- はじめに
- 序章 学びの多様化学校とインクルーシブデザイン
- 01 「不登校」からはじまった「学びの多様化」という変化
- 02 インクルーシブデザインで多様性をとらえ直す
- 03 「問い」と「居場所」が生まれる新しい学校像
- 04 なぜ今「学びの多様化」なのか
- 05 未来の学校システムへ ─本書のねらいと全体構成
- 第1章 「学校らしくない学校」がデザインされるまで
- 01 「できない」からはじめる ─インクルーシブデザインが変える学校観
- 02 理想の学校を対話で描く ─「子どもが学校に合わせる」を疑う
- 03 従来から備わる学校機能の再発明 ─職員室と通知表をとらえ直す
- 第1章の実践から見えてきた「学校らしさ」を疑うという出発点
- 第2章 草潤中学校から考えるこれからの学校の環境整備
- 01 学校という空間を「柔らかく」する ─建築・設備に込められた思想
- 02 人と人との関係性をデザインする ─時間割・ルール・行事の再構築
- 第2章の実践から見えてきた「環境」が学びの自由度をつくるということ
- 第3章 学びの多様化を「外」へひらく
- 01 実践知を言語化し、整理する
- 02 対話が続く仕組みをつくる ─ともに考える学校文化へ
- 03 多様性を「受け入れる」から「活かし合う」へ
- 04 「この学校だから」を「どの学校でも」に
- 05 テクノロジーがつなぐ個と集団 ─学びの共存モデルを描く
- 第3章の解説から見えてきた「実践知の共有」の実現に向けて
- 第4章 学びの多様化学校から、学校のこれからを問い直す
- 01 インクルーシブデザインが示す、これからの学びの多様化方略
- 02 多様な学びから包摂的な対応へ
- 03 学校のこれからを問い直す
- おわりに
- 参考文献一覧
はじめに
「ありのままの君を受け入れる」学校づくり
/塩瀬 隆之
今学校は、静かに、しかし確実に大きな転換点に向かっています。不登校の増加、未曽有の少子化、教師不足、そして生成AIが突きつける教育の再定義──次々に押し寄せる課題に、教育現場は疲弊しています。それでも、「教育」や「学習」の重要性そのものを疑う人はいません。一方で、これまで通りの学校という枠組みが、この先もそのままの形で通用するのかどうか、その確信がもてずにいることも事実です。
本書では、不登校特例校づくりを通じて実践された「学びの多様化」こそが、学校本来の機能と役割を取り戻す理想の絵姿の一つだと考えています。大切なことは、子どもたちの学びを守ること、そのために必要な「学びの多様化」を実現する技術が出そろい、社会も前向きに受け止める準備が整ってきました。決して「学校に行かない」という理由だけで、子どもたちをその大切な学びから遠ざけてはいけないことが合意されています。
インクルーシブ(包摂)なデザインとは
本書で取りあげる「インクルーシブデザイン」とは、教育分野で語られる「インクルーシブ教育」とは少し異なる概念です。インクルーシブ(包摂する)という意味は共通していますが、社会科で習うバリアフリーデザインやユニバーサルデザインに近い、デザイン分野における専門用語のことです。特定の少数者が抱える課題に丁寧に向き合うことから、より普遍的な課題解決につなげるデザイン手法を指します。元の仕組みの中に小さなニーズを許容するという考え方ではなく、それをきっかけに抜本的な仕組みそのものの変化をも厭わないデザイン手法です。
本書では、不登校児童生徒が抱える学びの課題に向き合う「学びの多様化学校づくり」をインクルーシブデザインの観点でとらえます。「学校に行かない」という選択に正面から向き合った学びの場を考えることが、それだけにとどまらずあらゆる児童生徒にとっても学びを楽しみ、深める環境づくり、強いては理想の学び場のデザインにつながることを期待しています。
拙速な要因分析を避け、あくまでも子どもの視点に立つ
不登校の要因調査で「いじめ」や「人間関係」などと並んで、「無気力」や「学力不足」といった項目がアンケートのリストにあがることがあります。しかし、これらは原因というよりもむしろ、結果として表れた状態を指しているにすぎず、因果関係として拙速に決めつけることで問題を見誤ります。子ども自身の気力や学力の問題にすり替えるのでもなく、親の育て方や教師の指導方法を断罪するのでもなく、複雑に絡み合った課題に向き合うには、学校を取り巻く社会全体の課題として引き受ける必要があります。
