- はじめに
- 作戦0 そもそも…クラスは揃わなくなってきた
- 第1章 揃わない学級があたりまえになってきた
- 1 支援の必要な子どもの気持ちを聞く
- 2 10年目の答え合わせ
- 3 愛着の問題を抱えた教師がどう子どもに対応するか
- 4 生きづらさを感じている教師たち
- 5 愛情だけを頼りにしていた私の思い上がり
- 第2章 「あったかクラス大作戦」で心理的安全性を高める
- 作戦1 静かな教室をつくる「サイレントモード」
- 作戦2 叱り方の3段階「森レベル・林レベル・木レベル」
- 作戦3 叱るより笑える「タイムアウト」
- 作戦4 ほめない・叱らない、でも効く「非言語コミュニケーション」
- 作戦5 静かな教室をつくる「教室の音を減らす」
- 作戦6 クラスから撲滅「いがいが言葉」
- 作戦7 ほめ方のコツ「先に指示を出す」
- 作戦8 磨きたい教師力「心をつかむしゃべり方」
- 作戦9 好意に満ちた語りかけで「心理的安全性を高める」
- 作戦10 学級づくりの3フェーズ「秩序フェーズ」「育成フェーズ」「成長フェーズ」
- 作戦11 育成フェーズの取り組み「ピカビー」「ピカピカカード」
- 作戦12 いじめからクラスを守る「いじめのスモールステップ」
- 作戦13 興奮を抑制する「刺激を減らす」
- 作戦14 認知のゆがみを減らす「リフレーミング」
- 作戦15 クラスの多数派をファンにする「楽しそうな振る舞い」
- 作戦16 こちらの落ち着きに巻き込む「語りかけ」
- 作戦17 深みを避ける「違うステージに乗せる」
- 作戦18 気持ちは言葉から…「プラス言葉」「マイナス言葉」
- 作戦19 良いところ見つけ「友だち自慢」「キラキラじゃんけん」「思い出ギャラリー」
- 作戦20 保護者から信頼を得る「学級通信」「連絡帳」
- 第3章 愛着障害や発達障害のある子のメンターになる
- 1 毅然とした振る舞いで「主導権を握る」
- 2 信頼と尊敬を勝ち取る
- 3 愛着障害の複数の子どものキーパーソンになる
- 4 おろおろせず、咄嗟の時に上手く切り返す
- 参考文献
はじめに
作戦0 そもそも…クラスは揃わなくなってきた
揃わないクラス
いつの頃からか、クラスは揃わないことが前提になってきました。愛着や発達の問題を抱えた子ども、ギフテッド、LGBTQ、多国籍の子どもなど多様な子どもが在籍するようになったからです。それらの子どもたちは、大なり小なり支援を必要としています。筆者は、十数年前から多様化の波を感じてきました。そして、多様な子どもが在籍しているのをデフォルトとして、学級づくりを行う必要性を拙著で述べてきました(高山他2009・松久2012)。
筆者が新任だった頃は、全員が同じ学習をする、全員が同じ行動をすることがあたりまえとされてきました。だからこそ、40人の子どもを一人で動かすことが可能だったのです。全員の価値観が同じで、保護者の目指す方向も同じだったからこそ、集団指導が成り立ってきました。しかし、前述したように、様々な個性や特性を抱えた多様な子どもたちが増え、個別指導が必要になってきました。教師が「右を向きましょう」と言って、右を向く子どもは数えるほどになってきました。「個別最適化」という言葉が示すとおりです。個別最適化については、多数の著書が出版されているので、詳細はそちらに譲ります。
しかし、「多様性を包含する学級づくり」を実現するためには、前提として教科担任制や少人数学級、複数担任配置などの制度的な対応が必要となってきます。小学校における教科担任制を定数だけで実施しようとすると時間割りの変更が容易ではなく、中学校のように副担任が必要とされます。しかし、深刻な教師不足で定数配置もままならない中、マンパワーの確保は不可能な状況にあります。長期的な見通しとして、少人数学級や複数担任配置を要求し続けることは最重要課題です。しかし、現実的な問題として定数の講師すらこない現場に、マンパワーの充足は望めません。目の前には、今支援の必要な子どもがいて、手をこまねいて見ているわけにはいきません。これらを鑑みて、人的条件も環境も不十分な教育環境の中で、今できることは何か、とずっと考え続けてきました。
教室には、多様な子どもが混在していますが、その診断を待っていては支援が遅れてしまいます。保護者が診断を望まなかったり、病院に行ったものの診断されなかったりする子どももいます。そう考えると、通常の学級では、愛着障害や発達障害などのすべての子どもたちに共通する「最大公約数的な取り組み」を実施することが必要になってきます。
愛着の問題を抱えた子どもへの対応で一番大切なことは、教師の心の余裕です。そのため、なるべく効率よく小さな労力で、大きな効果のある取り組みからはじめることをコンセプトにしてきました。いくら良い取り組みであっても、忙しい教師にまず「やってみようか」と思ってもらえなければ意味がないと考えてきました。
多様性を前提とした学級経営
では、多様性を前提としながら、すべての子どもたちに共通する「最大公約数的な取り組み」とはどのようなことでしょうか。ここでは学級集団の中でできることを提言したいと思います。
@子どもを興奮させない
