- はじめに
- T 今、なぜ「比べ読み・重ね読み」か 背景編
- 一 学習指導要領改訂 そのポイント〜ハンドブック『生きる力』から〜
- 二 背景 PISAショック
- 1 PISAとは
- 2 PISAの特徴1 「連続型テキスト」と「非連続型テキスト」
- 3 PISAの特徴2 測られる学力の質「熟考と評価」
- 4 危 惧
- 三 手立て キーワードは「比べる」
- 1 新学習指導要領の中にヒントがある
- 2 「比べる」ことは考えること
- 3 「比べる」二重構造 焦点化して比べる
- 4 「比べる」ことは、批評力を鍛える
- U 「比べ読み・重ね読み」の導入 実践理論編
- 一 比べ読みに必要なもの
- 1 「読みの観点」「のものさし」への疑問
- 2 「読みの観点」の提案
- 二 「比べ読み・重ね読み」の実際 教材分析
- 1 『ごんぎつね』の教材分析
- 2 副教材の選定
- 3 選択教材の選定
- 三 「比べ読み・重ね読み」の実際 実践
- 1 『ごんぎつね』の授業
- 2 「比べ読み・重ね読み」 副教材と比べる
- 3 「比べ読み・重ね読み」 選択教材と比べる
- 四 「比べ読み・重ね読み」の実際 留意点
- V 「比べ読み・重ね読み」 実践編
- 一 人と違うからこそすばらしい 二年『スイミー』と『フレデリック』
- 1 作者レオ・レオニの「主想」
- 2 『スイミー』の指導
- 3 『フレデリック』との比べ読み・重ね読み
- 二 助けたり、助けられたりする=「親友」 二年『お手紙』と『ひとりきり』
- 1 副教材『ひとりきり』について
- 2 『お手紙』を読む
- 3 『ひとりきり』との「比べ読み・重ね読み」
- 三 「ほっ うれしいな」=生き残れた喜び 四年『春のうた』と『秋の夜の会話』
- 1 副教材『秋の夜の会話』について
- 2 授業の実際
- 四 松井さんには聞こえる?=松井さんはきつね? 四年『白いぼうし』と『車のいろは空のいろ』
- 1 なぜ松井さんには聞こえるのか
- 2 『白いぼうし』を読む
- 3 『虹の林のむこうまで』との比べ読み・重ね読み
- 五 回想場面の謎解きのおもしろさ 五年『わらぐつの中の神様』と『春先のひょう』
- 1 回想視点のおもしろさ
- 2 『わらぐつの中の神様』を読む
- 3 『春先のひょう』との比べ読み・重ね読み
- 六 動物が見せる気高さ 五年『大造じいさんとガン』と『片耳の大シカ』
- 1 動物が見せる人間的な行為
- 2 『大造じいさんとガン』を読む
- 3 副教材『片耳の大シカ』との比べ読み・重ね読み
- 4 選択教材との比べ読み・重ね読み
- 七 なぜいつも弱い者の味方なのか 六年俳句『小林一茶』
- 1 一茶の生涯
- 2 授業の実際
- 八 自己犠牲 「でくのぼう」の意味 六年『やまなし』と『よだかの星』
- 1 『やまなし』に出てくる人物像
- 2 『やまなし』の授業
- 3 『よだかの星』との比べ読み・重ね読み
- 4 選択作品との比べ読み・重ね読み
- おわりに
はじめに
和歌山県教育委員会の小中学校課のホームページに、「PISA型読解力向上のための実践指導資料集」が掲載されている。国立教育政策研究所教育課程研究センター総括研究官、有元秀文氏の監修によるものである。
それを読んでの最大の疑問は、「なぜ、『あなたが登場人物なら○○しますか?』という発問が、『クリティカル・リーディング』になるんだ?」ということである。
そのホームページの中で、「クリティカル・リーディング」とは、
○テキストを読んで、正確に理解した上で、その文章の表現が本当に価値の高いものか、その物語の構成や終わり方は本当にそれでよいのか、作者の意見は本当に正しいのかを分析し、評価したり批判したりして課題を見つけること
○自分が評価したり批判したりして見つけた課題について、根拠を挙げて説明し、グループや集団の中でお互いの意見について評価し合って話し合い、課題を解決すること
と明記されている。
