- はじめに
- Chapter1 生徒の学びを支えるために授業をデザインしよう!
- 生徒の学びを支えるためのユニバーサルデザインとは
- 学校教育におけるユニバーサルデザイン
- 授業のユニバーサルデザイン(授業UD)
- 学びのユニバーサルデザイン(UDL)
- 生徒の学びを支えるための配慮事項は何だろう?
- “配慮”に対する基本的な考え方
- 実態把握のポイント
- Chapter2 ユニバーサルデザインの授業プラン30
- 1年
- 数と式/正の数と負の数01 負の余りって本当にあるの?
- 数と式/素因数分解02 できないことでできること
- 数と式/文字を用いた式03 どうしていつも同じ和になるの?
- 数と式/一次方程式04 答えを求められるようにするためには?
- 図形/基本の作図05 その点ってどこにあるの?
- 図形/図形の移動06 機械を制御しよう
- 図形/空間図形07 辺,角,位置関係に着目しよう
- 関数/比例と反比例08 反比例は比例の反対なの?
- 関数/関数関係09 これは関数関係といってもよいのかな?
- データの活用/データの分布10 ハンドボール投げの記録を分析しよう
- データの活用/不確定な事象の起こりやすさ11 試合に勝つための対策を考えよう
- 2年
- 数と式/文字を用いた式12 どうやって当てているのだろう?
- 数と式/連立方程式13 シュートの本数は何本?
- 図形/平面図形の性質14 三角定規を組み合わせてみると?
- 図形/図形の合同15 プレゼンに強くなろう
- 関数/一次関数16 変化の割合が一定とはどういうこと?
- 関数/一次関数の利用17 どうして面積が大きくなるの?
- データの活用/四分位範囲と箱ひげ図18 ハンドボール投げの記録を比較しよう
- データの活用/いろいろな確率19 くじを引く順番は関係あるのかな?
- 3年
- 数と式/式の計算20 石飛びゲームの最小手数の秘密
- 数と式/平方根21 平方根で表される数の特徴を考えよう
- 数と式/二次方程式22 連続する整数の不思議
- 図形/相似な図形23 身近に見つかる相似の性質
- 図形/中点連結定理24 中点連結定理を用いて図形を考察すると?
- 図形/平行線と線分の比25 三角形の相似条件の証明を考えよう
- 図形/円26 円周角の定理を論証に活用してみよう
- 図形/三平方の定理27 コピー用紙からつくられる四面体の高さは?
- 関数/関数y=ax228 間はスルーしていいの?
- 関数/関数y=ax2の利用29 どうして放物線が出てくるのだろう?
- データの活用/標本調査30 辞書にある見出し語の総数を調べよう
はじめに
学校現場におけるユニバーサルデザインに深くかかわる研究者から聞いた興味深い話があります。その研究者は,小学校3年のある算数の授業を例に「どの子も楽しく,わかる・できる授業」が学校現場で誤解されている様を教訓としてお話されておりました。
その授業では,小数の足し算の仕方を考えていく際に,例えば,「0.5+0.3」のように繰り上がりのない場合のみを扱い,その結果,子どもたちはその授業の中で「小数点の右にある数字同士を足せばよい」というきまりを発見したのだそうです。もちろん,教科書では「0.9+0.5」のように繰り上がる場合も扱われています。ところが,その授業者は,子どもにとって「わかる・できる」授業を心がけようと,そうした内容にしたのでしょう。授業後,参観者の一人が,近くにいた子どもに「0.8+0.3はどうなるの?」とたずねたところ,危惧した通り「0.11」という答えが返ってきたそうです。しかしながら,これは子どもの側の問題ではありません。「わかる・できる」を心がけるあまり,小数の足し算の本質を扱わなかった授業者の問題です。
