- まえがき
- T コミュニケーションと国語単元学習
- /安居 總子
- 一 コミュニケーション教育とその背景
- 二 コミュニケーション理論と国語教育
- 三 対話能力
- 四 単元学習とコミュニケーション能力
- U コミュニケーション教育
- /西田 拓郎
- 一 コミュニケーション教育の不振
- 1 中学校学習指導要領における「聞くこと」「話すこと」の変遷
- 2 「聞く・話す」教育の不要論(森岡健二氏の主張)
- 3 「聞く・話す」学習の不振の原因
- 二 コミュニケーション教育の必要性
- 1 聞けない・話せない日本人
- 2 コミュニケーション教育を
- V コミュニケーションを核にした単元学習の検討
- /西田 拓郎
- 一 実践検討の目的と方法
- 1 実践検討の目的
- 2 実践検討の方法
- 3 「話し合い」教材産出の視点
- 二 単元学習による指導の有効性
- 1 「授業開き」の中での対話指導―本谷千恵子実践
- ミニ単元「花の本」の紹介 1年
- 2 対話指導のための教材化研究―甲斐利恵子実践
- 授業研究単元「対話を楽しむ」―「うそ」をめぐって
- 3 単元 世界の中の日本人―遠藤瑛子実践
- 「目を世界に」―神戸大学発達科学部附属中学校
- 三 単元学習を志向する
- 1 英語教育に学ぶ
- 2 単元計画にあたって
- 3 単元学習を位置づけた年間指導計画
- W 単元学習によるコミュニケーション教育の実際
- 実践@ 「あなたのよいところを伝えます」 /西田 拓郎
- 1 学級開きから一ヶ月
- 2 仲間関係をつくる学習活動
- 実践A ゴッホの名画鑑賞 /西田 拓郎
- 1 指導にあたって
- 2 授業の実際
- 実践B 『俳句カード』をつくろう /西田 拓郎
- 1 今なぜ「俳句カード」か
- 2 先生が作った「俳句カード」
- 3 仲間と学び合う
- 4 生徒に確かな力をつける
- 実践C 選択国語 課題学習『奥の細道』 /西田 拓郎
- 1 「教えてもらう」だけからの脱皮
- 2 課題学習「奥の細道」
- 3 A子が養った思考力
- 実践D 卒業単元学習「生活に結ぶ言葉」 /谷口 浩治
- 1 日常生活に生かす国語
- 2 個を生かすための「国語班」の編成
- 3 「国語学習カード」の活用
- 4 指導(学習)目標と指導(学習)計画
- 5 指導(学習)の実際
- 実践E 「羽島リニューアルプラン」 /堀 栄子
- 1 単元の目標
- 2 学習の流れ
- 3 個人差に応じるための地域社会をとらえる観点
- 4 学習活動の実際
- 5 評価
- 実践F 「私とふるさと」―学ぶことは生きること /二村 一洋
- 1 実践の構想
- 2 実践報告
- 実践G 「平和について考えよう」―戦争を知らない私たちだけど /野田 守彦
- 1 単元について
- 2 実践の意図
- 3 身につけたい力
- 4 単元指導計画―単元構造図
- 5 具体的な実践のなかから
- 6 実践をふりかえって
- 実践H 部活動強化計画 /小川 和彦
- 1 単元を作るにあたって
- 2 導入での工夫
- 3 生徒作品例―その一(足が速くなるために)
- 4 生徒作品例―その二(砲丸投げ)
- 5 コミュニケーション能力を育成するために
- 6 成果と課題……
- 実践I 「多治見発信 多治見PR作戦を考えよう」 /谷口 千鶴
- 1 学習材について(コンピュータを利用したキャッチフレーズづくり)
- 2 単元目標
- 3 単元指導計画
- 4 学習者H・下のこだわり
- 5 言葉を伝えることの意味
はじめに
この二、三年の間に街中が人の声でうるさくなった。携帯電話である。「携帯」を持ち歩く若者が増え、所かまわず声を発してはばからない。若者が携帯をもつということは、親からの独立という精神構造なのだといえば聞こえはよいが、実際は時と場所から自由になり、周囲の人間を無視して自分だけの世界に入り込む一つの生活様式でしかない。特定の者としかしゃべれないし、そこで交わす言葉は「私語(わたくしご)」である。独り立ちとはいえ、幼児性そのままの言語生活の形を変えたにすぎない。
パソコンを使うようになって子どもたちはさまざまな体験をしているようだ。ワープロで文章をつくっているころよく見かけた「感情の鬱積」をはらす「見えぬ相手」罵倒の言葉も、現在はコンピュータ操作のおもしろさ――調べたり、情報をもらったり――にひかれているせいか消え、今では、パソコン操作によって学習の範囲や方法などを広げ、自らの「学び」の世界をつくり始めている。
メディアの進歩が生活や文化を変えつつあることは明白な事実である。当然、教育の場においてもそのことを無視することはできない。しかし、新しい変化は流行現象の一つと考えられなくもない。その現象の分析や対応に追われることもあり、そういう臨床的対応は必要ではあるが、教育では常に不易なるものを見つめ、軽々に動かさぬことも必要である。
言葉の教育において、わが国ではコミュニケーションを正面にすえて考えたことはなかったといってよい。大体コミュニケーションという言葉も学問領域によってその意味するものを異にする。コミュニケーション学とかコミュニケーション論という言葉も研究者によって意味するものが違う。しかし、私達人間は社会生活を営んでいる限り常にコミュニケーションを行っている。コミュニケーションが、授受のところの大部が言葉であるがために、言語の教育の問題として、国際化情報化社会の状況に対応するべく、クローズアップされたと考えられる。これは社会的要請である。しかも、コミュニケーション力は「生涯教育」「自己学習力」の線上に連なる学習力としてある。学習者がモノ・コトに興味・関心をいだき、興味・関心から学びの行為を始め、さまざまに展開して終結するその一連の過程はすべてコミュニケーションだといってよい。今回告示された学習指導要領には「伝え合う」という文言が加わった。「伝え合う」で、はなす・きく・よむ・かくを考えてみようというのである。コミュニケーションは、はなす・きくだけでなく、かく・よむも、なのである。「伝え合う」の「合う」は他者と向き合う人間の行為であり、また「学び合う」精神でもある。そのように考えて、コミュニケーションを国語教室に持ちこんだとき、どのような学習が成立していくのか。それが本研究の中心であった。それはとりもなおさず単元学習である、単元的発想に立つ授業であるという考えに至った。
本書の執筆メンバーは、筆者が岐阜大学赴任中(平成六、七、八年度)に、月一回の月例研究会に集まった仲間たちである。大学の研究室ばかりでなく、時に教室に赴いての研究もあった。西田拓郎はその時の大学院生で、その時まとめた修士論文が本書の中心をなしている。コミュニケーション教育の必要は仲間どうしでも声高に語りあった。また、単元学習についても。その中から授業実践を十篇集めた。この中には現在問われている国語教育上の問題や学習の取り組み方についても触れている。そして何よりもそれぞれがパイロットたらんとする意欲的な取り組みをした。時に脱線し、時にツメの甘さに泣きということはあったが……。その実践も二年経過して少々古くはなったが、でもそこには意識としての新しさがあふれている。
この出版に際して、しぶる筆者の重い腰を上げさせたのは右のメンバーであった。明治図書出版の江部満氏からもよい機会をいただいた。ここに記して感謝申し上げる。
今、遅まきながら、これを公開して、大方の実践家の方々からご意見をいただきたいと心から願う。
一九九九年一月 /安居 總子
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明治図書















