- はじめに
- 第1部 支援的方法に関する基本的な視点(基礎編)
- 第1章 支援的方法とは
- 1.視点と方法
- 2.「支援的方法」をめぐる歴史的背景
- 3.「方法的概念」としての支援
- 4.「領域的概念」としての支援
- 5.「方法的概念」と「領域的概念」との統一体としての「支援的方法」
- 6.要約
- 第2章 児童にとっての「身近さ」とは
- ―ひと・もの・ことがら―
- 1.ひと・もの・ことがら
- 2.意味の三角形
- 3.言語メディアと非言語メディア
- 4.もう1つのことばの世界
- 5.前言語的なことば
- 6.ことばの世界と「数や量」
- 7.関係づける力の育成
- 8.興味の開発とことば
- 第3章 支援的方法に基づく授業の在り方について
- 1.「興味」の開発と「身近さ」
- 2.児童の実態に応じた学習内容について
- 第1部のまとめ
- 第2部 支援的方法の実際(実践編)
- 第1章 支援的方法を取り入れた学習指導案
- 1.重度の知的障害を有する児童の学習グループ―「さんすう・認知 こあら」学習指導案
- 楽しく数に親しもう
- 2.中・軽度の知的障害を有する児童の学習グループ―「さんすう・認知 ビーバー」学習指導案
- オリジナルTシャツを作ろう
- 3.自閉的な傾向と知的障害を併せ有する児童の学習グループ―「さんすう・認知 しろくま」学習指導案
- 友だちと手をつないで,ジュースを買いに行こう
- 第2章 実態に応じた教材活用の工夫
- 1.学習グループでの教材活用
- (1) ブロックを利用した教材活用
- (2) ジョイントマットを利用した教材活用
- 2.個別学習での教材活用
- (1) 電車に乗っている動物を数えよう
- (2) くじで出た数だけ,好きなものを数えよう
- (3) クレヨンを一緒に数えよう
- (4) 動物さんにくだものを配ろう
- (5) 買い物に行こう
- (6) 10個を分けてみよう
- (7) 合わせていくつになるでしょう
- (8) バスに乗って出かけよう
- (9) ダンボールあそび
- (10) 順番を知ろう
- おわりに
はじめに
「特殊教育から特別支援教育になって何が変わるんですか」「支援的方法って何ですか」「具体的な実践において指導と支援はどこが違うんですか」――本書の主旨は,「かず・りょう」という学習を通して,こうした実践に係わっておられる先生方の「支援」とは何か,「支援的方法」とはどのような方法なのかという疑問に答えてみようとするところにあります。まず,初めに「支援」の核心は児童生徒本位という点にあることを確認しておきたいと思います。
したがって本書は,特別支援教育への移行に伴い,特別支援学校や特別支援学級において,従来の教師の側に重点を置いた「指導」から,児童生徒の側に重心を置いた「教育的支援」に基づく教育実践の実現に向けて努力していらっしゃる先生方に,少しでもお役に立ちたいという願いのもとに作成されました。
そこで,私たちと大阪教育大学附属特別支援学校の小学部授業分析研究会では,「支援」に基づく教育を実践するための課題解決のプロセスを示すことにしました。そして,私たちがたどり着いた「支援」に基づく教育を実践するための教育方法論について,できるだけ分かりやすく具体的にまとめることを目標にしました。この点では,初任者の先生方には「支援的方法」に基づく授業とは何か,そして,経験豊富な先生方には「支援的方法」をどのように実践していくのかについて,参考にしていただけるものと自負しております。
2001年5月にはWHOによってICIDH(旧国際障害分類)が改訂されて,現行のICF(新国際障害分類・「国際生活機能分類」)が採択されました。これは,障害を有する人々の社会参加を促すために,従来のように障害を有する人々の努力だけに頼るのではなく,社会や周囲の人々との関係性の中から障害というものを捉え,障害を有する人々が自立して社会参加し,社会での活動をより促進するための相互作用モデルの重要性を提起したものです。このようなことを背景にして,日本でも特別支援教育体制への転換が図られることになったわけです。
2007年度から実施された特別支援教育は,いわゆる発達障害を有する児童生徒への教育的支援という障害領域の拡大と小・中学校での障害を有する児童生徒への支援の充実,そして,個別の教育支援計画の策定,特別支援教育コーディネーターの指名,広域特別支援連携協議会の設置等に関する新たな取り組みが実施されています。そして,このような制度改革に関する議論は盛んに行われています。
しかし,社会参加と自立を求めるための教育方法論に関する議論,つまり,児童生徒一人ひとりの教育的ニーズに基づく「支援」による教育を実践するための教育方法論の転換に関する議論は,果たして,行われてきたのでしょうか。研究や教育の現場でも,これらの議論や実践はほとんど取り組まれていないというのが現状の姿ではないでしょうか。
従来の特殊教育体制から,特別支援教育体制への移行が制度面の構築のみに終始するならば,障害を有する児童生徒一人ひとりの社会参加や自立に対する取り組みは従前の特殊教育体制の時代と何ら変わるところがないということになってしまいます。それ故,「支援」に基づく教育を実現するための教育方法論を検討し,実践していくことが是非とも必要なことなのではないかと考えました。