これはテキストを「批評」することであり、違和感を感じない。「文章の表現や構成」がそれでよいのかを分析・評価し、話し合う、とは、まさに、「文章を検討する」ことだからである。
ところが、それを育てるためには「あなたが登場人物だったら○○のとき、どうしますか?」「あなたが登場人物だったら、ほかにどんな方法で解決しますか?」の発問が有効だと、いつのまにかなっているのだ。それが「熟考・評価」の力を育てるものだと、いつのまにか、すり替えられているのである。
実際のPISAの物語文の問題、例えば、『贈り物』の問題には、「あなたが登場人物だったら……」式の問題はない。あるのは、「登場人物を『残酷』だと思うか、『優しい』と思うか」、文章を根拠にして検討させるものである。これは、一見似ているようだが、「あなたが登場人物だったら……」とは、根本的に異なる。
前者は、物語を読んで、その物語世界を前提として、登場人物の言動を読者が評価するものである。したがって、文章表現が変われば、読者の判断は当然変わる。感情を抜いたある程度冷静なものである。
しかし後者は、読者自身が登場人物になるのだから、文章からはまったく離れてしまう。物語世界を無視して自分の世界で判断するのだから、あるのは自分の「思い」だけ。はっきり言えば、ナンセンス。あり得ないのである。これでは「批評」する力など、育ちようがない。
その昔、「あなたが登場人物だったら……」式の発問は、道徳でよく使われた。そして、宇佐美寛氏をはじめ、たくさんの人から批判され、消えていった。時を経てまさか今の時代に、道徳の授業としても「出来の悪い」発問が、国語の「優れた発問」として蘇ってこようとは……。
後の実践例を見ると、小学校実践の多くが、この「あなたが登場人物だったら……」式の発問になっている。中学校、高校では、「アインシュタインの考えた国際的な平和の実現方法はよい方法だと思いますか?」のように、「あなたが登場人物だったら……」式の発問は減っている。さすがに「あなたがアインシュタインだったら……」と中学生には聞けないのであろう。「僕とアインシュタインは違う。なれるわけないのに判断できない」子どもにそう言われそうで。
このように考えると、今後、特に小学校低学年・中学年で「あなたが登場人物だったら……」式のものが多く使われやすいと思われる。最初のPISAの解説が妥当なだけに、そこから導かれたかのように装われた「あなたが登場人物だったら……」式の発問を使えばPISA型だと、誤解された実践が横行してしまう危惧をもつ。
今後、文章を根拠としない、ただ、自分の「思い」を述べ合うだけの授業、「這い回り続ける授業」がたくさん登場しそうである。何せ、この論が今、行政の力を借りて蔓延しつつあるのだから。
本書は、そのような危惧に対する、私の一つの答えである。「クリティカル・リーディング」とは、文章を客観的に「分析」し、「批評」することである。まさに「分析批評」ではないか。「分析批評」とは、小西甚一氏が、「ニュークリティシズム(新批評)」を和訳し名付けたものである。古典文学者であった小西氏がアメリカ留学時代、アメリカの学者が日本の古典について見事な批評をするのを見た。それが、彼らが共通の「批評の観点」をもっているからだと分かった氏は、それを「分析批評」と名付けて日本に持ち帰る。この「分析批評」を小西氏から学んだのが井関義久氏であり、井関氏から学んだのが、向山洋一氏なのである。
「批評の観点」は他の作品にも転用できる。つまり、それを身に付けた子どもたちは、自ら選んだ作品を批評する「一人読み」ができるようになる。本書が提案する「比べ読み・重ね読み」の手法は、その「一人読み」への架け橋として考えたものである。
本書は、それを目指した私の拙い実践の集成である。お読みいただき、「批評」していただければ幸いである。
/川上 弘宜
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- 明治図書