- はじめに
- T 疲れている先生たち
- 1 若いからあかん
- 2 「勉強せえへんかったら,先生みたいになるで」
- 3 今までの経験が通らなくなった教育(保育)現場
- Q&A「子どもをかわいいと思えません」
- U 保護者対応のあれこれ
- 1 ある日突然に
- 2 子どもは都合のよいように嘘もつきます
- 3 話が漠然としていたり,他人に置き換えて自分を主張したりする
- 4 保護者のクレームに父親が登場
- 5 親になりきれない母親
- 6 おじいさん,おばあさんの参戦―「年配者は道理が通る」との幻想は持てません―
- 7 先生の手に負えないことがある―医療面―
- 8 先生の手に負えないことがある―福祉面―
- 9 先生の手に負えないことがある―訴訟面―
- 10 母親が授業の評価をするか?!
- 11 公務員攻撃が拍車をかけて
- Q&A「茶髪にしたいという娘」
- Q&A「運動の苦手な娘ですが」
- V 「クレーム社会」の到来はなぜか
- 1 小泉改革のもたらしたもの
- 2 安倍内閣の「教育再生」の議論から
- 3 大阪の橋下知事の「教育改革」の危険性
- 4 学校評価に関連して,保護者対応のあり方を考える
- Q&A「娘が父親をけむたがります」
- W 保護者の本音に耳を傾けよう
- 1 「若いからあかん」と言ったお父さんは?
- 2 クレームは助けを求めていることばです
- 3 誰も命まではとりません
- 4 謝罪のことばを絶対につかってはいけないのか
- Q&A「友だちをつくれない娘」
- Q&A「『仕切りたがり』で小競り合いが多いが」
- X 「クレーマー」等のことばで表現しないこと
- 1 わがママに先生困った
- 2 「いちゃもん」「モンスターペアレント」「クレーマー」等と呼ばない
- 3 「親との喧嘩の仕方を教えるのだって?」
- 4 師匠の残されたことば
- 5 教育(保育)は未来を語る場
- Q&A「部屋のそうじを全くしない娘」
- Y 一番の解決策は子どもに寄り添うこと
- 1 様子が分かれば解決だ
- 2 「君は本当は優しい子なんや。先生,知ってるで」
- 3 実践報告の手紙
- 4 「そこの親は大丈夫やろうな!」
- 5 我が生い立ちの記
- 6 修学旅行に来られなかった女の子の話
- 7 序列化教育のもたらしたもの
- Q&A「塾をさぼるようになった息子」
- Q&A「娘がリストカットを」
- Z 良い先生を育てることが教育をつくる
- 1 新学年のひとこま―担任発表―
- 2 「学級崩壊」
- 3 習熟度別少人数授業
- Q&A「最近急に音楽番組を見るようになった」
- [ 保護者と分かり合える関係をつくるために
- 1 愛を乞う人―児童虐待問題に寄せて―
- 2 まされる宝,子にしかめやも―カウンセリングの力を信じて,保護者と分かり合える関係をめざす―
- 3 雨降って地固まる
- 4 保護者との関係を理解するための演習題
- (1) 演習の趣旨
- (2) ロール・プレイングとは
- (3) ロール・プレイングにおける留意事項
- (4) ロール・プレイングの実際
- 5 研修を受けて―講師への手紙―
- 6 保護者との対応に悩む若い先生への助言
- 7 保護者との対応に悩むベテランの先生への助言
- 8 保護者との対応に悩む先生方への「ハウツー10か条」
- 9 先生育ち,親育ちが日本の将来を救う
- 資料 カウンセリングマインドを活かした保護者対応の在り方
はじめに
ある年の3月30日,いよいよ明日,退職辞令を受け取りに教育委員会へ出向こうとされていた校長先生に,一通の「配達証明」の手紙が届きました。
ある保護者からのもので,内容は「子どもの問題で,校長や教育委員会は適切な指導を行わなかった。そのため,自分の子どもは登校できなくなった。『その間の慰謝料を払え』という訴訟を起こした。近々,裁判所から書状が送達されるので受け取れ」というものでした。
それから3か月,最終的には「保護者の訴え」は認められず,被告とされた教育委員会と校長先生の主張は,当然のこととはいえ裁判所からも「その通り」と認められました。
教育委員会と校長先生は勝訴したのですが,子どもの問題を裁判にまで持ち込まれるという,いかにも後味の悪い結末でした。
退職された校長先生は,その間,退職の喜びも吹き飛んでしまわれるほど意気消沈されていました。
