられ、「教員不足」は世間に認知され始めました。
社員を大切にしない企業が傾くように、家族を大切にしない者が不幸になるように、学校がHAPPYじゃない国に未来はありません。私は、学校をHAPPYにすることで国を照らしたい。そう思い、好きだった教師という仕事を辞め、教育事業を立ち上げました。それが「授業てらす」です。
「授業てらす」を利用している数百名の先生方を見て感じることは、先生がHAPPYになると教室がHAPPYになるという事実です。当たり前のことですが、当たり前のことができていない現状を好転させるために、従来とは違った視点で教育を見直す必要があります。
「先生、あたし、学校合わないんですよね……」
そう話していた彼女は、夏が終わる頃には別人のように明るくなりました。友達と楽しそうに話し、遊び、年頃の口からはブラックジョークも飛び出します。
「先生、学校が楽しいです。土日も来たいくらいです」
11月の面談でそう言った彼女の目は、真っ直ぐに私の目を見つめていました。強く、優しい目でした。彼女は変わったのでしょうか。いいえ、彼女が変わったわけではありません。変わったのは彼女ではなく、教室の「しくみ」です。しくみが変わることで、本来の力を彼女自身が出せるようになったのです。その「しくみ」とは「心理的安全性」であり、心理的安全性を高めることで教室はHAPPYになる――それが本書で私が最も伝えたいことです。
心理的安全性が教室をHAPPYにする
この本は学級経営がうまくいかないあなたに向けて書いています。仕事に行きたくない、教室に入るときに動悸がする、自信の無さから職員室にも居場所がない。私もそんな一人でした。
人一倍がんばって、夜遅くまで学校に残り、教材研究をして、子どもの成果物をチェックする。漏れのないように、ミスのないように。だって子どもを笑顔にしたいし、周りから認められたいし、自分の人生を楽しく生きたいし。だから、がんばりすぎてしまう、そんなあなたに。
努力がうまくいけばいいですが、必ずしもそうではなく、心身に不調をきたす先生も増えています。心の病でお休みしてしまう先生の数は増え続けており、私の周りでも病休でお休みした先生は後を絶ちません。48か国地域が参加した「OECD国際教員指導環境調査」(2018)によると、日本の先生の勤務時間は世界ワーストです。
教師のマンパワーに頼るのは限界がきています。授業という専門性を磨くことは大切ですが、一朝一夕にできることではありません。人間性を磨くこともそうです。「教師は授業」「教師は人間力」と言われるように、専門性と人間性は大切ですが、変化が激しく、あらゆることが多様化・複雑化したこの時代に、『専門性と人間性とだけで乗り越えろ!』というのは酷です。
本来は長い年月をかけ、多様な経験を積み、周りのサポートを得ながら教師として成長していくものでしたが、そんな余裕は現場にありません。だからこそ、教師の負担を減らし、生産性を高めるためにいろいろな働き方が実践・提案されています。
私は初任1日目から定時で上がり、6年間ほぼ毎日定時退勤しました。さまざまなICTを活用し、業務を効率化し、早く帰ることが目的になった時期もありました。しかし、気付いたのです。「いくら早く上がっても、教室がHAPPYじゃなければ人生は楽しくない!」ということに。
本書で紹介する「心理的安全性」には、子どもと先生がHAPPYに、教室がHAPPYになる本質が詰まっています。そして、専門性や人間性と違い、明日からでも実践することが可能です。
ここで、私の自己紹介をさせてください。
星野達郎(ほしの・たつろう)といいます。東京生まれの横浜育ち。学生時代に添乗員をしながら47都道府県を回り、その後グアテマラに2年、青森に7年住みました。
「達郎」という名前は父親がつけてくれました。一度決めたことは必ず「達」成してほしい。自らの中に「LOW(ロウ:法の意味)」を持ち、自律した人間になってほしい。合わせて「達郎(達成+LOW)」。学生時代に名前の意味を聞いてから、名に恥じぬように生きているつもりです。
教師としては主に高学年を担任しました。初任1日目から定時で帰り、年次休暇をフルで取得することで有名でした。子どもたちと一緒に学校に来て、子どもと一緒に帰るような教師生活(共働きの妻には、我が子が生まれてからは特に、この働き方は好評でした)。
定時で帰って何をしていたのかというと、経営学や組織マネジメント、経済動向について研究していました。名著とよばれるような古典を読み漁り、年間8万円する『日経ビジネス』は購読8年目です。研究するだけでなく、ピーター・ドラッカーの『マネジメント』(ダイヤモンド社)や稲盛和夫の『アメーバ経営』(日経BPマーケティング)など、不易に価値ある経営学を学級に取り入れました。伝統的な経営だけではなく、NETFLIXや星野リゾートのような最先端の組織マネジメントを学び、学級で実践してきた教師です。
このように時間外に学級のことをしていたわけですが、定時で帰ると「楽」をしていると言われたこともあります。
「初任なのに早く帰ったらだめです。主任も残っているし、他の先輩もまだ仕事をしているでしょう。帰る前に、『お手伝いすることはありませんか?』と聞くのです」
このように、職場の先輩方からお叱りを受けたことも一度や二度ではありません。でも、当時の私は、教育現場はこのままではHAPPYじゃなくなるだろうという危機感がありました。先生の顔、子どもの顔を見て、そう思っていました。
従来の働き方をしていたら、これまでの教育を維持する人材になってしまう。「よし、地域や社会と関わりながら学校内外をシームレスにつなぎ、学校をHAPPYにするための知見と視座を磨こう!」……とまでは当時、言語化できていなかったと思いますが、周囲の声は気に留めず、自分の信じた道を行こうと決めました。
このときは、子どもの表情がHAPPYではない原因を現場のせいにしていた節があります。先生たちがHAPPYではない原因を、その人自体に求めていた節があります。もっと人間性を磨こう。もっと楽しい授業をしよう。でもそれは、間違っていました。原因は人ではなく、しくみにあったのです。