小数は,整数で扱ってきた「十進位取り記数法」の考えを1より小さい数にも拡張して用いることにその本質があります。十進小数の普及には,1585年に出版されたシモン・ステヴィンの『十分の一法』とその訳本が大きくかかわった一方で,その真の躍進が18世紀末であったそうですから,決して簡単な概念ではありません。そうであるからといって,「わかる・できる」ことを優先して,授業でその本質が扱われないのであれば,本末転倒です。たとえ『十分の一法』は知らなくとも,「十進位取り記数法」は,小学校の算数を貫く本質の一つだからです。
ただし,そうした例をもとに,「わかる・できる」ことを標榜する授業のユニバーサルデザインの問題と考えるのは早計です。なぜなら,授業のユニバーサルデザインでは,その教科で扱われる本質を子どもが学ぶことが前提にあり,それを実現するために「わかる・できる」ことが求められているからです。そのため,授業者にこそ教科で扱われる本質に対する深い理解が求められるのです。そうであるからこそ,専門性をもった教師が授業を行う中学校数学科では,授業のユニバーサルデザインの実現は,算数科以上に可能性にあふれているといえます。
では,なぜUDL(学びのユニバーサルデザイン)なのでしょうか。2012年に文部科学省が「通常の学級に在籍する発達障害の可能性のある特別な教育的支援を必要とする児童生徒に関する調査結果」を公表して以降,「知的発達に遅れはないものの学習面又は行動面で著しい困難を示すとされた児童生徒の割合」が推定値で6.5%に達することが学校現場の研修などで取り上げられてきました。そして,通常学級に多様な子どもがいることや,多様な学び方があるという前提で,「誰にとっても学びやすい」授業づくりが模索されるようになってきました。また,発達障害の可能性のある子どもだけでなく,教室にいる子どもたち一人ひとりにとって,それぞれに「わかり方」があることや,先生にとっての「わかりやすい教え方」が必ずしも子どもの納得につながっていないことなどが学習科学の分野では明らかになってきています。つまり,授業者が「どう教えるか」ではなく,生徒が「どのように学ぶか」を考えることこそが重要なのです。そうした「子どもの学び」に志向したUDLについて,私自身が深く知るきっかけとなったのが,「小学校音楽科および算数科授業のユニバーサルデザインに向けた基礎的研究」の一環で,米国CASTのネルソン先生を招聘して行われたワークショップでした。
CASTの研究者たちも,はじめは個々の障害に合わせ,「障害を治す」という発想で研究を行っていたのですが,次第に「悪いのは障害があることではなく,その子たちが学べる環境になっていないこと」と気づくようになったのだそうです。それが「多様な生徒がいるのに,言語であれ数式や記号であれ,1つの教え方で進めることに無理がある」という考えにつながります。つまりUDLは,個々に違いをもった「すべての」子どもたちへ,「学び」にアクセスできる機会と方法を提供する,という意味において「ユニバーサル」なのです。
このように,ユニバーサルデザインの視点は,これまでも通常学級に「いた」であろう多様な子どもの存在を可視化し,さらにUDLの視点は,多様な学び方に対し,授業者の一方的な教え方が,子どもを数学の「学び」から閉め出していたかもしれないことを気づかせてくれます。
本書では,私自身が実践した授業だけでなく,経験豊かで高い専門性をもつ先生方の実践も合わせ,30の多様な事例をもとに,中学校数学科におけるユニバーサルデザインの授業づくりを提案します。そこで,Chapter1では,授業のユニバーサルデザイン(授業UD)や学びのユニバーサルデザイン(UDL),生徒の学びを支えるための配慮事項を概観し,学校教育におけるユニバーサルデザインや生徒の実態把握のポイントなど,一連の内容がわかるようになっています。また,Chapter2では,「箱ひげ図」など,新学習指導要領で扱われる内容も取り上げつつ,個々に違いをもったすべての子どもたちに,その数学の本質をつかませるための数学的活動をどのように実現していくのかを,個々の実践事例をもとに考えていきたいと思います。
2018年6月 /北島 茂樹
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- 明治図書