- まえがき
- 第1章 私にとって授業とは
- 1 不思議な体験
- 2 授業の重層構造
- 3 教えて教えられ,教えられて教える
- 4 授業でめざすもの
- 5 「教育は,はかない」と言うけれど
- 第2章 授業力とは
- 1 授業力構想のきっかけ
- 2 授業についてのイメージ図
- 3 授業力の構成要素を探る
- 4 授業力の基盤として
- 5 すぐれた実践家に見られる授業力
- 第3章 新たな授業づくりをめざす
- 〈特別支援教育の第1ステージ〉
- 1 一斉指導からの脱却
- 2 授業の設計マニュアル化
- 3 指導案のリフォーム
- 4 スキルアップタイムなどオープニングの工夫
- 第4章 学ぶ側の事情に寄り添う
- 〈特別支援教育の第2ステージ(1)〉
- 1 授業を子どもの側から見れば
- 2 学ぶ側からの授業構想
- 3 学び方に注目する
- 第5章 発達の滞りを直視する
- 〈特別支援教育の第2ステージ(2)〉
- 1 学び方の困難さに迫る
- 2 行動抑制の困難さに迫る
- 3 社会性獲得の困難さに迫る
- 4 授業場面での支援
- 第6章 共に生きる・インクルーシブ教育
- 〈特別支援教育の第3ステージ〉
- 1 いのちの響き合いをベースに
- 2 学力差・能力差に対応する
- 3 学び合いを組織する
- 4 自己実現への歩み
- 5 インボルブする
- 第7章 授業力の継承
- 1 向上心をばねにして
- 2 基礎基本にかえる
- 3 授業設計の力
- 4 学習成立のメカニズムを見抜く
- 第8章 授業力のさらなるステップアップのために
- 1 ステップアップのためのヒント
- 2 ステップアップのツール
- 3 授業改善に向けてのコンサルテーション
- あとがき
まえがき
授業力というあまり馴染みのないことばで,本書を書こうとしている。前著『特別支援教育であなたの学校を変えよう』に引き続いて,「変えようシリーズ」の第2弾である。
特別支援教育がしっかりと軌道に乗るためには,教員個々の授業力量が高まることと,学級経営の改善が不可欠であると考えている。(学級経営の改善に関しては,「変えようシリーズ」の第3弾で取り上げる予定でいる)
さて,インクルーシブ(共生)教育での授業力は,特別支援教育の実践の中で培われると考えている。共に生き,共に育つ教育をめざそうとするなら,何よりも,発達に課題のある子どもたちに対する指導が成果を上げていないといけない。そのためには,個別の計画がきちんと活かせるような通常の学級における授業が基本になるのであるが,まだこのレベルの力を身につけている人は多くない。
授業力ということばは,第2章で取り上げたように,斎藤孝著『教育力』がヒントになっている。最近は,「○○力」という使い方のオンパレードである。「責任感を持つ」と言うより「責任力」と言ったほうがインパクトが強いと感じるからなのだろうか。私も,授業力といったほうが,授業に向かうベクトルを感じるのである。
本書では,授業力は授業力でも,インクルーシブ教育での授業力を問題にしようとしている。これまでの実践では,下記のような授業が多かった。
・子どもがイニシアチブを取れないような教師主導の一斉授業。
・一問一答式の授業。
・自分で選び,自分で決定することがほとんどないような授業。
このような授業では,とても共に育つ力を培うことができないではないか。インクルーシブ教育の授業では,
・子ども同士の学び合いが可能な授業形態でなければならない。
・全体での話し合い学習においても,ペア学習やグループ学習を組織するにしても,これに相応しい指導方法が求められている。
・学習が困難な子への寄り添い方が工夫され,計画的に個別の支援がなされていなければならない。
とは言っても,授業力の基礎部分をなす〈子どもの惹きつけ方・学習内容の理解のさせ方・学習意欲の高め方など〉は,従来の授業とインクルーシブ教育の授業とで,そんなに違いはない。これまで培ってきた授業力の多くが,インクルーシブ教育の授業においても活かされるのである。この辺の事情については,第2章,第3章で詳述する。