人を責めず、しくみをつくる
「しくみによって人はHAPPYになる」という事実に出会ったのは、校外の活動がきっかけでした。
私は、教師をしながら「新むつ旅館」という老舗旅館でボランティアをしていました。80歳の女将がコロナ禍で困っていることを知り、添乗員をしていた知見を活かし、力になりたいと思ったのです。
それが、全然うまくいきません。難しかったことは、正論が通用しないことです。「学習しなさい」とだけ言っても子どもが動かないのと同じように、「旅館に来てください」と言っても誰も来ないのです。
そこで、女将と旅館の魅力が伝わるようにオリジナルポストカードをつくることにしました。教師をしていた当時から、私はオンラインでのコミュニティを運営していましたので、仲間たちにデザインを相談し、3種類のカードをつくりあげました。そして、市の運営施設に置いてもらいました。それが数百枚売れるヒット作となり、地元のお客さんが興味を持ってくれたことで、コロナ禍でも売上を維持することができました。このことが新聞でも取り上げられ、教員だった私に、「地元の貢献のために、ありがとう」「これまでの教員とは違う仕事ぶりだね」などと、多くの反響がありました。
魅力がひと目で分かる「オリジナルポストカード」という「しくみ」をつくったことで、お客さんも女将も地元で暮らす人々も、みんながHAPPYになったという事実は、私の原点になっています(なお、あくまでもボランティアで、当時公務員だった私は一切の収益を得ていません)。
また、「星のあそび塾」という子どもの遊び場もつくりました。子どもたちの遊び相手が親ばかりになってしまうという課題を解決するために、子どもが異年齢で遊び、社会性を育める場所をつくったのです。コロナ禍にもかかわらず40組80名の親子が集まり、子どもも保護者も幸せそうな顔をしていたことは忘れられません。
「異年齢の友達と遊び、たくましく育ってほしい」という保護者のニーズを、「星のあそび塾」という「しくみ」で解決できたことは、大きな転機となりました。しくみをつくり、しくみを変えることでみんながHAPPYになるのだと、このとき、強く確信を持ったのです。
旅館ボランティアや「星のあそび塾」は、教員をしながら行いました。平日の早朝・夜、休日を使って、最終的には「教育」という一つの線でつながると思って始めたことです。
校外では「教員」という肩書きはあまりに無力で、むしろ「どうして先生が学校の外で働くのか?」と、訝しげに見られたこともあります。教員をしながら他の事業も行うという二足の草鞋は当時としては珍しく、教員仲間からも白い目で見られていたと思います。
「ちゃんと仕事をしていないのではないか」
「本業に集中しなさい」
そう言われたこともありました。
それでも続けられたのは「子どもの姿」でした。「しくみ」と向き合うことで、子ども本来の力が発揮されるようになったのです。学級がうまくいかないとき、トラブルが起きたとき、私たちは誰かのせいにしたくなることがあります。しかし、人を責めず、しくみと向き合うことで、教室は必ずHAPPYになるのです。
その中でも、「心理的安全性」は大きな発見でした。教室の心理的安全性を高めることで、子どもたちは別人のような姿になりました。自ら学び、動き出すだけではなく、問題が起きても自分たちで解決し、互いを尊重し合いながら高め合うようになったのです。それを友人、知人に紹介したところ、彼らの学級経営も改善されたと聞きました。子どもが動き出し、学級がHAPPYになったという声をもらったのです。しかも、退勤も各段に早くなったという、おまけまで付いて。
今、私は「授業てらす」という教師のオンラインサロンを運営しています。数百名の大きなコミュニティですが、ここでも教師時代と同じように「しくみ」による経営を実践し、メンバーが主体的に動くコミュニティをつくることができています。心理的安全性を高めることで、子どもだけではなく、大人たちも主体的に動き出すことを実感しているところです。
「心理的安全性」という新しいメソッドを学んだところで、きまりでがんじがらめになっているうちの学校ではできない。そもそも、しくみではなく、教育は心でするものだ――もしかすると、経験が長い先生ほど、本書の提案は受け入れ難いものかもしれません。
しかし、何度も言うように、従来の方法を継続してきたことによって教育は最悪の状況を迎えました。
子どもの不登校は30万人、休職・離職する先生は後を絶たず、なり手不足は深刻化。学校がHAPPYじゃない国に未来はないと私は思います。教室は社会の縮図です。自分を出せない教室で育った子どもたちが大人になり、自分を豊かに表現できるでしょうか。国や社会、人のために力を使いたいと思うでしょうか。
しくみを変えることで教室はHAPPYになります。心理的安全性は、どの教室でも実践できる汎用性の高い教育メソッドです。
本書では、心理的安全性の概念から具体的な実践までを凝縮してお届けします。日本中の子どもたちが教室でHAPPYに過ごすために、学級経営に悩む先生方や、よりより教育を志す方の「心理的安全性の高い学級づくり・チームづくり」に役立てていただけたら幸いです。
2024年1月 /星野 達郎
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- 明治図書
- この本は小中学校の現場の事例を基に書かれていますが、大人クラスにも応用できるのではないかと思います。職場の日本語学校には十代から幅広い年齢の学生がいます。言語、国籍、年齢、宗教の異なる人達が同じ教室で学ぶため、クラス運営に日々苦労しています。本書で心理的安全性の重要性を再確認しつつ、今後のクラス運営に活かしていきたいと思います。2024/5/13越後屋
- 著者の実践に基づいて「心理的安全性」について紐解いているので、非常にわかりやすく読むことができます。2024/4/2340代・小学校教員