- まえがき
- 第T部 特別支援教育の基礎理論
- 第1章 特別支援教育で踏まえておきたいこと
- 1 現状をどうみるか
- 2 特別支援教育は特別な教育ではない
- 3 特別支援教育の「支援」とは
- 4 障害のある子どもたちが「学校」と「社会」をつなぐ
- 5 特別支援教育の二つの意義
- 6 特別支援教育に山積する様々な課題
- 第2章 特別支援教育の基礎
- 1 厳しい現状と世界の動向
- 2 子どもたちの実態の重複化・多様化
- 3 人間は共に生き,共に死ぬ
- 4 学校は「小さな共生社会」
- 5 環境的促進因子としての教員
- 6 教員の専門性の基本は愛情
- 7 特別支援教育は試行錯誤と冒険の時代
- 第3章 特別支援教育の原理と方法
- 1 日本国憲法と教育基本法の精神
- 2 生命の尊重と人権感覚
- 3 障害は社会との相対的な概念
- 4 主体的・創造的人間の育成
- 5 特別支援教育における自立と社会参加
- 6 訓練的方法から支援的方法への重心の移動
- 7 教育と福祉の連携協力の時代へ
- 8 「発達障害者支援法」の施行
- 第4章 特別支援教育の取り組み
- 1 特別支援教育の基本的方向
- 2 多様なニーズに応じた「個別の教育支援計画」
- 3 キーパーソンとしての「特別支援教育コーディネーター」
- 4 ネットワークとしての「広域特別支援連携協議会」
- 5 小・中学校等を支援する特別支援学校(盲・聾・養護学校)の役割
- (1) 基本的な考え方
- (2) 障害種別を超えた特別支援学校
- (3) センター的機能
- 6 小・中学校は全体的・総合的な対応へ
- (1) 基本的な考え方
- (2) 校内における特別支援教育体制の確立
- (3) LD・ADHD・高機能自閉症等の子どもたちに対する支援
- 7 保護者という人材の確保
- 第5章 教師の専門性と還愚の思想
- 1 子どもの教育的ニーズ
- 2 特別支援教育における専門性とは何か
- 3 障害の構造と専門性
- 4 個人としての専門性
- 5 組織としての専門性
- 6 専門性を支える哲学としての還愚の思想
- 7 方法としてのコラボレーション
- 第U部 特別支援教育の実際
- 第1章 子どもたちを理解するための基本的姿勢
- 1 多様な障害のある子どもたちの存在
- 2 障害の有無にかかわらず教育の原点は同じ
- 3 もしも自分が障害のある子どもの立場だったら
- 4 ディスコミュニケーションからの出発
- 5 違いを前向きに楽しむ
- 6 大らかで寛容な態度
- 第2章 子どもたちの実態把握と教育方法
- 1 子どもたちの実態をキャッチする観点
- (1) 体調はどうなのか[健康面]
- (2) 気持は安定しているのか[精神面]
- (3) 見る,聞く等々の感覚はどうなのか[感覚面]
- (4) 手指や足の動きはどうなのか[運動面]
- (5) 身振りや言葉でやりとりができるのか[コミュニケーション面]
- 2 子どもたちとかかわる際の基本的条件
- (1) 子どもにとって安心できる人になる[人的環境の構成]
- (2) 教室にホッとできるような「居場所」を作る[物的環境の構成]
- 3 指導をコインの表(受容)と裏(対決)との関係で把握する[指導の原則]
- 4 矛盾体としての人間を,アウフヘーベン(統一)していく存在として把握する[人間観]
- 5 五つの本能・原興味への着目[指導の目的]
- 6 五つの感覚を媒介とする[指導の手段]
- 7 医療的側面を有する子どもたち[配慮]
- 第3章 自立活動の基本的理解
- 1 障害のある子どもたちの独自の領域[意義]
- 2 心身の調和的発達の基盤を培う[目標]
- 3 人間の行動の基本的な要素と困難を改善・克服するための知識・技能・態度及び習慣を養う[内容]
- (1) 健康の保持[四つの項目]
