- はじめに
- 第1章 学校はこうあるべきってだれが決めた?
- 01 小学校があるのはなんのため?
- 02 学校って、だれが創っていいの?
- 03 「学校を創る」ってどういうこと?
- 04 学校の「目標」って、変えちゃいけないの?
- 05 年間計画はだれのもの?
- 06 「正解」を決めているのが大人になってない?
- 07 入試は「子どもを選ぶ」もの?
- 08 学校での「管理職」の役割は?
- 09 「中学で通用するか心配」になるのはどうして?
- Column 01 卒業生の親が語るヒミツキチで出会う未知との遭遇、その結果
- 第2章 教室はこうあるべきってだれが決めた?
- 01 教科は「何を学ぶか」で分けるもの?
- 02 授業時間は45分間がベスト?
- 03 学校に「余白の時間」はある?
- 04 同じ年齢で一緒に学ぶのが当たり前?
- 05 教室のルールや仕組みはほんとに子どものため?
- 06 「探究する」ってどういうこと?
- 07 学校行事はだれのもの?
- 08 子どもが「思い」を表せる場はある?
- 09 教室の中で子どもの感情は大事にされてる?
- 10 一人ひとりの「学びの心地よさ」、保障できてる?
- 第2章のまとめ
- Column 02 卒業生が語る「今につながるヒミツキチで得たこと」
- 第3章 先生はこうあるべきってだれが決めた?
- 01 「教える」「引き出す」関わり方ってそれだけ?
- 02 先生が自分の個性を全面に出すのは良くない?
- 03 失敗しないようにやり遂げるのが大事?
- 04 何事も「計画通り」に進めばいい?
- 05 「放課後に会議」って、いつから決まってた?
- 06 学校のお金って、「使う」もの? それとも「生み出す」もの?
- 07 毎日子どものそばにいないとダメ?
- 08 やる気を「出させる」って、必要?
- 第3章のまとめ
- Column 03 私から見たヒミツキチの先生
- 第4章 子どもはこうあるべきってだれが決めた?
- 01 「困りごと」を解決するのはだれ?
- 02 子どもがルールをつくってはいけないの?
- 03 子どもには「選ぶ」力はないの?
- 04 「違い」があるって悪いこと?
- 05 子どもが「自分で越えたくなる」負荷って?
- 06 通知表で「伝えたいこと」ってなんだろう?
- 07 「落ち着いて過ごす」のはだれのため?
- 08 学級に「リーダー」ってほんとに必要?
- 09 先生がなんでもやってあげるのがいい?
- 10 友達と気を遣い合うのが高学年の宿命なの?
- 第4章のまとめ
- Column 04 自分のどまんなかで生きるって?
- おわりに
- 参考文献一覧
はじめに
/あお
「嫌で辞めることだけは、ないようにしよう」
これは、ボクが公立小学校の退職を考え始めたときに思っていたこと。
その場所を嫌で辞めると、きっと次の場所でも、嫌になったときに投げ出してしまう。だからこそ、ちゃんとやり切ったと思って終わりたい。そう願っていた通りに、公立小学校という場所が大好きなまま、ヒミツキチ森学園(以下ヒミツキチ)を立ち上げた。
この判断は6年が経つ今でも間違いじゃなかったと思う。
公立の学校も、今のヒミツキチも両方好きでいられているからだ。
こんなことを言うと、またグループリーダーのちゃきに笑われるのだが、ヒミツキチでの日々は、ボクの中では、公立小学校で教員をしたときの感覚の延長線上にある。
もちろん、制限がなくなったおかげで、できるようになったこともたくさんある。だけど、教員の感覚はずっとボクの中に残っていて、今もときどき顔をのぞかせる。でも、それは嫌な感覚とか、こうしちゃダメだとかじゃなくて、「あぁ、そうだった、これを大切にしていたんだった」と、大切なものを思い出させてくれる、ボクの中に根づいているものだ。
2020年にヒミツキチ森学園を仲間と開校し、6年間が過ぎようとしている。
開校時6名だった子どもたちは、一人、また一人と増え、ありがたいことに30名近くになった。今年で卒業生も10名を超えて、学園を維持するサイクルの中に入り始めた。
この6年間でいろんなことに挑戦してきた。
所在地「神奈川県」としか書けずに、それでも集まってくれた6組の家族。その家族たちの満足を一番に考え、学園の中のことを創り続けた。
カリキュラムは、開校を目指して集まったプロジェクトチームでつくり、その後もどんどん子どもたちの姿に合わせて形を変えていった。
働き方も、いつもよりよい形に近づける努力を欠かさない理事のおかげで、理想の在り方を模索し続けることができている。
