- はじめに
- 第1章 保護者の願いを受け止める極意 転ばぬ先のライフキャリア教育
- 極意1 卒業をゴールでなくスタートと思え
- 〜生きる力が左右する職場定着〜
- 極意2 卒業後の生活づくりも進路支援のうち
- 事例1 非正規で夢を叶えたAさん
- 極意3 職業人である前に社会人であれ
- 事例2 社員旅行で社長に背中を洗わせたBさん
- 極意4 本人のつぶやきを聞き逃すことなかれ
- 事例3 大学に行きたいと言ったCさん
- 極意5 夢や願いの落としどころを用意すべし
- 事例4 Dさんと一緒に働いてみた母親
- 第2章 保護者の不安に上手に応えるコツ 明日役立つライフキャリア教育
- コツ1 「近未来志向」のすすめ
- 〜1分1秒後だって将来〜
- コツ2 「お守り手帳」のすすめ
- 〜使いたいときだけ見せりゃいい〜
- コツ3 「合理的手抜き」のすすめ
- 〜いつまでも手や口を出していませんか〜
- コツ4 「SOS発信」のすすめ
- 〜できないことは誰かに頼もう〜
- コツ5 「支援付き努力」のすすめ
- 〜努力と配慮は車の両輪〜
- 第3章 保護者に伝えたい!実は大切な課題 小1から始めるライフキャリア教育
- 課題1 運搬ができるということ
- 〜お手伝いから家事分担そして仕事に〜
- 課題2 身支度ができるということ
- 〜帽子をかぶっていられるのは生きる力〜
- 課題3 手作業ができるということ
- 〜トランプと輪ゴムを使って「はたらく力」に〜
- 課題4 我慢ができるということ
- 〜世の中は思い通りにならないことだらけ〜
- 課題5 家事ができるということ
- 〜進路先はものづくりからサービス業へ〜
- 資料 合理的配慮等具体例データ集
- おわりに
- 参考文献
はじめに
キャリア教育が特別支援学校で意識化されて以来ずっと「就職率の向上」ばかりが叫ばれてきましたが,この頃になってようやく就職率より「定着率」に目が向き出しました。
そもそも「就職率」というのは,本人が不服でも卒業前にどこかの企業の内定を取り,5月10日に退社してもカウントされます。反対に,卒業までに内定が取れず,就労移行支援事業所等に籍を置きながら実習を続けて5月10日に晴れて企業に採用が決まった生徒の場合はカウントされません。なぜなら,学校が都道府県や文部科学省に報告する統計調査では5月1日現在の進路先をカウントするからです。この矛盾が,学校が卒業までに,不本意とわかっていても1人でも多く就職させて,学校としての進路実績(学校評価)を確保しようとする本人不在の「強引な進路指導」を生んでいるのです。
でも考えてみてください。一般の高等学校でいう「進学率」は,現役の生徒だけではなく,卒業後に予備校に進んだ浪人生の進学先も加算して,その高等学校の進学率として公表しているはずです。それがその高等学校の進路実績(学校評価)として,高校受験の際の判断材料にされているのではないでしょうか。学校基本調査でも「大学・短大進学率(過年度卒を含む)」として統計をとっています。
そうであれば,特別支援学校高等部就職率も,卒業時点だけではなく,卒業後,就労移行支援事業所や就労継続支援事業所等を経由して就職した生徒も,当然カウントされてもいいはずです。そうすれば学校としても,何も卒業までに躍起になって,ミスマッチを承知のうえで,無理やり企業に押し込むようなことをしなくても済むのではないかと思います。そうすればその後の「定着率」だってずっと向上するはずです。
障害児教育が特別支援教育となってから,「特別の教育ニーズ」に応えるべく「個別の教育支援計画」など,個に応じた長期的視野に立った指導が保障されるようになってきました。しかし発達や成長の過程や速度はみな違っているのに,なぜみな一斉に卒業をさせられ,一斉に社会に放り出されないといけないのでしょうか。これも矛盾しています。単位制の高等学校では必要な単位が取れたら卒業としているように,特別支援学校も,社会に出られる態勢や状況が整ったら社会に出る(卒業する)という柔軟な教育システムになってはじめて,「特別の教育ニーズ」に真に応えたことになるのではないのでしょうか。
しかし今,どうこう言っても,厳しい現実が立ちはだかっています。保護者の「願い」「思い」「ニーズ」も年々多様化し,複雑になる一方で,教育現場は,膠着したシステムとの板挟みになっているのが現状です。教師から「ゆとり」がなくなり「焦り」だけが錯綜し,ますます疲弊していくことになります。その結果として,最大の被害をこうむるのは児童生徒本人であることはいうまでもありません。
ここ数年,私はライフキャリア教育について全国各地の特別支援学校や総合教育センターで講演する機会を得ました。事後に寄せられた感想を拝見すると,「保護者にも聞かせたい内容だった」「保護者にライフキャリア教育の重要性をわかってもらったうえで学校として取り組んでいきたい」といったものが増えてきました。事実,先生方にお話しした後で,PTA主催の勉強会に招かれたり,手をつなぐ育成会,発達障害児・者の親の会といった障害のある子どもたちの保護者団体から講演依頼も来るようになりました。
ライフキャリア教育という観点からすると,学校だけで頑張って取り組んでも意味がありません。「生活」「生きる」というほとんどは家庭や地域で営まれるものだからです。学校はきっかけを与えるに過ぎないのです。後は家庭と協力して日々繰り返して定着を図っていくのが最も効果的です。
というわけで,ライフキャリア教育シリーズの第4弾は,「保護者とどう連携してライフキャリア教育を進めていくか」いうことをテーマにしました。内容は大きく分けて3つにしました。
1つ目は,現実的には厳しくても,就労を希望する保護者や本人の思いをどう受け止めるかということを,事例を交えて解説し,在学中のライフキャリア教育の必要性に言及しました。
2つ目は,重度重複や発達障害などのために,社会に出ることや将来に不安を抱える保護者に対し,小学部からしておくライフキャリア教育がいかに有効であるかということを述べました。
3つ目は,卒業までに実際に家庭では何をしたらいいのか,学校と家庭との連携や役割分担をどうするかなど,具体的なライフキャリア教育の学習課題や伝えるノウハウを解説しました。
「適齢期」という言葉や,「鉄は熱いうちに打て」ということわざがあります。本人の発達の芽(コンピテンシー)を見つけ育てることは,ライフキャリア教育では特に大切です。そして,学校でできたら家庭で,家庭でできたら学校でという連携が,学習の汎化につながります。同じようなことが違う場所・場面でできたり,違う人の指示でもできるということが,自立と社会参加の第一歩です。さあ,今日から保護者とガッチリとスクラムを組んでライフキャリア教育をより確かなものにしていきましょう。
/渡邉 昭宏
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