- (2) 心理的な安定[四つの項目]
- (3) 環境の把握[四つの項目]
- (4) 身体の動き[五つの項目]
- (5) コミュニケーション[五つの項目]
- 4 「個別の指導計画」の作成のコツ
- 第4章 自立と社会参加を目指した指導の実際<自傷行為の激しいゆりちゃんとのかかわり>
- 1 趣旨
- 2 指導の目的
- 3 ゆりちゃんのプロフィール
- 4 転入学当初の様子
- 5 問題の所在
- 《過去10年間,祖母とのかかわりを中心とした生活》
- (1) 自宅から寄宿舎生活へ[安心できる人と場所がない]
- (2) 頬たたき,拒食等,適応が著しく困難[伝達手段がわからない]
- (3) 狭く限られた人間関係[祖母以外の人間関係が皆無に近い]
- 6 指導仮説
- 《歌と散歩(探索)が大好き》
- (1) 気持を落ち着かせるにはどうしたらいいのか[情緒の安定]
- (2) 相手に伝える方法をいかに身につけるか[意思の伝達]
- (3) 集団への適応をいかに図るか[社会参加]
- 7 指導の経過
- (1) 情緒が安定するまで[9月〜12月]
- (2) 意思の伝達ができるようになるまで[10月〜翌年3月]
- (3) 集団としての「朝の会」に参加できるようになるまで[12月〜翌年3月]
- 8 指導の結果
- (1) 担任の手を引いて教室まで行くようになる[情緒の安定]
- (2) 自ら歌を要求し,最後まで歌う[意思の伝達]
- (3) 自ら「朝の会」に最初から最後まで参加する[社会参加の萌芽]
- 第5章 実践を通して得られた知見
- 1 社会参加への過程
- (1) 潜在的有意味性と社会参加の萌芽
- (2) 長所(つくられてきた興味)を活用して短所を克服する
- (3) 母親の胎内で経験した四つの感覚の活用
- (4) 視覚の活用について
- (5) 周囲の大人(教員や保護者)の学習観の改革
- 2 社会参加(子どもの変容)の源泉と条件
- (1) 社会参加(子どもの変容)の源泉
- (2) 社会参加(子どもの変容)の条件
- 参考文献・資料
まえがき
本書の趣旨は,教科等を専門とする小学校や中学校の先生方に,特別支援教育の基本的な考え方とその実際を通して,この教育に関する大まかなイメージを持ってもらうところにあります。一種の入門書です。
周知のように,学校教育法等の一部改正により,小・中学校は校長先生はじめ学校全体で特別支援教育を推進すべきであると明確に位置付けられ,いよいよ2007(平成19)年4月から本格的にスタートします。小・中学校の先生方にとって,他人事ではなくなります。
私は,特別支援教育の最も大きな鍵を握っているのは,障害のある子どもの理解者であり,環境的促進因子としての小学校や中学校の先生方だと思っています。しかし,学校現場は超多忙で,しかも自分の専門教科で手が一杯。特別支援教育どころではないという話をよく耳にします。関心のない先生,困っている先生がいらっしゃることは百も承知です。にもかかわらず,教室には周囲の人たちからなかなか理解してもらえず,困っている子どもたちがいることも現実なのです。
本書は,そのような困っている小・中学校の先生方を対象として書いたものです。各教科等を進めるにあたって,障害のある子どもたちのことを理解して欲しいからです。超多忙な中で頑張っている小・中学校の先生方に読んでもらうために,自分の新任教師の頃を思い出し,「もしも自分だったら,どのように説明してもらったら一番理解しやすいだろうか」ということを常に念頭におきながら本書を作成しました。
自分を相対化し,自分に語りかけるように,話し口調で進めていきました。同じことを何度も繰り返し述べていることも多く,失礼かなと思いながらも,少しでも自分の気持ちを伝えたい,障害のある子どもたちの様子を知ってもらいたい,そのような願いを込めて書き綴りました。