「学校はこうあるべきってだれが決めた?」
これは決して学校批判の本ではない。
ヒミツキチ森学園が6年間挑戦してきたことが、大好きな公立小学校の何らかの役に立つことを願って書いた本だ。そして、大好きなヒミツキチのみんなとのこれまでが軌跡として残るように記した、大切な本だ。
「学校を創る挑戦に踏み切るってすごいですよね?」
「大きな一歩ってどんな気持ちだったの?」
先生仲間にはよく聞かれること。でも、聞かれるたびに違和感があった、同じ先生を続けている、ただそれだけなのにと。
ときに、
「それは公立の学校ではできない、ヒミツキチだからできるんだ」
「私たちにはたくさんの縛りがあるから難しいんです」
ちょっぴり壁を感じる言葉をいただくこともある。そこにも違和感がある。
ヒミツキチを立ち上げてから、毎年のように全国のオルタナティブスクール、私立や公立の学校に足を運んでいる。そのたびに思うのは、いつもと違う場所に行けば、そこでたくさんの学びを得られるということだ。
「ボクの学園だったら、こんなふうにできるかな?」
「これはやらないけど、形を変えて、こう取り組むのはどうだろう」
訪れるたびに、たくさんの学びを得て、それを少しずつヒミツキチに還元してきた。
「分けるから混ざるへ」はこの本の中でも書いてあるメッセージだ。校種で分けるんじゃなくて、もっとごちゃ混ぜになっていくことが必要なんじゃないか。「ここは自分たちの場所だ、外の意見を受け付けない」という固い姿勢や小さなプライドは捨てて、「未来の子どもたちの幸せを願う身として、もっともっと混ざっていくべきではないだろうか」。お互いの違いから先生が学び合う姿が、きっと子どもたち一人ひとりの違いを大切にすることにつながっていくはずだ。
そんな祈りのような願いを込めて、この本を書き上げた。何より嬉しいのは、ボク一人ではなくて、ヒミツキチ森学園の学園メンバーと書くことができたこと。
ごあいさつが遅れました、ボクはヒミツキチ森学園でスクールリーダー(校長)を務める青山雄太です。みんなからは、あおちゃんと呼ばれているので、そう呼んでやってください。この本の読み方についてお話ししますね。
第1章では、理事の野瀬美千子(みっちゃんと呼んでください)が、「学校はこうあるべきってだれが決めた?」と、学校はだれのためにあるのかということについてエピソード満載でお話ししたいと思います。ヒミツキチ森学園の開校に向かうストーリーも含めて、どんな学校かも知ってもらえると思います。一部をあおが執筆しています。
第2章では、あおが「教室はこうあるべきってだれが決めた?」と、ヒミツキチの教室での学びや暮らしについて、書き連ねています。学級経営や授業観のようなものを書いているので、現役の先生にはぜひこちらの章を中心にお読みいただきたいです。
第3章でもあおが、「先生はこうあるべきってだれが決めた?」と、一風変わったオルタナティブスクールの先生の在り方について書いていきます。働き方や在り方を考えたい方はこの章から読んでみるのもおすすめです。一部をみっちゃんが執筆しています。
第4章では、グループリーダーの谷津一美(ちゃきと呼んでください)が「子どもはこうあるべきってだれが決めた?」と、子ども観について書いています。ヒミツキチに来て3年間、彼女が直面した葛藤や大切にしたいことをたっぷりと書いています。教育の中の子ども像について探究したい方はぜひ読んでみてください。
コラムには、現在通っている子ども、中学校で頑張る卒業生、そして卒業生の親、ヒミツキチを「体験」してくれた人たちが、率直な言葉を綴ってくれました。
この本を読むことで、もしかしたらモヤモヤを抱える方や、相入れない感情を抱く方もきっといると思います。でも、それでいいと思っています。モヤモヤや引っ掛かりがあるときに、不安や怒りを抱くことが大人だってありますよね。ただ、そこで止まらず、自分の当たり前を見つめ直す機会にすることも、きっと先生たちはできるはずです。
多くの教育関係者の方が、当たり前を見つめ直し、自分の場所での新たな挑戦を支える一冊に、この本がなれば嬉しいです。そして、もしよかったら、見学や実習という形で、ヒミツキチ森学園、ボクらの場所に足を運んでください。この本に出てくる子どもたちの姿にきっと出会えるはずです。子どもたちの未来を願う想いはどこにいても同じ。この本が、あなたの新たな一歩になりますように。















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全編問いで始まる構成もとっても素敵で、振り返りや校内で話し合う問いとしても使いたいと思いました!