- まえがき
- 第T章 これからの知的障害教育の理解と方向性
- 1 新しい教育の検討
- (1)特別支援教育の指導者に求められていること
- (2)特殊教育と特別支援教育の違い
- (3)「教育の原点」とは
- (4)教育目標の設定
- (5)キャリア教育の必要性
- (6)ICFの視点を重視
- (7)知的障害教育の専門性とは何か
- 2 自立とは
- (1)新しい自立の考え方
- (2)支援の質の向上がポイント
- (3)できる力よりもわかる力を
- (4)ベースラインの把握
- (5)基本行動の確立が前提
- (6)QOLの向上が最終目標
- (7)個よりも集団を重視
- (8)どういう子どもを育てるべきか
- 3 社会参加とは
- (1)社会参加できている状態とは
- (2)QOLの累積がポイント
- (3)主体性と役割遂行と貢献がキーワード
- (4)QWLの向上が最終目標
- 4 就労とは
- (1)就労のあり方を考える
- (2)進路指導のあり方を変える
- (3)就労の実現は「1人で主体的に正しく,確かにできる」がポイント
- (4)就労のための指導は必要ない
- (5)成功事例から学ぶべきこと
- (6)モデルの提示〜愛媛大学への就労事例〜
- 第U章 導入すべき教育内容・教育支援
- 1 キャリア教育による見直し
- (1)キャリア教育とは
- (2)勤労観とは
- (3)職業観とは
- (4)勤労観を育てるためには
- (5)職業観を育てるためには
- (6)キャリア教育は何を目指すのか
- 2 ICFの考え方による支援
- (1)指導・訓練から支援へ
- (2)すべての人が対象
- (3)障害を抜け出す
- (4)資質と環境
- (5)人生の質の向上を目指す
- 3 職業教育の充実
- (1)今,なぜ職業教育の充実か
- (2)作業学習の見直し
- (3)専門家の活用
- (4)作業学習の意味
- (5)一貫性・連続性の重視
- 第V章 効果的支援・対応の実際
- 1 何を目指して支援をすべきか
- (1)将来につながる基本行動を身につける支援
- (2)生活意欲を身につける支援
- (3)働く意欲を身につける支援
- (4)働く力を身につける支援
- (5)職業生活・社会生活の質を高める支援
- 2 生活の質・人生の質を高める支援・対応とは
- (1)なぜ,生活の質・人生の質を高める必要があるのか
- (2)体験が生きる力につながっていないのはなぜか
- (3)生きがいを感じる機会と場は提供されているか
- (4)情緒が安定する対応とは
- (5)叱る,ほめることが必要か
- (6)できないことや不適切行動に目が向いていないか
- (7)責任感を育てる支援・対応を行っているか
- (8)子ども同士の関わりこそが重要
- 3 障害児教育の原点と言われる自閉症教育に学ぶ
- (1)効果的支援と課題
- (2)授業で成長,発達する支援
- (3)認知能力を高めるための支援
- 4 実社会に通用する実践事例
- (1)基本行動の確立
- (2)生活意欲の向上
- (3)働く意欲の向上
まえがき
日本の障害児教育が新しい時代に入りました。名称も特殊教育から特別支援教育へと変わりました。これは一体何を意味するのでしょうか。言うまでもなく名称が変わったことを知ることが重要なのではありません。名称が変わることによって,指導者をはじめ関係者を含む多くの人の意識が変わることにこそ大きな意味があります。教育観も障害観も人間観も自立観もみんな新しい考え方に変わっていかなければなりません。これらが変わらなければ新しい時代に入った意味がありませんし,これが変わらなければ特別支援教育は成立しません。決してオーバーでなく,21世紀の日本の障害児教育の充実,発展もありえません。
新しい時代に入ったということは,新しい教育が始まるというのではありません。今まで先達が積み上げてきた日本の伝統ある,すばらしい障害児教育をさらに発展させ,充実したものにしようとする取り組みが始まった,と理解しなければなりません。