ただし,現実の教育実践において視点の転換を行うことは,そう簡単なことではないということも承知しています。教育実践の現場において,教員は常に児童生徒一人ひとりを導くものとしての役割を担い続けることが求められています。教え育み導くものとしての役割はそのままに,児童生徒主体の教育実践へと転換することとは,具体的にどのようなことなのでしょうか。
障害を有する児童生徒の主体性を尊重すること,主体的な参加を促すための授業展開や場面を構築すること。さらに,児童生徒一人ひとりの学びをどのように評価していくのか,加えて,社会参加や自立についてなど,考慮しなければならないことが山積しています。
私たちが求める支援的方法論への転換のための検討は,「支援的方法」に関する共通理解を深めるとともに,授業研究を通じて,実際の授業場面を1つひとつ分析検討することが大切であろうとの認識から出発しました。大阪教育大学附属特別支援学校の小学部の先生方との共同研究を進めるために,大沼と井坂は支援的方法論に関する理論的な検討を加えました。そして,その検討を踏まえた方法論を小学部の先生方と共通理解し,実際に先生方に授業を実践していただき,その結果を理論的な検討にフィードバックするということを繰り返しました。
研究の展開としては,当初,児童の実態に基づく4つの学習グループ(軽度知的障害・中等度知的障害・重度重複障害・自閉的傾向を併せ有する知的障害)を対象に,支援的方法論を踏まえた授業実践の検討に着手しました。対象の教科は「さんすう・認知」として,グループの編成,年間指導計画,個別の指導計画,学習指導案についての議論も積み重ねながら,授業実践を継続しました。そして,最終的には,支援的方法論に関する基礎的な視点と,3つの学習グループの児童の実態に応じた学習指導案や教材例をまとめました。
本書は『かずを学ぶ,りょうを学ぶ 〜身体を通した学びの支援から,知識による学びの支援まで〜』と題して,「第1部 支援的方法に関する基本的な視点(基礎編)」(大沼・井坂が執筆担当),「第2部 支援的方法の実際(実践編)」(小学部授業分析研究会の先生方が執筆担当)という2つの部分から構成されています。
「第1部 支援的方法に関する基本的な視点(基礎編)」では,支援的方法に関する基礎的な考え方について,「支援的方法の概念」「児童にとっての『身近さ』」「授業の在り方」という3つ視点から論じています。私たちがたどり着いた視点は,児童の教育的ニーズに基づく「学習内容の多様性」と「指導方法の多様性」を支援の本質と把握し,それを支援的方法論として追求していくということでした。
また,これらの視点を具体的な授業の中で活用していくためには,多様な「学習内容を教材化」するということが求められます。児童の実態によっては繰り返しの中に穏やかな変化のある学習内容を教材化することや,場面や時間,内容を構造化することが児童の授業への参加を促すことになります。また,多様な「ことばかけ」はどの児童に対しても必要な「支援的方法」と位置づけました。
本書の核心となる「第2部 支援的方法の実際(実践編)」では,児童の実態に応じた3つの学習グループ(重度の知的障害を有する児童の学習グループ,中・軽度の知的障害を有する児童の学習グループ,自閉的な傾向と知的障害を併せ有する児童の学習グループ)の学習指導案をまとめました。各グループの学習指導案の最後には年間指導計画も掲載しました。年間指導計画を見渡していただくと,学習目標や指導内容から,各グループの全体像が理解していただけるものと思います。そして,私たちはこの年間指導計画に基づいて,数や量に関する知識が児童一人ひとりの暮らしにいきるための支援,つまり,自立や社会参加に結びつく支援の在り方を追求してきました。
3つの学習グループの学習指導案の「本時の展開」の部分には,私たちが繰り返し実践した具体的な支援方法を,「あいさつを促すための支援」や「組になりにくい児童への支援」などとして,「方法の多様性」として記載しました。加えて,私たちのことばかけは「吹き出し」の形で実際に効果のあった例を記載しました。また,児童の主体的な参加を促すために必要な教材についても,できるだけ詳細に「教材の多様性」として記載しました。「多様性」を考えることは,児童自身の学びにおける自己選択性を保障することにもなるわけです。
「実態に応じた教材活用の工夫」では,多様な実態の児童に対して,1つの教材をどのように工夫して活用しているのかの具体例を示しました。「教材例」においては,こんな児童に,こんな教材,活用してみると,よかった支援という4つの観点に基づいて,グループ・個別をあわせて12個の教材活用例を示しました。
本書は,前述したように支援的方法論への転換やこの方法論について関心のある先生方を主な対象としています。支援的方法論を踏まえた実践を展開していこうと試みることは特別支援教育が理想とする教育実践への第一歩を踏み出すということです。しかし,その第一歩を踏み出した私たちにはより多くの実践的課題も見えてきました。
このように,私たち自身も,さらに今後も研究検討を積み重ねていかなければなりません。十分満足の得られる成果をまとめられたわけではありませんが,読者の皆様から,ご意見,ご感想をお聞かせいただければ,幸いです。
最後になりましたが,本書の企画・作成過程において,適切な助言等をいただきました明治図書出版株式会社並びに編集部の三橋由美子氏・佐藤智恵氏に,心より感謝申し上げます。ありがとうございました。
編著者 /大沼 直樹 /井坂 行男
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