- はじめに――何がほんとうの支援教育なのか
- 第T章 ぼくの心
- 1 小学四年生のゆうき君
- 2 小学三年生のまこと君 八歳
- 3 けんとさんの体験
- 4 まさおさんの不安と恐れ
- 第U章 大人の常識、それってほんとう?
- ○親がなくても子は育つ?
- ○子どもは外が好き?
- ○子どもは小さいときのことなど覚えていない?
- ○お友達とは仲良く遊ぶと褒められる?
- ○友達は多いほうがいい?
- ○大人の言うことは正しい?
- ○嘘をつく子は悪い子?
- ○親は子どものことを何でも知っている?
- ○親ってありがたいの?
- ○記憶って忘れていくもの?
- ○学校に通うのは当たり前?
- ○勉強はこつこつするもの?
- ○いやなことをしないのはわがまま?
- ○友達は仲良くしないといけない?
- 第V章 アスペルガー特性と子どもの発達
- 1 けんちゃんの概要
- 2 けんちゃんの心の発達プロセス
- ○絵と吹き出しによる視覚からの理解:三歳三か月〜三歳六か月
- ○文字による理解:三歳七か月〜四歳三か月
- ○自分で書く:四歳四か月〜五歳九か月
- ○パソコンを使って書く:五歳十か月〜
- ○絵を用いて自分の思いを表す:六歳〜
- 3 けんちゃんの成長のカギ
- (1) 心の発達に注目したかかわり
- (2) 社会への架け橋としてのノート
- (3) お母さんの声の調子
- 第W章 違和感の答え探し
- 1 一番怖いもの
- 2 目から鱗
- 第X章 アスペルガーへのアプローチ
- 1 心の発達という見方
- 2 アプローチの目的と取り組み
- 3 コミュニケーション能力・社会性の基となるもの
- 4 これからの取り組み
- おわりに
- 文献
はじめに――何がほんとうの支援教育なのか
「小学校、中学校、高等学校および幼稚園においては、教育上特別の支援を必要とする幼児・児童・生徒に対し、障害による学習上または生活上の困難を克服するための教育を行うものとする事項」(第75条1項)が打ち出されたことにより、教育機関の変革が求められ、教育上の支援を必要とする児童・生徒への教育が重要課題となっている。
これまでにも集団生活の中で過度に緊張をする、しゃべれない、落ち着きがない、社会的マナーやルールがわからない、コミュニケーションがとれない、ちょっとしたことで癇癪を起こしたり暴れたりする、知的に問題がないと思われるのに簡単なことを理解しないなどの問題が提起されたり、また不登校や引きこもりといった問題のとらえ方もされたりしてきた。これら諸問題と関連して、知的に問題はないが学校で困難を抱える子ども個々人のニーズにかなった教育に目が向けられ始めた。
教師に向けた研修もこの二、三年で多種多様に提示されている。しかし、教師や子どもにかかわる側にとって最も注意しなければならないことは、知識を増やしハウツーを学ぶ以前に、その対象となる子ども自身が発信しているサインや今・ここで生じている困り感をキャッチし、問題をよく観察し、一人ひとりのそのときのニーズについて考えるということであろう。
D・W・ウィニコット(Winnicott D.W., 1971)は「人間の本性について対人関係の側面から述べられた見解は、たとえ機能について想像力を駆使して詳細に論じても、(中略)やはり充分なものとはいいがたい」と述べている。大切なことは対人関係をうんぬんすることより、先に目を向けなければならないことがある。その点をなおざりにして知識と技法を増やしても、子どもの心の発達という点からみると的が外れている可能性があるということである。
個々人のニーズに注目するということは、より一人ひとりの発達の仕方を軸にして考えるということだ。同じ出来事を体験してもそれをどう感じたか、それについてどう思ったかなどの内的現実は十人いれば十通り、百人いれば百通り人によって異なる。豊かであったり、貧しかったり、また、平和であったり、戦闘状態であったりする。しかし大方は同じような感じ方をし、同じような思い方をするとの大前提のもと、あたかもそれが正しく当然のように錯覚してしまっている。
アスペルガーの特性とは、そうした大多数と異なる感じ方や考え方をもつがゆえに、周囲の人々から誤解を受けたり間違ってとらえられたりする。彼らがどう行動するかではなく、どう体験しているのか、それが理解できないとワンパターンの指導・支援となり、それでは意味をなさなくなる。子どもを教え育てるためには、子どもの内的世界を知ることが技法よりも優先されるべきだろう。それをわかった上での特別支援である。
この本は単にアスペルガー障害やアスペルガー症候群とは何かについて書かれた本ではない。アスペルガーの特性をもつ子どもや青年たちが、ごく日常的な、皆が何も意識せずにやり過ごしている出来事をどのように体験しているかについて生の声が記されている。彼らの個性的でユニークな特質やパーソナリティが、発達・発展をしたいと願いながら、なぜうまくいかないのか、その疑問を解く鍵を少しでも示唆できたらとの思いを込めて書いたものだ。
アスペルガーの特性をもつ人たちが、一人ひとりのパーソナリティをもち、一人ひとりその特性のあり方も異なっているために、一言でアスペルガーの臨床像を提示することは難しい。深く鋭敏に感じてしまう感覚領域、従順さでカモフラージュしながらも自分自身の感情や意志を認識できない中核の自己領域、 知的能力で補っているが本人が集団の中で異質感や違和感として感じてしまうコミュニケーション領域などは外見では見逃されやすい。
一見しては何の問題がないように見えるのに、疲労感を訴え不登校になっていく子どもたちの中には自分自身さえ意識されていない優れた能力への無理解と、周囲に合わすことの大変さが共存しているように見える場合がある。そうした子どもたちが、自分に備わった特性に気づき、それを楽しみ、伸ばせるようになれば、彼らはより深みのあるユニークな人生を送ることができるだろう。
/林 知代
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- 明治図書