「本音」でつながる学級づくり 集団づくりの鉄則

「本音」でつながる学級づくり 集団づくりの鉄則

インタビュー掲載中

おさえたい学級経営の“鉄板ネタ”と集団づくりの鉄則

子どもとつながる「学級づくり」と「集団づくり」の鉄則を実例をあげて丁寧に解説。コミュニケーションを高める学期ごとの学級経営“鉄板ネタ”に加え、支援の必要な子・不登校生徒・荒れる子などとの本音での交流の数々を、具体的な事例をあげてリアルな視点で紹介!


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ISBN:
978-4-18-126518-2
ジャンル:
学級経営
刊行:
対象:
中・高
仕様:
A5判 128頁
状態:
在庫あり
出荷:
2019年11月12日
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目次

もくじの詳細表示

はじめに
第1章 行事づくりから本音を語りあえるクラスへ
1 もう一度乗鞍岳へ行こう!
2 行事と集団づくりの鉄則
第2章 障がい者の自立にむけた集団づくり
1 “ひーちゃん”といつもいっしょ
2 障がい生徒の学級への位置付けのための鉄則
第3章 1学期に使える学級経営ネタ
1 〈学級開き〉「入学式の第一声は歌を歌って!」
2 〈他者理解・人間関係づくり〉「同類項」
3 〈自己開示・他者理解〉「まちがいは一つ」
4 〈自己開示・人間関係づくり〉「私ってこんな子」
5 〈仲間づくり〉「仲良し解体」
6 〈傾聴・アサーション〉「ちゃんと人の話を聞こう」
7 〈自己理解・懇談〉「自分を変える第一歩」
8 〈自尊感情・他者理解〉「君はここがステキ!」
第4章 不登校生徒とのかかわり
1 私は元気にやってます! 〜四人の不登校生徒とかかわって〜
2 不登校生徒への対応の鉄則
3 中学校時代不登校だった学生に出会って
第5章 境界性パーソナリティ障害の生徒と
1 “ウニ”から“マリモ”になった洋子
2 30歳になった洋子との話から
3 境界性パーソナリティ障害を持つ生徒とのかかわりの鉄則
第6章 2学期に使える学級経営ネタ
1 〈人間関係づくり〉「切り抜き文」
2 〈仲間づくり〉「ワンワールド」
3 〈仲間づくり〉「君のクラスのまとまり度は?」
4 〈仲間づくり〉「みんなで見つけよう」
5 〈学習習慣〉「試験前のノート回収で 家庭学習の習慣を!」
6 〈イベント・読書〉「古本市」
7 〈情報リテラシー〉「ネット依存からの解放」
8 〈自己理解・夢づくり〉「セルフコーチング」
9 〈自己理解・他者理解〉「職業選択ワークショップ」
10 〈自尊感情・子育て理解〉「模擬保育体験」
第7章 “荒れる生徒”とともに
1 “授業崩壊”と“荒れ”の中で
2 大塚との話から
3 “荒れ”に対する取り組みの鉄則
第8章 クラスに共生の場をつくるために
1 本名のキムで卒業しよう
2 卒業生からのメッセージ(陳太一さん)
3 社会的立場を語るための鉄則
第9章 3学期に使える学級経営ネタ
1 〈人間関係づくり〉「あなたが流した涙は?」
2 〈価値形成・他者理解〉「喪失体験」
3 ワークショップ「いじめ防止」
4 〈子育て・親理解〉「興味ある題材から親学習」 〜「ドラえもん」を使って〜
5 〈自尊感情・保護者理解〉「親からのメッセージ」
6 〈イベント・仲間づくり〉「クラス解散式」
7 〈夢づくり・人生設計〉「五年後の私へ」
第10章 授業は楽しく面白く! 〜“楽しく”“対話”のある授業を〜
1 学級経営に有効な授業づくりの鉄則
おわりに 〜たかが教師,されど教師〜

はじめに

1 弔いの墓まいり

 毎年,桜の咲く3月になると会う生徒(卒業生)がいる。これは,もう10年近く続いている。多くは大阪在住だが,遠くは三重県からやってくる生徒もいる。八尾市の「山本駅」に11時に集合し,乗用車に分乗し,高安山霊園に墓参りに行く。この墓参りは,同じクラスの坂本という生徒が10年前に孤独死で亡くなり,お葬式に行ったときから始まった。彼は,中学時代,世話好きの性格で,自分のことよりも,他人のこと,そしてクラスのことを考え行動する生徒だった。父母を早く亡くし,1人暮らしをしていたが,長年患っていた高血圧のせいで,突然死してしまった。死後すぐに,みんなで弔いの墓参りに行ったが,だれが言い出したか記憶はないが,毎年,幹事を引き継ぎ,すでに10年が経過した。スーパーでビールや食糧を買い込み,墓前で坂本を弔いながら,みんなで今の自分の現状をふくめ,いろんな交流をするステキな取り組みである。

 ここで,三重からやってくるある自動車会社に勤める平野の言葉が忘れられない。「会社からでてくるとき,この弔いの取り組みを職場の仲間に自慢してやってくる。こんな素晴らしい集団にいたことが,僕の誇りです」という言葉だ。卒業してからも,つながっている。こんな集団をつくりたい。


2 もっとまともな授業ができる教師になれ!

