- まえがき
- 第1章 教師の専門性とは何か
- ――教養・指導方法・基礎知識――
- 第1節 子どもの可能性の支援としての専門性
- 〈小さな現実から〉
- 1 教師は魔法使い?
- 2 小さな現実と大きな現実
- 3 専門性の真価は子どもとのかかわりの中で
- 4 教えたつもりと教えたということ
- 5 教師に求められる倫理性
- 6 教師の専門性とは「教養・指導方法・基礎知識」の体得
- 第2節 専門性の向上に関する現状と課題
- 〈大きな現実から〉
- 1 現状をどう認識しているか
- 2 基本的な方向と取り組みについて
- 3 特別支援教育体制の専門性の強化
- 4 知識や技能の向上・子どもの理解・保護者への対応
- 5 教師の資質の向上と豊かな人権感覚
- 6 専門性に立つ教養ある教師を目指して
- 第2章 専門性の基盤としての教養
- ――人間・教育・資質――
- 第1節 教養と専門性は表裏一体
- 〈教養と教育と雑学〉
- 1 教育という名のつく本は読まない
- 2 cultureとしての教養と文化
- 3 数多く生きるということ
- 4 学ぶ志があれば,人生に無駄なものはない
- 第2節 専門性の基盤としての人間
- 〈楽天的・プラス思考〉
- 1 弁証法的存在としての人間
- 2 性善説と性悪説は共存
- 3 子どもを信じるということ
- 第3節 専門性の基盤としての教育
- 〈社会的意義・個人的意義〉
- 1 社会存続のための教育
- 2 教育における保守性と革新性
- 3 心身の調和的発達を促すための教育
- 4 教育の真理は中庸にあり
- 5 障害のある子どもの教育と個人的意義
- 6 個性形成としての先天的遺伝と後天的経験
- 7 前頭葉の脳機能障害と教育作用の限界
- 第4節 専門性の基盤としての教師の資質
- 〈あたたかさとぎびしさの統一〉
- 1 資質は創っていくもの
- 2 痛みのわかる,やさしい教師
- 3 えこひいきしない教師
- 4 ユーモアのある教師
- 5 情熱・使命感・行動力のある教師
- 第3章 専門性を高めるための指導方法
- ――子ども理解・保護者との連携・受容とゆさぶり――
- 第1節 専門性ある教師像
- 〈意図的・計画的〉
- 1 専門家と素人の違い
- 2 教育のパラドックス
- 第2節 子どもをいかに理解するか
- 〈子どもの懐から〉
- 1 子どもの何を見るか
- 2 子どもの見方はピグマリオン精神で!
- 3 安心できる場と安心できる教師
- 4 家族の方々から学ぶ
- 5 連絡ノートの活用など
- 第3節 保護者との信頼関係をいかに醸成するか
- 〈保護者の苦悩〉
- 1 保護者が吐露するということ
- 2 教師がひたすら耳を傾けるということ
- 第4節 子どもといかにかかわるか
- 〈自発性の促進(受容)と自己選択能力の強化(ゆさぶり)〉
- 1 手段としての5つの感覚
- 2 目的としての5つの興味(本能)
- 3 指導方法の本質
- (1) 弁証法としての指導
- (2) 指導の重心の置き方
- (3) 障害児の指導方法の鉄則 ――受容からゆさぶりへ――
- 4 実践例
- (1) ヒロちゃんの場合
- (2) タクちゃんの場合
- (3) トシちゃんの場合
- 第4章 専門性を高めるための基礎知識
- ――機能障害(生命)・活動制限(生活)・参加制約(人生)――
- 第1節 社会との相対的概念としての障害
- 〈ICIDHからICFへ〉
- 1 ICIDH
- 2 ICF
- 3 オリバーによる障害の定義
- 4 ICFと自立活動
- 第2節 各教科の基盤としての自立活動
- 〈形態的集団から機能集団へ〉
- 1 自立活動の意義
- 2 養護・訓練から自立活動へ
- 3 自立活動の目標
- 4 自立活動の5つの内容
- 5 段落的な学習の積み重ねが可能な子どもの自立活動
- 6 前頭葉に脳機能障害があると想定される子どもの自立活動
- 7 カリキュラム上での自立活動の位置付け
- 第3節 社会との架け橋としての個別の指導計画
- 〈保護者・地域社会・医療関係者等々との協力体制〉
- 1 まずはやってみよう!
