- 『授業で鍛える』復刻版に寄せて
- まえがき
- 1章 子どもは授業で鍛えよう
- 1 「授業」は学校教育の中核
- 2 「授業」はトータルな人間形成の場
- 3 「授業」で鍛えられることほどおもしろいものはない
- 2章 子どもに喜ばれる鍛え方・六か条
- 1 「不満の自覚」から出発
- 2 「希望と目あて」を持たせる
- 3 「努力の筋道」を教える
- 4 「努力の結果」を見せる
- 5 「向上的変容」を自覚させる
- 6 「鍛えて伸びるすばらしさ」を自覚させる
- 3章 学習意欲を高める鍛え方
- 1 子どもをほめる
- 2 伸びを自覚させ、成長を共に喜ぶ
- 3 できないときこそ「しめた」と考える
- 4 できない、という劣等感をとり払う
- 5 授業をおもしろくする
- 6 授業を個別化する
- 4章 発表技術を高める鍛え方
- 1 発言してよかった、と思わせる
- 2 正解よりも変容をほめる
- 3 多様な答を引き出す問いを出す
- 4 短く、ずばりと言わせる
- 5 挙手だけに頼らない指名をする
- 6 多様な発言サインをキャッチする
- 7 まず、ノートに書かせる
- 8 言うべきときに、言うべきことを言わせる
- 9 無意味な発言推進策は用いない
- 5章 聞き方の技術を高める鍛え方
- 1 分析的・批判的に聞かせる
- 2 「なぜか」に強くする
- 3 聞きながら指を折らせる
- 4 要するに……、とまとめながら聞かせる
- 5 〇△×をつけながら聞かせる
- 6 手を挙げない子に目を注ぐ
- 7 陰の部分に注目する
- 8 ノートをとりながら聞かせる
- 9 勝手に喋らせない
- 6章 音読技術を高める鍛え方
- 1 読み方の手本を示す
- 2 手本は、短く区切って示す
- 3 「追い読み」は正しく徹底させる
- 4 段落ごとに輪番で読ませる
- 5 読めない子は教卓の周りに集める
- 6 伸びの成果は公表して大いにほめる
- 7 低学年のうちに音読をマスターさせる
- 7章 読解力を高める鍛え方
- 1 時間数を三割減らす
- 2 むずかしい問いを出す
- 3 自分の解をまずノートさせる
- 4 書いてあることをもとにして、書いてないことまで考えさせる
- 5 答を限定し、正誤を明らかにする
- 6 パーフェクトな指摘をさせる
- 7 微妙な差異を問題にする
- 8 鑑賞指導でも「なぜか」と問う
- 9 状況の中で読みとらせる
- 8章 文字力を高める鍛え方
- 1 テストの氏名は漢字で書かせる
- 2 読み書き分離の指導方針をとる
- 3 板書はなるべく漢字を使う
- 4 新出漢字は子どもに指導させる
- 5 漢字テストの採点も子どもにさせる
- 6 問題を教えてテストをする
- 9章 文章表現力を高める鍛え方
- 1 歩くように、呼吸をするように
- 2 専用原稿用紙を作る
- 3 評価は簡潔、端的にする
- 4 作品は学級で保存する
- 5 必ず文集を発行する
- あとがき
『授業で鍛える』復刻版に寄せて
本書を読まれる先生への手紙
先生、本書を手にして下さって有難うございます。夥しい教育書の中から、私の『授業で鍛える』という一冊を手にして下さった出会いの不思議さを思わずにはいられません。「人は偶然によって出会う。それが偶然で終わるか、必然に発展していくか、そこが運命の岐路である」―とは、全くその通りだと思います。先生と私との本書による出会いが、これからのお互いの人生に何を生み出すことになるのでしょうか。楽しみです。
この本は、ざっと三十年もの昔に書いたものです。私が二十年間の千葉大学附属小学校教員生活に区切りをつけて、地元の小学校の教頭になったばかりの頃でした。東京の向山洋一先生が提唱されて全国に瞬く間に広がった「教育技術の法則化運動」が、いよいよその勢いを増し、盛り上がりを見せ始め、その波が明治図書出版の「教育新書」のシリーズを生み出しました。教育新書に並んだ本は、どれもこれも非常によく読まれました。向山先生の『授業の腕をあげる法則』という一冊は、実に百刷超という、日本の教育書に空前絶後の販売実績を上げました。法則化運動に関わった先生方は実によく本を読み、それらを教室の実践に生かしました。日本中の教室が活気づいたと言っても過言ではありません。