不登校特例校づくりに関わる機会をいただく中で、テレビや新聞の取材を受けることがあります。その際にも、「何人が通えるようになったのですか」という質問を受ける機会がよくあります。しかし、それでは児童生徒が元の学校に適応できていないことが問題と指摘されているようです。そこで必ず「学校にとっての再挑戦の場」として記事に紹介してほしいとお話ししています。本来なら、教室も時間割も通信簿も、学校での「教育」に適した形式として発展してきたはずで、児童生徒もその手法に適応してきた子たちがたくさんいたことも事実です。しかし、ボタンの掛け違いのように、これまでの「学校」という空間だけでは学びが継続できない児童生徒がいるとき、これまでの学校が備えていた「教えやすさ」という先生視点の空間を再考してもよいタイミングがきているのです。先生の声が一斉に届きやすい教室と、生徒同士の対話が自然に生まれる教室とが、必ずしも同じ空間とは限りません。先生が教えやすい順序と時間割、生徒が学びたいと考える順序と時間割、この二つが必ずしも同じになるとは限りません。本書で紹介する学校は、「ありのままの君を受け入れる」というテーマで学校づくりに大きな視点転換を持ち込みました。生徒が学校に合わせるのではなく、学校が生徒に合わせるという大転換です。
先生の時間とケアも不可欠
もちろん現在の教員不足や過重労働の是正など、これまで通りの授業や部活動を続けることですらままならない教育現場の現状があります。これに加えて、不登校対応、DX、探究、SDGs、グローバル人材など、次々に新しい概念や政策が持ち込まれ、それでもなんとか「生徒のためになるならば」と教育現場は高いハードルに挑み続けています。先生自身にもケアが必要です。先生自身にも余裕がなければ、生徒を支える余力がそもそも生まれません。ICTの急速な普及や学びの多様化は、本来なら業務を減らし、教育を前進させる大きな力になるはずでした。しかし、急激な変化にはアレルギー反応も起こりやすく、期待と不安が入り混じる中で、アクセルとブレーキを同時に踏むようなギクシャクした関係が続いています。学びの多様化学校での児童生徒が学びに向かうようになった変化などを実績として、なんとか子どもを守る大人の力を結集したいと思っています。
学びの多様化学校づくりにおいて、先生たちが経験的に重要であったと挙げてくださった項目に、行事の見直しや校務の徹底した削減があります。時間的余剰をいかに生み出すか、時間的にも、心理的にも、余裕をもつために、まず減らさなければなりません。そのうえで学びの多様化に資する授業改革、カリキュラム改革が生きてくる。いつも教育現場は無理をして頑張って新しいことをはじめようとしてしまいます。しかしそれでは持続できない。むしろ、「二つやめて、一つはじめる」を合言葉にするくらいの覚悟がいります。
子どもの学びを守ることを絶対に諦めない
不登校に対する取り組みとその解決を、学校だけに押しつけないことが大切です。一つの教室だけ、一つの学校だけで解決しようとするのではなく、校内フリースペースやフリースクールなど、学校内外の力を借り、地域全体に学びの選択肢を重層的に重ねていく。学びを教室や学校にだけ閉じ込めるのではなく、地域全体がどれだけ児童生徒の学びを包摂できるか、もっと信じて委ねていく必要があります。
毎年のように更新される不登校児童生徒の数に、半ば社会が慣れつつあることにもっと危惧の念を抱かなければなりません。失われた30年という言葉も、大人たちの諦めムード、意気消沈した背中から吐露された声です。しかし、平成生まれ、令和生まれの若者や子どもたちからすれば、「大人が勝手に諦めないでほしい」と言いたいはず。
学びの多様化学校は、そんな大人から見ても「こんな学校に通ってみたかった」と言われる学びの場づくりを目指しています。どんな子でも、そこで学びを楽しみ、学び続けることの大切さを腑に落とすことができる学びの場です。いつどこで何を学びたいか、自ら考え、誰とつながり、子どもたちが自ら決めた学びを守ってくれる環境がそこにあるからこそ、自分たちが生まれ育った地域や社会に感謝の気持ちと愛着が湧くのです。
子どもたちの学びをなんとか守りたい、その想いは保護者も先生方も地域の人々も、周囲の誰もが共有するものです。学校をただ批判するよりも建設的な意見を、単なる意見交換よりも、実際に子どもたちの学びを守る実践を。本書で紹介する事例が、皆さんの地域の学校でも実施するお役に立つことができれば望外の喜びです。
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明治図書

