- 2 個別の指導計画とは
- 3 個別の指導計画作成の問題点
- 4 個別の指導計画作成の手順
- (1) 子どもの実態把握
- (2) 本人または保護者の願い
- (3) 医療関係者等々の要望
- (4) 指導目標の設定
- (5) 指導仮説(予想・手だて)
- (6) 指導計画(内容・期間)
- (7) 評価と次年度の課題
- 5 意義と今後の課題
- 第4節 教育の原点としての重度・重複障害児教育
- 〈概念と指導方法の基本〉
- 1 重度・重複障害児教育の在り方
- 2 重度・重複障害児の概念
- 3 興味的開発法(インタレスト メソッド)
- 第5節 今後の課題としてのLD,ADHD,高機能自閉症
- 〈概念と判断基準をめぐって〉
- 1 LD(Learning Disabilities:学習障害)
- 2 ADHD(Attention Deficit Hyperactivity Disorder:注意欠陥多動性障害)
- 3 高機能自閉症
まえがき
教師は,まず教師である前に教養や良識ある人間でなければならない,そして,役に立つ知識を面白くわかりやすく伝える技をもっていなければならないといわれます。さらに特別支援教育にかかわる教師は,障害のある子どもに関する基本的な知識や配慮が求められています。
そのような教師を筆者は《専門性に立つ教養ある教師》と捉えています。そこで本書では,特別支援教育の教師の専門性を『教養・指導方法・基礎知識』の三位一体と把握し,三つのバランスのとれた《専門性に立つ教養ある教師》を目指すこととしました。
したがって,本書が目指す《専門性に立つ教養ある教師》とは,野球でいう投手や外野手といったポジションにおける専門性ではなく,その基盤となる「走る」「打つ」「守る」,いわば「走・攻・守」バランスのとれた選手に相当します。いわゆる各教科や訓練法のスペシャリストを目指しているというわけではありません。
従来の教師の専門性は,一般的には各教科に関する専門的な知識及び学力向上のための技術を中心に論議されてきたように思います。それは「教師は授業で勝負する」という言葉に象徴されています。
一方,いわゆる問題教師がマスコミを通して世間の厳しい批判を仰ぐなど,教師の専門性は資質をも含めた教養の問題として問われていることも事実です。その意味で専門性は教養抜きには論じられません。
問題は,障害のある子どもたちの教育が授業オンリーというわけにはいかないところにあります。ICF(国際生活機能分類)の分類に示されているように,かれらの幸せの実現のためには,教育面のみならず医療・福祉・労働といった重層的な観点からのアプローチが不可欠だからです。
したがって,特別支援教育の教師の専門性には,教師自身の教養・人間性・資質を踏まえた上で,各教科及び自立活動の習得,さらには医療・福祉・労働関係の人々との連携など幅広い能力が求められています。こうした特別支援教育の専門性の重要性は,例えばコーディネーター育成が緊急課題となっている点に現れています。
しかし,「○○○法」といった専門書はいくつか出版されていますが,特別支援教育の基礎基本となるような教師の専門性を高めるための具体的な方法は,今なお暗中模索の状況が続いています。しかも,類書は見当たらない状況にあります。
さらに注目しておきたいのは,近い将来において特殊学級が廃止され障害のある子どもたちは通常の学級に在籍する可能性があるということです。したがって通常の小・中学校の教師も今後,障害児の理解や指導方法,特別支援教育に関する基本的な知識や技術の習得など,校長はじめ学校全体でかれらに対応しないわけにはいかなくなるでしょう。
特別支援教育の教師の専門性を高めるための観点は,大きく二つに分けて考えることができます。
一つは,教師一人ひとりの専門性の向上を図るというものです。例えば教養としての教師の資質をどう高めるか,障害のある子どもの見方,保護者との連携の取り方,子どもとのかかわり方,さらに障害のある子どもたちの特別の領域である自立活動をどのように理解するか等々が考えられます。
二つ目は,組織体あるいは教育集団として専門性を高めていこうとするものです。学内の研修体制の保障,PT(理学療法士)や看護師等の外部の専門職の方々との指導体制の構築,巡回相談,医療,福祉,労働関係者とのネットワークづくり,大学との共同研究などが考えられます。
このように,個人の力量を高めるための教師の専門性の向上は,個人と組織という両面から把握することができます。
本書では,前者の個人としての専門性の力量をどのように高めていくかにスポットを当てて論を展開していきます。
そこで,筆者自身が『教養・指導方法・基礎知識』のバランスのとれた教師を目指し,大学入学から大学院修了後をも含めたおよそ15年間の修業時代?とその後の17年間の教職時代にかけて「学び,考えたこと」と同時に「やってきたこと」について,エピソードを交えながら述べていきたいと考えています。