筆者はこの教育を43年間余り見続けてきました。常に彼らの将来の幸せを第1に考え,現場での教育を重視し,実践を積み重ねてきました。今振り返ってみても,今まで進めてきた日本の障害児教育の方向性は間違いはなく,むしろ充実したすばらしい教育が積み重ねられてきた,と思っています。この積み重ねがあるからこそ,これから始まる特別支援教育も一層充実した教育にしなければならないと願うのです。特別支援教育はこれまで積み上げてきた特殊教育の確かな実践の積み重ねがあるからこそ成立する教育なのです。
筆者はこれからの10年,20年の特別支援教育の成果をとても楽しみにしています。間違いなく,能力や障害に関わりなく多くの人の自立,社会参加,就労が実現できる教育が確立されると信じています。障害が重くても,多くの人たちが職場で働き,地域で質の高い暮らしができるようになる,と大いに期待をしています。
本書は,筆者が歩んできた43年間の教育実践を基に,新しい時代に入った特別支援教育を指導者がどのように理解し,意識を改革し,教育を推進していけばよいかを,今までの教育のよさと課題を検証しつつ,今後,目指さなければならない教育の方向性と指導のあり方をまとめたものです。新しい時代の教育の意味と教育姿勢を理解し,指導者自らが意識の改革を行ってほしいと思います。そして,新しい時代に即した教育のあり方,指導のあり方を実践を通して明らかにしてほしいと願っています。何よりも,子どもの将来が輝けるものになる努力を精一杯することが,今,すべての指導者に求められていることを理解してほしいと思います。
人間の一生は長いです。だれもが充実した質の高い人生を送りたいと願っています。これは彼らも同じです。障害のない人は自分で自分の人生を切り開き,その質を高めていくことができます。しかし彼らはそうはいきません。彼らは,彼らに関わる関わり手の関わり方により,将来が間違いなく左右されます。そうであるならば,なお一層,指導者は気持ちを引き締めて真剣に彼らに関わることに心がけなければなりません。
特に学校教育12年間の指導は大変重要です。学校教育12年間で,どれだけ子どもの生活の質,人生の質を高める教育を行うことができるかが最大のポイントと言っても過言ではありません。これまでの,できることを増やすための教育ではなく,生活の質,人生の質を高める教育が求められていることを忘れないでほしいと思います。できることがいくら多くても生活の質,人生の質が高まりにくいのが彼らです。できることがなかなかに実際の生活の中で生かされることが少ないからです。生活の質,人生の質を高めるためには,できることは必ずしも重要ではありません。できることは少ないのに生きる力を身につけ,立派に職業生活,社会生活を送っている人がいることを考えれば理解できると思います。
たとえ楽しい学校教育12年間であったとしても,学校卒業後の50年,60年が質の低い生活だとするならば,一体,学校教育12年間は何だったかということになります。こういうことだけは避けなければなりません。生活の質,人生の質を向上させるためには,学校教育12年間をどのように指導するかを考えたのでは効果はありません。これからの教育は,学校卒業後の50年,60年をどう生きるかに焦点をあてた学校教育12年間を考えなければなりません。もっと具体的に言えば,目先の課題を解決するためだけに一生懸命になるのではなく,この課題を解決すれば子どもの将来にどれほど有効で,生活の質,人生の質を変えることになるのか,ということを考えなければならないのです。
本書では,すべての子どもたちの自立,社会参加,就労を実現するためには,指導者としてどういう教育を行わなければならないか,どういう指導が効果的かを,特別支援教育の専門性の向上を図るという視点で提言しました。本書が,今までの教育目標,教育内容,教育方法を見直し,これからの教育を確立するためのきっかけづくりになれば幸いです。
「将来を豊かによりよく生きる」「人生の質を高める」という視点を抜きにしてはこの教育は語れません。これを実現するためには,指導者がすべての教育活動の質を高めていく以外ないのです。
2012年2月 著者 /上岡 一世
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- 明治図書