 さわやかなエピソードからスタートしたが,私が22歳で新任でスタートしたときは,悲惨な状況だった。学校は荒れ,最初の職員会議では,3年生の担任がなかなか決まらない状況で,長時間かけて職員会議をした記憶が残っている。新任で,私はいきなり3年生に配属された。6月くらいから,私語が蔓延し,授業が不成立になる事態になった。最初は,数名の私語だったが,徐々に広がり,いくら注意しても,生徒から逆に「うるさい」「だまれ」と言われるだけで,まじめに授業を受けようとする生徒も集中できなくなってきた。先輩教師に相談すると,「毅然と注意しなくては!」と言われ,意を決して「おい!いいかげんにしろ!」と注意すると,生徒は,前にでてきて,私の胸ぐらをつかみ「もっと,まともな授業をしろよ!そしたら聞いたるわ!」とすごまれた。毎日,家で深夜まで教材研究はするが,いっこうに改善する気配もなく,ますます自信をなくし,授業でも元気がなくなり,それがいっそう授業崩壊が加速するという悪循環をくりかえした。

 ある日,もっともたいへんな生徒と関係を持とうと,テスト前に「どうや!先生と家で勉強しないか」と持ちかけた。その生徒は嬉しそうに「いいよ」と返事をしてくれ,当時,私が住んでいた京都府のいなか町に彼とともに,深夜まで勉強し,そのまま朝いっしょに学校へ向かった。そのおり,まずいことに,ある駅で,彼の担任の先生に見つかり,学校に着くと校長室に呼ばれ説諭されることになってしまった。そのF先生の言葉は今でも忘れない。「どうして君の授業はうるさいかわかるか!」「私が怖くないからだと思います」「全然わかってないな。君の授業が悪いんだ。もっと楽しくわかる授業をしないと!」という会話だったように思う。

 私は当時は,いわゆる「朗らかな」「明るい」性格でもなく,比較的無口の人間だった。人とのコミュニケーションも苦手で,飲み会などは,憂鬱でしかたがなかった。しかし,私の武器は,学生時代,陸上競技で黙々と走り続ける忍耐力と,読書好きなことであった。これが教材づくりの原点になった。毎日,深夜2時くらいまで教材研究をし,楽しい教材を提示すると,ほんの数分でも,生徒が笑顔で返してくれるのが嬉しかった。

 でも,そんなことくらいで,いったん崩れた授業はなかなか改善はしなかった。結局は不本意なまま,一年をすごし,私の授業スタイルをみつけるまで,それから10年近くを要した。しかし,初任のこの経験は貴重だった。それは,教材研究に私の教師生命をかける決意をさせてくれただけではなく,いわゆる熟練教師といわれる経験年齢を積んだころに,若い先生方の授業崩壊をみるにつけ,“やさしく”見守る姿勢で接する自分になれたことである。


3 壮絶な“荒れ”の体験

 もう一つだけ苦い経験を語りたい。それは教師になって10年近くたったころの壮絶な“荒れ”の体験である。私は,2校目の学校に転勤していた。2年生ごろから,男子10名,女子5名程度が授業エスケープを繰り返し,そのうちに,この集団が,ジュース,お菓子をもってきては,廊下でシートを敷き,一日中,そこで“お菓子パーティー”をするというとんでもない状況になってきた。そういう事態になると,授業に入れても,全員が同じクラスに入りこみ,邪魔をするということになるので,廊下にいる彼らと“しゃべる”か,全員を別室に入れ,授業するしかすべはなかった。学校へ行く朝は,憂鬱をこえ,今日は無事に帰宅できるかと悲壮感の漂う日々だった。学年の先生の2人は,“胃潰瘍!で入院し,私も,集団いじめの場に飛び込み,彼らから,殴られ怪我もし,新聞にも報道された。

 この時期は思い出したくもないエピソードはいっぱいあるが,「長崎修学旅行」だけで勘弁願いたい。以上のような生徒との2泊3日の旅は想像を絶するものであった。往路の新幹線の中では,隣に乗車する中学生に「メンチをきった」と喧嘩を始めた。JRのはからいで鉄の扉を,他校との真ん中に設置していただく等の手立てをとったが,長崎に到着してからも,現地高校生と大乱闘になりかける事態もあった。

