21世紀型授業づくり20「自ら学ぶ」子を育てる実践提案

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学校教育の普遍の課題は自ら学ぶ子どもを育てることだと著者はいう。そのためにどう学校教育や授業を変えていくか、戦後の実践の分析・検討をふまえ、実践の方向を示す。


復刊時予価: 2,332円(税込)

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電子書籍版: なし

ISBN:
4-18-232811-6
ジャンル:
国語
刊行:
2刷
対象:
小・中
仕様:
A5判 128頁
状態:
絶版
出荷:
復刊次第

目次

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まえがき
T 新しい世紀と「自ら学ぶ」子
U 人間にとって「自ら学ぶ」とは
─私にとっての「自ら学ぶ」
一 私たちの仕事
二 「自ら学ぶ」ことは、一生の力、一生の宝になるか
三 私にとっての「自ら学ぶ」
1 過干渉しない親私の家族、特に母
2 好きなことに夢中になること大好きな蒸気機関車に
3 本物の自然に触れること自由研究に取り組んで
4 工夫すること、熱中すること最低の性能のラジオで
5 順序立てて積み上げること、成果が自覚できること 実験室に通いつめて
6 自ら判断し、それを貫くこと突然の志望変更
7 良き師との出会い小泉 弘先生との出会い
8 方法論を身につけること卒業論文
9 応用し転移させる場があること教材研究も仕事も
10 未開拓の分野に挑戦すること教科書研究・教科書検定調査
四 「自ら学ぶ」ことは、一生の力、一生の宝
V 「自ら学ぶ」は、不易の課題
一 経験主義の単元学習
二 主体的学習
三 発見学習
四 「課題解決学習」
五 「自己教育力」
W 学校での「自ら学ぶ」の問題点
一 学校での「自ら学ぶ」子とは求める子ども像から
二 今の子どもと「自ら学ぶ」子ども研究から
三 学校教育と「自ら学ぶ」教師と授業の方法論から
1 「自ら学ぶ」ことのすばらしさを実感・認識している教師が少ないのではないか
2 教師は「説明型」の指導から離れられないのではないか
3 「自ら学ぶ」ことを安易に「主体的」などという言葉に置き換えてしまっていないか
4 学校教育が持つ「集団管理主義」「同一主義」が「自ら学ぶ」を阻害していないか
5 「活動の仕方」とか「課題解決の仕方」が指導されていないのではないか
6 「自ら学ぶ」ことと、基礎・基本との関わりを明確にしてこなかったのではないか
7 「自ら学ぶ」子の育成を、学校教育全体の視野から考えてこなかったのではないか
8 「自ら学ぶ」子は、簡単には育たないのではないか
X 「自ら学ぶ」授業実践への提案
一 「学校づくり」の視点から ─「学校づくり」で「自ら学ぶ」学習を作る
1 教員の意識改革
2 「新しい学校づくり」のポイント
3 「新しい学校づくり」の方法
二 「学級づくり」の視点から ─「学級づくり」で「自ら学ぶ」学習を作る
1 使える「学級目標」と「学級ロゴ」を作り上げさせること
2 要求を実現する筋道を教えること
3 「学級文化」をつくること
4 各係の仕事を確実に行わせること
5 「素早い動き」の練習を常に行うこと
三 「総合的な学習づくり」の視点から ─「総合的な学習づくり」で「自ら学ぶ」学習を作る
四 「国語科授業づくり」の視点から ─「国語科授業づくり」で「自ら学ぶ」学習を作る
1 国語科の仕事を再確認することばの力を磨く
2 「感じとらせる」ことを重視する読み聞かせのシャワー
3 授業の方向を「自ら学ぶ」にシフトする ─課題学習と「立ち入り禁止ゾーン」
4 授業を「『練習の場』と『実の場』」で構成すること
5 「年間計画」を立て、活用すること
6 生涯にわたる読書生活のために
五 「自ら学ぶ」子と学習類型
1 「自ら学ぶ」子を明確にすること
2 学習を類型化し、学習のねらいを明確にする
3 小・中・高での「学習類型A・B・C」
Y 「自ら学ぶ」教師と研修

まえがき

 周知のように、平成十年十二月、新しい『学習指導要領』が告示され、大げさに言えば学校現場に衝撃が走った。

 特に「総合的な学習の時間」については、学校裁量ということもあり、また「移行期」として指導の前倒しが行えることもあって、研究会・研修会は「総合的な学習」でもちきりとなった。私も随分と講演の依頼を受けた。

 多くの場合がそうだが、まず国立大の附属小学校や文部省の「研究開発学校」の指定を受けた小学校が取り組み始めた。これらの学校では今まで余り見られなかった大胆な実践を次々と公開した。その研究紀要(出版物)も映像をふんだんに取り入れ、参会者の目を奪うようなものだった。どの会場も満員(あるいは超満員)の盛況で、「ソーゴー・ソーゴー」の声が満ち溢れた。

 小学校のピークは平成十一年度であったと思う。十二年度はもう各学校とも実践に入っており研究会のテーマも「教科(特に国語科)との関連」や「学校づくり」が取り上げられるようになってきている。もう「総合的な学習」は分かった、といったかのような感じの退潮ぶりである。陰では、「そのうち(間もなく)『総合的な学習』は取りやめになる」とか「やっぱり学校は教科中心でなくては。『総合的な学習』の時間はやがて教科の補いの時間になるさ」とかいった声もあると聞く。結局、「総合的な学習」研究・実践がブームで終わってしまいそうなのである。「ああ、またか」と考え込んでしまう。文部省の推進役の方々の叱咤激励を、頭を低くしてしばらく耐えていれば、また次のものに変わっていくのが常なのさ、子どもたちにとってはたいして変わりはないのさ、といったしたたかさをも感じるのだ。「現場は変わらない」という思いは今も変わっていない。

 しかし、私は今回が「改革の最後のチャンス」ではないかと思っている。このまま推移すれば学校教育そのものが危うくなる。存続そのものにかかわる事態が起こり得るよう思えてならないが、そういう防衛的な考え方ではなく、二十一世紀に生き抜いていかなければならない子どもたちに一生の宝として私たちが贈るものは何かを永い間考え続けてきた。

 いろいろな角度から、さまざまな観点から考えて、それは「自ら学ぶ」子を育てることである。「自ら学ぶ」子を育てるには小・中学校では難しい。高等学校までを視野に入れてはじめて考え得るような困難な仕事だ。国語科だけで頑張っても難しい。学校づくりがポイントだと思っている。

 このような思いを、この大切な時期に、一冊にまとめることができることはたいそう嬉しいことである。関わった多くの先生方のお顔を思い浮かべたり、研究会での思い出を噛みしめたりで、書いていくうちにあれもこれも、となってしまった。私の力不足を思い知らされる毎日であったが、そのようなわけで約束の日時を大幅に超えてしまった。それにもかかわらず、辛抱強く励ましてくださった明治図書の江部満氏に心からお礼を申し上げたい。


  二〇〇〇年十二月八日   /安藤 修平

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      明治図書

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