最近の特別支援教育では,授業のユニバーサルデザイン化をめざそうとの動きがある。結構なことである。この段階を経ないと,インクルーシブ教育に到達できないと見ているからである。共に生き,共に育つことをめざすインクルーシブ教育は,単なる理念ではない。これを実現するためには,一番困難さがある子にスポットを当て,その子の困難さが軽減・克服できる取り組みが大前提になる。
このとき,多くの実践は,ユニバーサルデザイン化に成功している。一番困難さがある子にスポットを当てた取り組みは,すべての子どもに有効であり,このやり方は普遍的な(ユニバーサル)設計(デザイン)だったと気づいていった。このユニバーサルデザインの授業を足場にすれば,インクルーシブ教育に向かうことができると見ているのである。
もう一つ,タイトルに込めた願いがある。それは「授業力を鍛える」ことである。授業力は,不断の努力によって,徐々に形づくられていくものである。手抜きは許されない。しかし,教職にあぐらをかいて,自分の授業を振り返ろうともしない人が居座っているのも現実である。本書では,このような人も含めて,どうすれば授業力を鍛えることができるかを尋ねていこうとしている。
〈図1の1〉は,私が考えている授業力の全体構造図である。
(図1省略)
授業力とは,指導技術だけを問題にするものではない。授業力を取り上げようとするなら,授業力の全体構造を究明しなければならなかった。簡単ではなかったが,ようやくにして全体構造が見えてきた。
A 子どもたちと気持ちを響き合わせ,相互主体的に活動できる場を構成する力
B 指導目標に相応しい教材を創造できる力
C 授業を組織し,動かす力
この三つが授業力を構成する要素として浮かび上がってきた。(〈図1の2〉参照)
(図2省略)
授業力を立体的に把握するとき,これらの要素は,いわば立体の心(しん)を成すものであり,三つの心(しん)を包み込むようにしている授業力の基盤がある。それは,〈人間性・科学する態度・授業観〉の三つである。これらは立体的に構造化されていて,これからめざそうとする授業のステージごとにレベルアップせねばならないものとして浮かび上がってきた。第3章から第6章で詳述することになる。
授業力の構造を〈図1の1〉のように立体的につかむためには,授業それ自体がどのような構造から成り立っているかを追求せねばならなかった。第2章でその素描を試みている。
小児神経科のドクターから,次のようなことを言われたことがある。
「学校の先生方とお付き合いをするようになって,不思議に感じていることがあります。教員になって3年目の方と,6年目,7年目の方の技術に差が見られないのはどうしてですか。医者の世界では考えられないことです。どの医局でも,年次別の研修プログラムが用意されていて,専門研修を受けなければいけないようになっています。教員の場合はどうなのですか?」と。
教員の世界でも,初任者研修に始まって,年次別研修等が実施されているが,医師の専門研修のように,きちんと技術が獲得できるような仕組みになっているのだろうか。授業力を包括的に捉え,どのような順序で研修を深めるかのカリキュラムづくりがなされているのだろうか。一定レベルの専門性を身につけるためにはどうすべきか。第7章,第8章では,授業力はどのようにして継承され,鍛えられねばならないかを取り上げている。
特別支援教育が本格的に実施された頃から,授業改善に取り組む学校が増えてきた。ときには,惚れ惚れするような授業に出合うことがある。本書では,こういった授業を可能な限り紹介しようと思っている。
私は,退職後の17年間,特別支援教育にお付き合いをしていくのであるが,その歩みは遅々としていた。やっとここに来て,めざすべきゴールが見えてきたという感じである。本書を手にされた方が,ご自身の授業改善に役立て,共にゴールをめざしていただけるなら,これほどうれしいことはない。
平成22年7月 /北脇 三知也
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明治図書
