 そして,大事件はおこった。佐世保での地引網体験での出来事である。彼らは,バスの分乗の指示にも従わず,一つのバスにすべての生徒が乗車していた。そこで,1人の生徒の対応が気に入らないということで,降車してから,集団リンチの様相を呈していた。地引網体験をしだしたころ,彼らは,その1人の生徒へのリンチを始めた。当然,教師は止めに入ったが,全学年生徒に対してボスであるYがこう言った。「おまえら,教師が入らないように盾をつくれ! やらんとどつくからな!」と。生徒たちは,教師の静止もきかず盾をつくり,その中で,一人の生徒に対するリンチが始まった。教師が,中に入ろうとすると,他の生徒が静止する。もう終わりだ!私は涙がでてきて,自分自身が“嫌”になり“なさけなく”,こんな絶望感は人生の中で初めてだった。わずか1分程度だったが,すごい長い時間に感じられた。

 ここで何もしなければ,教師としてではなく“人間としても尊厳がなくなる”と思い,生徒との大乱闘を覚悟した。大怪我もしかたない。心が傷つき,尊厳がなくなるよりましだと考え,大声でどなり散らした。「お前らええかげんにしろ!」と一言だったが,意外にも,彼らはひるんだ。ひるむだけではなく,Yは泣き出した。彼らは,これは,やりすぎだろうと思ったのだろう。みんな泣いていた。誰かに止めてほしかったのが本音だったようだ。

 その後,このような“荒れ”は体験していない。辛い思い出だが,ある佐世保の海岸で,怒鳴った“自分への尊厳”が,その後の教師人生をささえてくれている。


4 私を“教師”にしてくれたこと

 私は教師に不可欠な,ルールや秩序を維持していく“統率力”や,いろんな生活背景を背負い,性格もさまざまな生徒との,こころとこころのふれあいをつくる“リレーション力”も不十分な,ある意味“学級経営力”の低い教師だった。しかし,私は,授業崩壊に遭遇し,子どもから疎んじられても教材研究をつづけ,逃げずに子どもとかかわり続ける,“粘り強さ”があった。子どもを“見捨てない”という生き方と,“粘り”が,私を“教師”にしてくれたと考えている。この二つしかない,“ダメ”教師が,子どもとの格闘やかかわりを通じて,教師として必要な資質である“統率力”と“リレーション力”を,徐々に身に付けていった歩みを綴ってみた。今,“苦手な生徒もいっぱいいて,ほんとダメだわ”“私は,教師に合ってないのではないのかな”と悩み,苦しんでおられる先生方にぜひお読みいただきたいと思っている。(※本書ではいろんなケース事例を紹介しておりプライバシー保護の観点から大部分はイニシャル仮名を使っている。またケースについては少し事実と異なる点もあることをお断りしておく)


  2014年3月   /河原 和之

著者紹介

河原 和之(かわはら かずゆき)著書を検索»

1952年 京都府木津町(現木津川市)生まれ。

関西学院大学社会学部卒。東大阪市の中学校に37年勤務。

東大阪市教育センター指導主事を経て,東大阪市立縄手中学校退職。

大阪教育大学,立命館大学,近畿大学非常勤講師。

授業のネタ研究会常任理事。経済教育学会理事。

近現代史教材・授業づくり研究会事務局長。

NHKわくわく授業「コンビニから社会をみる」出演。

NHK教育テレビ「世の中なんでも経済学」「世の中なんでも現代社会」番組委員。

※この情報は、本書が刊行された当時の奥付の記載内容に基づいて作成されています。
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      明治図書
    • 冒頭にある荒れた生徒Y君が先生に一喝されて泣いたところで私は胸が熱くなりました。暴れながら誰かに“止めて”と心の中で叫んでいたのでしょう。先生の「ええかげんにせえ」の一言ですべてを救われたのだと思います。近年はある意味、「教師受難の時代」だと思います。親も生徒も多様化している昨今、ゆとりをもって教育に専念できないという話を聞いたことがあります。しかし、生徒は真剣に向き合ってくれる教師を待っていると思います。障がい児もこのかかわりについて敏感にこのことを感じ取り、心ある相手には全服の信頼を寄せます。私は障がい者の親として幼・小・中の学校生活を、親子共に恵まれた日々をすごすことができました。その背景には、本書に書かれているような信頼できる教師と、環境づくりに努力される教師がおられたからだと思っています。この本を一人でも多くの先生方や世の人々に読んでいただきたいと思っています。
      2014/4/28O-san
    • 社会科教育で有名な、河原先生の学級経営本です。本来なら、職場の先輩であるなど、親しい間柄でなければ聞けないような、濃い〜いエピソードがぶっちゃけて語られ、そこから学級経営や生徒との関係づくりのコツを盗ませてもらえるような、リアル指南書です。まえがきでの新任時代の経験談は読んでいて泣けてきますが、教師として不甲斐ない自分も、先生のようになれるかもしれない!と、とても励まされます。学期毎に使える学活ネタの紹介が豊富なのもありがたいです。
      2014/4/21pattana
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