この場合,「子どもの問題」と言っても,「ふざけ合い」から始まり「叩いた,叩かれた」に発展したというものです。通常なら,「お互いに気をつけましょう」で収まるものが,裁判にまで持ち込まれるにおいては,最近の「保護者対応」の難しさを如実に物語っています。
当該の校長先生の勤務校の先生方は,「あの親の態度は,絶対に許されるものではない! 嘘八百を並べたてて訴えるなど,私たちへの名誉毀損もはなはだしい。むしろこちらのほうから逆に訴えたいくらいです!」と怒りの声を上げておられました。
その時の状況からすれば,先生方の怒りは当然のことであり,「黒を白と言いまかす」ほどの「身勝手な論理」に,先生方の怒りは収まるところのないものでした。
しかしながら,当該の校長先生の胸の奥には,「なぜ裁判にまで持ち込まれたのだろうか。それまでに,もっとその保護者の思いに添った関わりができなかったのだろうか」との自問自答が去来していたとおっしゃるのです。
裁判では「勝った」のですが,その「勝ち」は決して心から手放しで喜べるものではなかったとおっしゃいます。それほどに後味の悪いものでした。
当初,怒りに震えておられた勤務校の先生方も,それぞれに子どもを大切にされる先生方であり,全くの例外的な保護者であるとはいえ,誰の思いの中にも釈然としない後味の悪さが残った一件でした。
冒頭に挙げたこの事例は,他に例を見ないものであろうし,そう多くないものであろうとは思いますが,今の日本の教育状況を象徴している出来事であると感ぜられました。
ささいな日常の学校(幼稚園・保育所)生活の中での「トラブル」から,大きく保護者と先生との信頼関係が損なわれ,「蟻の穴から堤が壊れる」がごとくに,教育破壊が進行する事態となってしまいました。
こうした中,学校(幼稚園・保育所)現場で「一部保護者の学校への無理難題」により,大半の先生が疲弊している感があります。
新任教員に「あなたの困っていることは?」と問うたアンケートの結果を見ても,圧倒的多数の比率で「保護者対応」が一位を占める状況にあります。
かつては,教材研究や指導法で悩む青年教師たちが,先輩の指導で鍛えられ,自己研鑽に励む中で,保護者に支えられ,授業力や教師力量を身につけていくというように,学校現場も正常な状態にあったものです。
ところが,このような不正常な状態にいつからなったのでしょうか。そう遠い昔からのことではありません。つい最近のことのように思えます。
今,日本の学校や幼稚園・保育所の先生たちは,完全に疲れきっています。
かってそうであったように,日本の学校や幼稚園・保育所に「健康で明るく子どもたちと向き合える状況」をつくっていきたいと願っています。
そうでなければ,日本の教育の将来はとても暗いものとなることでしょう。
日本の先生たちが元気を取り戻すことこそが,日本の子どもを元気にすることにつながると思っています。
先生たちを元気にする「がんばれ先生シリーズ」こそ,日本の教育を元気にし,子どもの未来に向けて大きな架け橋となると思います。
「がんばれ先生シリーズ」の一つとして,この実践をお届けできれば幸いと考えています。
なお,文中に使われている事例は,すべて筆者が相談を受けた学校や幼稚園・保育所で起こったことを素材とし,事例の本質をまげないようにして構成したものであることをあらかじめお断りしておきます。
したがって,その事例に述べられた人物の名前や固有名詞は,実在のものではありませんので,これも合わせてお断りしておきます。
また,Q&Aとして載せた「ココロのげんき」は,大阪市教育委員会の広報誌『教育大阪』((財)大阪市教育振興公社発行)に連載したものの中から10点を選び,転載を許可していただきましたので掲載いたしました。
最後に,本書を執筆する機会を与えてくださり,終始温かなお励ましをいただきました明治図書の長沼啓太氏に深く感謝申し上げます。
平成21年10月23日 /西林 幸三郎
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- 明治図書
- 執筆者本人ですが、長沼啓太編集長に勧められて、出版しました。その後、本人は大阪府小学校長会の会長、全国連合小学校長会の副会長を歴任し、大阪芸術大学教授として、教員養成に力を注いで来ましたが、本書の内容は今も現場から復刊の声が上がっています。ぜひとも世に問いたいです。2023/2/14