筆者が新任だった頃は、活気のある授業がしたかったものです。「アサガオの種をまきに行こうか」と言うと、すぐさま「種をまきに行きたい」「どんな色かな」「お兄ちゃんも育ててた」など、反応が返ってくることがしばしばでしたし、それを良しとしていました。しかし、ここに落とし穴があります。活気のある授業とたださわがしいがやがやは違うのです。活気を与えようとして興奮させてしまうと問題が起きます。子どもを興奮させると、ますますおしゃべりが増え、もともと集中が苦手なADHD(注意欠如・多動症)はさらに集中できなくなります。ASD(自閉スペクトラム症)は騒然とした教室が苦手なので、保健室に逃げ込んだり、不登校状態になったりします。そして重大ないじめ事件は、このような興奮した集団の中で起こることが少なくありません。いわゆる「悪ノリ」の中で起きるのです(内藤2009)。興奮を下げるために、クールダウンのための「静寂の時間」(高山他2009)を要所要所に投入して興奮がエスカレートしないように配慮する必要があります。また、非言語(ノンバーバルコミュニケーション)やジェスチャーやアイコンタクトなどを用いることによって、教室の騒がしさを軽減させることもできます。
A対人関係の広さを良しとしない
新任の頃は、休み時間に全員で遊ぶ「みんな遊び」を頻繁に取り入れていました。子どもたちも楽しそうでした。しかし、友だちと過ごすことが楽しい子どももいれば、一人で静かに過ごしたい子どももいます。教師自身が「友だちの多い子どもは素晴らしい」「子どもの対人関係を広げたい」という考えを改めるべきであると考えるようになりました。休み時間は多様な子どもたちが、それぞれのスタイルで過ごす時間です。一人で読書したり、自由帳にマンガを書いたりすることで、充電している子どももいます。教師の都合で休み時間を1分でも奪ってはいけませんし、「みんな遊び」を強要してもいけません。支援の必要な子どもにとって、集団行動が過剰適応を招くこともあり得るからです。
B刺激を減らした教室環境
「刺激の多い学校などの集団場面では、不注意、多動、衝動性などの症状がより激しく現れやすい」と鳥居(2009)は述べています。選択的注意力が弱く刺激に反応して興奮しやすい傾向のある子どもや、聴覚的刺激をはじめとする様々な刺激が苦手な子どももいます。多くはASDなどの発達障害やHSC(敏感な子ども)の子どもたちです。愛着に問題のある子どもも、刺激があると集中力が削がれ、注意の転動を引き起こします。
そのため、雑音や私語、ドアの開閉など、なるべく不要な聴覚的刺激を減らすことを念頭に置くことが必要となります。教師の言葉を簡潔にし、聞き取りやすい指示を心がけることも刺激を減らすことにつながります。
注意が逸れやすいので、学習に関係のない文房具やプリントなど、机上に刺激になるものを置かないなどのルールの確認を新学期に徹底しておくことも重要です。
C毅然とした態度と好意に満ちた語りかけ
筆者はフレンドリーな教師で、子どもとの距離を縮めて仲良くなるのは得意でした。しかし、子どもたちに寄り添いすぎたのか、乗り越えられ、学級は秩序をなくしてしまいました。だからといって、反対に力で押さえようとして怒鳴る教師は、ASDの子どもにとっては苦手なタイプですし、愛着の問題を抱えた子どもは怒鳴る教師に反発します。寄り添いすぎるのではなく、また力で押さえるのでもない教師像とは、どのような姿なのでしょうか。
米澤先生の言う「主導権を握る」教師(米澤2022)は、筆者が目指す「毅然とした教師」とオーバーラップします。具体的には「全体指導はルールに従って厳しく、個別には好意に満ちた語りかけ」という教師像です(松久2012)。全体指導の場で、ルールがぶれたり、例外を認めると、学級は確実に崩壊への道をたどります。厳しそうに見えてたのに、個別にうっとりするほどあたたかい言葉をかける教師に、子どもたちは信頼を寄せるのです。
教師が悪意に満ちた語りかけをしているとギスギスした冷たい人間関係が定着してきます。反対に好意に満ちていると、子ども同士にも好意が満ちてあたたかく安心できるクラスが構築されるのです。また、言葉の一部分だけが切り取られて一人歩きするため、保護者から疑問を投げかけられたり、思わぬ人からの信頼をなくしてしまったりします。教師が口にする言葉は、常に好意に満ちた言葉であることを心に決めています(松久2009)。
愛着に問題のある子どもに対応する時に常に心がけているのは「彼らを傷つける人間と対極にある大人のモデルを見せる」「彼らにとって居心地の悪い環境と、対極の環境を提供する」の二つです。具体的には「怒鳴らずこちらの落ち着きに巻き込む」「叱る基準がぶれない」「教師集団が信頼し合う」「秩序のある学級」「静寂の時間」「刺激を減らす」「同じ土俵に立たない」(高山他2009・米澤他2022)などです。これが、多様性を前提とした学級経営の土台となります。通常の学級ではこれらの「最大公約数的な取り組み」を念頭におきながら、本書を参考にして学級づくりをしていただきたいと願っています。
※「愛着障害」と診断される子どもは極めて少ないため、本来は「愛情の問題を抱えている」という表現が正しい。本書では、端的に「愛着障害」と表記している。
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明治図書- 愛着障害や発達障害を包括した学級づくりのイメージがわく一冊です。2025/8/2630代・小学校教員















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