私が,各教科を専門とする小・中学校の先生方に,本書で伝えたいことは二つです。それは,17年間の現場経験で得た結論でもあります。
第1点目は,障害のある子どもたちの指導方法は,教科を専門とする通常の小・中学校の子どもたちの指導方法と基本的には同じであるということです。配慮の仕方が異なるだけです。
第2点目は,障害のある子どもたちの自立や社会参加は,周囲の人たちの在り方・雰囲気,具体的には学校全体のチームワーク・支援体制によってほぼ決定されてしまうという現実です。それは,環境的阻害因子にならないという決意を学校全体の共通認識とするということでもあります。
私が特に強調したいのは,環境的促進因子としての教員の在り方です。私が何故そのような結論に至ったのか,本書ではその理論的背景と私の実践を通して実証してみたいと思っています。
以下の手順にしたがって論を展開していきます。
第T部は,特別支援教育の基礎理論です。第1章では特別支援教育の現状や意義等について,第2章では子どもの実態の変化,環境的促進因子としての教員の立場等について,第3章では生命と人権尊重の哲学,相対的障害観,目指す人間像,支援的方法論,体制論等について,第4章では,「個別の教育支援計画」「特別支援教育コーディネーター」「広域特別支援連携協議会」,特別支援学校の役割,小・中学校の在り方,保護者という人材の確保等について,第5章では個人的専門性と組織的専門性の統一とそれを支える還愚の思想等について整理しています。
第U部は,私の特別支援教育の実践例を中心に述べます。第1章では子どもの立場の相対化や異文化としてのかれらの存在等について,第2章では子どもたちの実態把握の観点やかかわる際の基本的な条件等について,第3章では自立活動の意義,目標,内容等について,第4章ではゆりちゃんが特別支援教育の目的である自立と社会参加まで辿りついた展開過程等について,第5章では実践を通して得られた知見ということで,自立と社会参加および子どもの変容の源泉と条件等について分析します。
ゆりちゃんの自立と社会参加の萌芽は,本児の成長する力もさることながら,環境的促進因子としての周囲の関係機関の人たちとのチームワーク・支援体制,連携協力によって得られたという結論が導き出されます。
本書を作成するにあたり,頭を悩ませたのは差別に関わるような言葉です。例えば「障害」という言葉は使用したくないというのが本心です。「特殊学級」という言葉も同様です。しかし,行政上,便宜上において止むを得ず使用している場合があることをあらかじめお断りしておきます。
本書は,主に小・中学校の先生方を対象としていますが,幼稚園,高等学校,特別支援学校の先生方,通常学校の保護者の方,福祉や就労関係の方々にも是非読んでほしいと願っています。特別支援教育は,小社会としての学校だけではなく,21世紀の日本や,世界全体の問題でもあるからです。
本書はあくまでも特別支援教育の原理原則を述べた入門書です。詳しくお知りになりたい先生は,巻末に参考文献をたくさん挙げておきましたので,そちらをお読みになっていただければと思っています。なお,登場する子どもたちや先生方の名前はすべて仮名としました。
本書を作成するにあたり,山口正剛さん(吹田市立豊津中学校),瀧本一夫さん(大阪府立守口養護学校),大中裕理さん(大阪教育大学附属養護学校),大阪教育大学3回生の楠田喜世さん,関絵里子さん,西垣妙子さん,根来陽子さん,吉井佑季さんにはいろいろとお手伝いいただきました。心より感謝しています。
最後になりましたが,本書の企画・作成の過程において,特別なご配慮をいただきました明治図書出版株式会社並びに編集部の三橋由美子氏,及川誠氏に,心より御礼申し上げます。
平成19年2月 著 者
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- 明治図書