この『授業で鍛える』も、それらの新書の一冊です。新書としては私のデビュー作ですが、この本も実に広く読まれ、この本によって私との出会いが生まれ、今に続いているという先生方がたくさんおられます。いつの間にか私は、全二十巻と全十五巻という二つの著作集を筆頭に、ざっと百冊の本を出版していただきましたが、それらの中で断トツの広がりを見せたのが本書です。この本のヒットによって、以後の私の本にはほとんど「鍛える」というキーワードが付くことになり、「鍛える」は私のトレード・マークのようにさえなりました。本書とともに復刻される『学級づくりで鍛える』もその一冊です。
本書の刊行の趣旨は、原著のまえがきに詳しいので、そちらをお読み下さい。重複を避ける意味でも、復刻版のまえがきは、傘寿を迎えた今の私の想いを先生に伝える「手紙」という形に託すことに致します。原著には書いていない、現在の私の心境を率直に書き綴り、先生との対話を楽しみたいと思います。
いろいろな場で、私はよく次のように投げかけてみます。「『日本の教育はすばらしい。このまま進めば安心だ』と思う方はノートに○を書いて下さい。『冗談じゃない。このままではいけない。先行きが心配だ』と思う方はノートに×をつけて下さい」―この結果はどうなると思いますか。実に、ほぼ全員が×をつけるのです。○を書く人もいますが、それは例外と言ってもよいほど僅かです。大方の人は、日本の教育の現在の在り方に疑問と不安を抱いている、と言ってよいでしょう。実は、私もその一人です。
では、次の問いに進みましょう。「ということは、現在の先生方は、努力不足だと思いますか。まだまだ実践が生ぬるい、と思いますか」と問うてみます。同様に「教育行政はどうですか。努力不足、実践不足だと思いますか」と問うてみます。重ねて「子どもはどうですか。子どもは努力不足、実行不足だと思いますか」と問うてみます。さらに「親はどうですか。家庭はどうですか」とも問うてみます。―その結果は、どの問いにもほとんど×がつきます。実は私も同感です。
現在の日本の教育状況は、先生方も、教育行政も、親も、子も、みんなみんな忙しく、それぞれ誠実に、できる限り精いっぱいの努力と実践に明け暮れています。もしこれ以上「もっとやれ」「もっと頑張れ」と責め立てられたらどうなるでしょう。私は答えます。「もしそうなったら、体を壊すか、頭を壊すか、家庭を壊すか、しかないでしょう」―と。そうです。それぞれの努力や頑張りは、もう限界に近いのです。
―となると、いったい私たちは何をしたらよいのでしょうか。何によって現在の教育の混乱、昏迷を打開、救済したらよいのでしょうか。その方途はないのでしょうか。
あります! もしなかったら、もう日本の未来、教育の未来はありません。そんなことはないし、あってはならないのです。昏迷を打開する鍵、それは「根本、本質、原点」に立ち返ることです。「根本は何か」「本質は何か」「原点は何か」と常に問うことを忘れないことです。根本がわかれば枝葉に囚われません。本質がわかれば現象に惑わされることがありません。原点がわかれば道に迷うことはありません。現代の日本の教育の昏迷の原因は、枝葉や現象に目を奪われ、それに合わせて親も子も教師もめまぐるしく、忙しく、振り回されていることにあります。だから、原点に立ち返り、出直せばよいのです。
「授業の本質は何か」と問うと、その答えは十人十色です。授業のプロがこの有様です。「十人十色」というのは、要するにそれぞれが勝手に解釈しているということです。本質がわからないまま授業をしているということです。「教育の目的」を問うても、答えは十人十色です。教育の目的がわからないのに教育に忙しい、とは不思議です。
教育の目的は、教育基本法第一条に明記されています。ここに立ち返れば、霧が霽れるでしょう。授業の本質は「学力形成」です。学力形成の保障こそが、授業の本質なのです。目的や本質がわかれば、些事に翻弄されません。実践者は、実践の哲学を持つべきです。哲学のある実践によって、教育は実を結びます。本書が究極的に主張したいのは、その一点なのです。
本書復刻に当たり、明治図書出版の矢口郁雄様には格別のご教示をいただきました。特に記し、御礼を申し上げます。
平成二十七年五月二十日 薫風の茅屋にて /野口芳宏記す
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