- まえがき
- T 漢字オタクも飛びつくエピソード&ゲーム集
- 一 目からウロコの漢字エピソード
- [1] 「赤」は「赤」でも……
- [2] 「鮭」で中毒
- [3] 「汽車」で「単位」へ行く
- [4] これって何画!?――辞書の引き方
- [5] 畑さんは田さん――国字のはなし
- [6] 漢字は聞くもの
- [7] 幸福を呼ぶ漢字――吉祥文字
- [8] こんな漢字あるの? (1)
- [9] こんな漢字あるの? (2)
- [10] 情けは人のためならない!?
- [11] 言葉のウィット
- [12] 使い道のある漢字の画数
- 二 脳フル回転! 漢詩・漢文ゲーム
- [1] 身近な漢文を探してみよう!――漢語と和語
- [2] 同音異義語で感性を磨こう!
- [3] 漢詩復元ゲームで競争しよう!
- [4] 漢詩短作文で対句にチャレンジ!
- [5] 作家に挑戦!――漢詩をモチーフに物語作り
- [6] ワードパズルで故事成語をマスターしよう!
- [7] オリジナル故事成語を作ろう!
- [8] 孔子と名言対決!―「論語」の構成・技巧を理解する
- [9] 「論語」の構成で人生を語ろう!
- U 「ツボ」を愉しみ力をつける漢詩・漢文作品集
- 一 暗唱で記憶力アップ!の漢詩学習
- [図解]唐代の詩人たち
- 覚えておきたい唐代の詩人
- @ 春暁(孟浩然)
- A 江南の春(杜牧)
- B 春夜(蘇軾)
- C 黄鶴楼にて孟浩然の広陵に之くを送る(李白)
- D 春望(杜甫)
- E 元二の安西に使いするを送る(王維)
- F 八月十五日夜、禁中に独直し、月に対して元九を憶う(白居易)
- G 静夜思(李白)
- H 秋浦の歌(李白)
- I 楓橋夜泊(張継)
- J 江雪(柳宗元)
- K 早に白帝城を発す(李白)
- 作品の背景
- 二 エピソード記憶で完璧!の故事成語
- [図解]故事成語の発祥 92覚えておきたい故事成語
- @ 株を守る(韓非子・五蠹)
- A 矛盾(韓非子・難一)
- B 五十歩百歩(孟子)
- C 漁夫の利(戦国策・燕策)
- D 蛇足(戦国策・斉策)
- E 虎の威を借る(戦国策・楚策)
- F 田父の功(戦国策・斉策)
- G 先ず隗より始めよ(十八史略・卷一)
- H 鶏口牛後(十八史略・卷一)
- I 倉廩実ちて礼節を知る(管子・牧民)
- 作品の背景
- 三 思想家の名言で小論文を知的にする!
- [図解]春秋戦国時代の思想家
- 春秋戦国時代の思想家たち
- @ 論語集註(論語・学而)
- A 孔子、魯の大夫、少正卯を誅す(史記・孔子世家)
- B 古は子を易えて之を教う(孟子・離婁上)
- C 男女授受するに親らせず(孟子・離婁上)
- D 小国寡民(老子・八十一)
- E 無用の用(荘子・人關「)
- F 轍鮒の急(荘子・雑篇)
- G 日月食して之を救う(荀子・天論)
- H 知に処すること則ち難し(韓非子・説難)
- I 越職の厳罰(韓非子・二柄)
- J 鰥寡孤独を振わす(説苑・政理)
- K 創業と守成と孰れか難き(十八史略)
- 作品の背景
- あとがき
まえがき
漢字・漢文の良さや楽しさが見直され、漢字・漢文ブームが起こってきています。書店では、漢字パズル・漢詩の作り方・論語などが書棚をにぎわせています。わが国の空前のベストセラーとなった藤原正彦氏の『国家の品格』(新潮新書)で、日本人の誇りうる情緒として、「懐かしさ」があり、それは「家族愛」「郷土愛」「祖国愛」、最後に「人類愛」の「四つの愛」が基本になると言っています。これは東洋的価値観の核となる大切な情緒で、唐詩や十八史略・史記、論語の中に、とりあげられています。たとえば、唐の詩人杜甫は「月夜」の前半には
今夜ふ州の月 閨中只独り看るならん 遥かに憐れむ小児女の 未だ長安を憶うを解せざるを
(この月を ふ州の空に ねやのうち 妻ひとり看る 父いたむ 心もしらぬ おさな子を 遠くあわれむ)と詠っています。 (『漢詩への招待』石川忠久著(文春文庫) 訓読・訳詩)
さらに、藤原正彦氏はフランス人のシオランの言葉を引用した『祖国とは国語』(新潮文庫)で「国語教育絶対論」を主張しています。「ゆとり教育」に関連して学力低下の問題がわき起こり、文部科学省でも学習指導要領の改訂のための中間報告で、「読み・書き・計算」と「音読・暗記・暗唱」を今後重点指導事項として提示しています。とくに古典を重視して、小学校から古典に親しませることを提唱しています。
小学校での漢字や諺(ことわざ)・慣用的な表現の指導がなおざりにされ、中学校や高等学校では、国語の授業時間が少なくなったという理由で、「古典」とくに漢文が軽視され、熱心な指導が行われなくなりました。このため漢字・漢語・漢文の不充分なために文章読解力にも影響が出てきています。二〇〇三年に世界四一か国、一五歳の子どもに実施した学習到達度調査(PISA)で、前回(二〇〇〇年)の八位から一四位に下落しました。
ことばは時代によって変化することは、当然すぎるほど当然なことですが、今日の世代間のことばの断絶は、わが国の歴史をひもといてみても、あまり例をみないほどです。たとえば「子はかすがい」を「子どもはりこうよりカスがよい。」と「鎹(材木と材木をつなげるための大釘)」と「滓(液体をこしたあとに残ったもの)」と短絡的に間違った発想で、ことばをとらえ、こと足れりとする傾向があります。つまり、伝統文化に対する関心の低さと語彙力不足が一番の問題点だと考えられます。