以下のような手順にしてがって進めます。
第1章「教師の専門性とは何か―教養・指導方法・基礎知識―」では,<小さな現実>と<大きな現実>という二つの観点から,教師の専門性の向上に関する問題の所在,他の職業との比較による教師の専門性の特質等についてふれ,専門性の概念及び本書の目的を明確にします。
第2章「専門性の基盤としての教養―人間・教育・資質―」では,まず<教養即教育即雑学>という視点から教養ある人間をどのように目指したかについて述べます。次に<楽天的・プラス思考>という視点から教師としての人間観についてふれ,<社会的意義・個人的意義>という視点から教育の基礎理論や教育作用の限界,さらに<あたたかさときびしさの統一>という視点から教師の資質について論じます。
第3章「専門性を高めるための指導方法―子ども理解・保護者との連携・受容とゆさぶり―」は,本書の最も核心となる部分です。まず<意図的・計画的>という視座から専門性のある教師像を描き出します。次に<子どもの懐から>という視座から対象となる子どもの理解の仕方について,<保護者の苦悩>ちう視座から保護者との信頼関係の醸成について,<受容とゆさぶり>という視座から子どもとのかかわり方について論じます。
第4章「専門性を高めるための基礎知識――機能障害(生命)・活動制限(生活)・参加制約(人生)―」では,教師の専門性を高めるために最小限必要と思われる障害に関する5つの基礎知識について概観します。はじめに<ICIDHからICFへ>という視点から社会の相対的概念としての「障害」について,<形態的集団から機能的集団へ>という視点から各教科の基盤としての「自立活動」について,<保護者・地域社会・医療関係者等々との協力体制>という視点から社会の架け橋としての「個別の指導計画」について,<概念と指導方法の基本>という視点から教育の原点としての「重度・重複障害児教育」について,<概念と判断基準をめぐって>という視点から今後の課題としての,「LD,ADHD,高機能自閉症」について,その概要を述べます。
本書のタイトルが『教師の専門性をいかに高めるか』となっており,初心者の方にとっつきにくいイメージがあるかもしれません。しかし,個人の専門性の向上を目指した筆者のささやかな体験をもとに,できる限り簡明にをモットーに入門書のつもりで作成しました。初心者に還ったつもりで新任の頃の自分に話すように論を展開しました。
特に,第2章の「専門性の基盤としての教養」は筆者の20歳代の頃の話ですから,大学生や初心者の方にも親しみやすいのではないかと思っています。また,現場の先生方は完全週五日制以後,皮肉なことに「ゆとり」どころではないという話をよく耳にします。超多忙という現状を踏まえて,目次の項目に多くのキーワードをめぐらし,目を通しただけで全体のイメージと要点が視覚的にインプットできるように工夫しました。
将来教師を目指す大学生,専門性について関心のある新任の先生方,また専門性について悩んでおられる先生方の一助となれば幸いです。
本書『教師の専門性をいかに高めるか』は一つの教師論です。拙著『重度・重複障害児の興味の開発法』(明治図書,2002年6月刊行)は教育方法論,『重度・重複障害児の自立活動と個別の指導計画』(明治図書,2003年2月刊行)は教育内容論でした。いわば教育方法論(子ども論)・教育内容論・教師論の3部作となります。三つの著書に共通しているのは,単なる理屈ではなく,実際に「やってみたこと」に即して論じている点です。併せてお読みいただければと思っています。
また,本書は筆者なりに目指した「教養・指導方法・基礎知識のバランスのとれた専門性のある理想の教師像」を提示したものです。正しい教師の専門性というものはありません。一人ひとりの教師の専門性を高めるための,一つの叩き台となれば大変うれしく思います。同じような本が多くの教師によって書かれることを願っています。
本書の作成にあたり,宮崎直男先生にはいつものことながら全体的な構成等についてアドバイスいただきました。大阪教育大学の内地留学生の濱崎知樹さん,特別専攻科の大草和子さん,本学養護教育科の大学院の中村恵子さん,大中裕理さん,韓国からの留学生の張珠蓮さんにはいろいろとお手伝いいただきました。ありがとうございました。
最後になりましたが,本書の企画・作成の過程において,特別なご配慮をいただきました明治図書出版株式会社並びの編集部の三橋由美子氏に,心より感謝します。
平成16年1月 著者
-
- 明治図書
- 「受容とゆさぶり」、「ユーモアのある人間へ」など教師を目指しているので、非常に参考になりました。2009/7/30栞