特別支援教育を創る!
子どもを見つめる確かなまなざしと暮らし支援

特別支援教育を創る!子どもを見つめる確かなまなざしと暮らし支援

投票受付中

特別支援教育に必要なものは、知識や情報だけではない。

特別支援教育に必要なものは、知識や情報だけではない。支援を必要とする子どもたちやその家族とともに何かを感じ、考え、物事に「愚直に向き合う重要さと実感を伴って1つずつ進む誠実さ」と筆者は説く。ここに教育の専門家の子どもを見つめる確かなまなざしを見る。


復刊時予価: 2,170円+税

送料・代引手数料無料

電子書籍版: 未販売

電子化リクエスト受付中

電子書籍化リクエスト

ボタンを押すと電子化リクエストが送信できます。リクエストは弊社での電子化検討及び著者交渉の際に活用させていただきます。

ISBN:
4-18-013432-2
ジャンル:
特別支援教育
刊行:
2刷
対象:
小・中
仕様:
A5判 136頁
状態:
絶版
出荷:
復刊次第
テキスト採用品見本お申込みはこちらから

もくじ

もくじの詳細表示

はじめに
プロローグ
第1章 子どもへのまなざし
〜その違い〜
(1) お友だちと話せない
(2) 不安定な湿地
(3) 個として見つめた時の個
第2章 発達障害として見つめるまなざし
1.暮らしの中の発達障害
(1) お母さんは僕のこと好き?? 〜相手の気持ちを推察するということ〜
(2) これは僕の決めごとなんだ…… 〜こだわりが強い子どもたち〜
(3) やりたいからできない
(4) 赤鉛筆でも直せるよ 〜△の世界が少ない子どもたち〜
(5) ピストルの音はきらいだな 〜過敏さを持つ子どもたち〜
(6) 思ったことを正直に言っているのだけれど…… 〜場に合わないことばの使い方をする子どもたち〜
(7) 聞いていないけれど見せたらわかる 〜視覚に訴えた方が理解しやすい子どもたち〜
(8) 僕,自分で止められない…… 〜衝動性の強い子どもたち〜
(9) 僕,うまく字が書けないよ 〜書字にトラブルがある子どもたち〜
(10) 片づけが苦手なんだ 〜落とし物がいっぱい〜
(11) 繰り返して少しずつ少しずつ伸びていく 〜発達全体に遅れのある子どもたち〜
2.「暮らしの中の発達障害」その教育的分類
第3章 「物語」として見る見方と教育
〜「感情の交流」「告知」「兄弟・家族」の3つの「物語」を考える〜
(1) 怖いけど,動物園に行きたいな…… あるHFの女の子のつぶやきを考える感情の交流を考える物語
(2) 僕,自閉症なんだ…… 子どもの心に触れてつきあいを考える告知すること
(3) 僕,もう学校に行かない…… 「兄弟・家族の物語」を考える
第4章 小さなエピソードを見る
〜「個別理解」から「類型理解」へ〜
(1) 子どもの全体像を捉えるために
(2) 子どもの障害特性を暮らしの中のできごとと結びつける
第5章 エピソードの「類型化」から見る具体的な支援の方向
(1) 子どもの理解を広げる
(2) 子どもの理解を共有する
(3) 具体的な支援の有りようが見えやすくなる
第6章 特別支援教育を創る
〜今,私が思うこと〜
(1) 子どもの心を診断名で見つめないで
(2) 今,できること探し
(3) 1人ひとりの仕事にスポットをあてる
(4) 「無理なことは無理」という発想
(5) 校内研修にて 〜特別支援教育これだけはすべからずの発想〜
(6) 障害児支援員さんとの「対話」から学んだこと
(7) じっくりと「対話」する
(8) 発達障害と社会構造
エピローグ
参考文献

はじめに

 「こんなこと,相談してもよいですか?」

 あるお母さんが恐縮しておっしゃった。

 「息子がおばあちゃんから叱られてばかりで,おばあちゃんと毎日けんかなんです……。」

 「あれ,おばあちゃんと同居していらっしゃいましたっけ??」

 確か,核家族だったはずだが……と記憶を探りながら,「ささやかな」でも,ご家族にとっては「重大な」お話を伺い始めた。

 教育の現場ではよくあるであろう光景だと思う。

 僕や,僕の周りのプロ仲間は,ご家族が,著名な先生には質問しにくいような小さな話を伺い,請け負うことを得意としている(つもりである)。

 ある時,後輩のプロからメールが届いた。

 メールには,次のような内容が書かれていた。

 「毎日,『ささやかな』でもご家族にとっては『重大な』お話を伺いながら仕事をしているつもりだった。本人たちと向き合い,ご家族に向き合いながら進んでいるつもりであった。ところが,ある時,『発達障害の専門家から助言を受けてやっていくように』という指導を受けた。やって来られた専門家の方は,子どもの暮らしぶりや家族の背景,家族の思い,これまでの経過はいっさい聞いてくれずに,その場の子どもの様子だけを見て,「発達障害」の特性を説明された。そして,障害特性に応じた指導が不足していることを指摘された。自分が今までやってきた仕事は,いったいなんだったのだろう……。」

 このような思いが綴られていた。

 僕は,返事を書いた。

 「専門家と言われる人は,例えば自閉症の子どもたちの動きを見て,その動きから自閉症として『類型化』された特性を見抜くことを得意としているのだと思う。それは,自閉症と言われる子どもたちをたくさん知っているからできる得意技。でも,専門家は,自閉症の子どもたちを見て,その子がカレーライスが好きか,クリームシチューが好きかについて当てることはできない。どのメーカーのカレーが好きかについてもむろん知らない。それらは,暮らしを共にしているご家族や担任の先生方の得意分野。ご家族や担任の先生方は,子どもたちの暮らしのエピソードをたくさん知って,暮らしを一緒に作りあげる専門家なのだと思う。だから,子どもたちの細かいところをよく知っている人がいないと,子どもたちは幸せになれないんだ……。」


 「障害」として見ないことで見えてくる子どもたちの姿。

 あえて「障害」として見ることで見えてくる,子どもたちの違った姿。

 小さな,でも大切なエピソード。

 その子と周囲の方々が紡ぐ,世界に1つだけの「物語」。

 どれも,「教育」が「保育」が大切にしたい事柄だと思う。

 「教育」の専門家として,子どもたちへ注ぐまなざしとその視点,子どもたちのエピソードとその整理法,そして子どもたちを取り巻く小さな「物語」について,率直かつ愚直に綴ってみたいと考えている。

著者紹介

青山 新吾(あおやま しんご)著書を検索»

1966年,兵庫県生まれ。

1989年より,津山市・備前市にて小学校へ勤務。

現在,岡山市立石井小学校通級指導教室担当。

学校心理士。臨床発達心理士。

※この情報は、本書が刊行された当時の奥付の記載内容に基づいて作成されています。
    • この商品は皆様からのご感想・ご意見を募集中です

      明治図書

ページトップへ