かつての日本で教養人とか知識人は、たくさんの書物を読み、その上で批判もし、自己の主張をしました。中国文学の研究者であり、作家であった高橋和巳氏は、岩波文庫本の『論語』を下宿の壁に投げつけ、装幀をぼろぼろにしてしまったというのです。『論語』に述べられている「孝」や「忠」などの古くさい考えをしていては時代にあわないと思い、自己抑制がきかず読んでいて、むかっと腹を立て投げつけ本をぼろぼろにしたというのです。しかし、彼は中島敦の『李陵』や『弟子』を読み、中国古典文学を読み直してみて『史記』や『論語』には、人間が生きており、美的感動があると再発見するのです。とくに「命なるかな、この人にしてこの疾あり。命なるかな」(『論語』雍也篇)と孔子がハンセン氏病にかかった、人柄が良く品行方正な弟子の冉伯牛を見舞いに訪れ、「神にすがれとも言わず、天の道があやまっていると怒りもしない。しかし、激烈な言葉を吐くことなく、ただ歎息したにすぎぬことが、また孔子という人間存在の偉さを物語る。」(『高橋和巳全集』河出書房新社)として『論語』が高橋和巳氏の「私の古典」となったことが述べられています。
養老孟司氏は、「中国が有人ロケットを飛ばす時代に漢文などやっているから、中国に対する古臭いイメージをまえがきもつ。それが誤解の始まりだ」と考える人に、中国の将来は、日本にとって大きな意味をもっているので、逆に漢文を読んでみたらどうか、と主張しています。養老氏は「たかが数千年で、ヒトの遺伝子は変わらない。つまり人は変わらない。それなら古い方法が、ふつうの人には、いちばん役に立つ方法だ」との考え方に基づいているのです。
近代以降の世界では、政治・経済、科学・軍事等あらゆる面で欧米一辺倒で、アジア、とりわけ東洋的なものが軽視されてきました。七世紀、東アジアでは唐王朝を円の中心に据えて、日本・韓国・ベトナムなど中国周辺の国では漢字を共通の伝達手段として、東洋的思考を文化の根底に置き、豊かな精神文明を開花させていました。『古事記』『日本書紀』によれば、百済の王仁が『千字文』一巻と『論語』十巻、あわせて十一巻をわが国に伝えたとしています。この二書がわが国の言語に与えた影響ばかりでなく、とくに『論語』の伝来によって精神生活や生活様式・社会体制に及ぶ、はかり知れないほどの影響があったと考えられます。ところが、『千字文』の伝来についての影響やわが国の先人の識字方法に卓越した工夫がなされていることに関して残念ながら見落とされています。この工夫や方法は漢字・漢語の習得に対するヒントを与えてくれています。
『千字文』は中国では児童が文字を学ぶテキストとして用いられ、中国周辺の漢字文化圏に流布し、広く文字習得のために用いられました。つまり、わが国が遣隋使や遣唐使を派遣した時代には、東洋文化圏の共通言語の役割を果たしていたのです。ところで『千字文』は一字も重複のない千字を四字ずつ一句として、二五〇句の韻文にし、その内容は天地星辰に始まり、人間をとりまく環境として、自然の記述から、人の生き方に及ぶように工夫されています。さらに重要なことは「文選読み」という音読(「読み」)と書写する(「書く」)ことを用いながら、漢字・漢語が効果的に習得できるよう、わが国独特な工夫がなされています。今日に伝わる梁の周興嗣編集の『千字文』で説明すると、
天 地 玄 黄 宇 宙 洪 荒
「テンチ(天地)のあめつちは、クヱンクワウ(玄黄)と黒く、黄なり」
「ウチウ(宇宙)のおおぞらは、コウクワウ(洪荒)を大おおいにおおきなり」
『千字文』を学習する者は、まず音読し、つぎに、わが国のことばで訓読しながら、漢字・漢語を習得していったのです。この方法は参考にすべき点が多くあり、今後の課題とも言えましょう。
江戸時代には日本全土に藩校・漢学塾・寺子屋があり、武士の子弟ばかりでなく町人や農民などが学習し、当時世界に誇ることのできる識字国家であったと言われています。そして明治維新となり、文明開花の時代を迎え、欧米の文化・科学技術を修得するのに、中国の古代語を転用して、「novel」を「小説」とし、「literature」を「文学」としました。また、新造語(哲学・抽象・肯定・郵便・常識)を創造し、これによって新しい文化や文明を社会全体に浸透させることができたと言われています。
現代に生きる私たちは、「漢字・漢文」の楽しさを味わうことによって、知的好奇心ばかりでなく、今まで忘れていた多くのことに気づき、日々の生活のなかに生きる喜びが得られるはずです。「漢字」は見ているだけで発想が豊かになり、語彙力が豊富になれば、人との会話を楽しむことができます。「漢詩」を通じて感性をみがき、情緒や芸術的センスをよみがえらせ、「故事成語」による身近な知恵を身につけ「歴史の中に生きた人」のたくましさを知り、中国古代思想家の英知を現代にあてはめてみる。中国四千年の東洋の知恵・感性や思想を体得すれば明日の心の糧とすることが期待できるはずです。
平成十八年九月十八日 /謡口 明
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