- はじめに―本書に見られる幼児の美術活動の特徴にふれて
- T 幼児の造形活動の見方・考え方
- 1 【座談会】幼児の美術教育で大切にしていること
- (1) 線と色の2つの側面を大切にしよう
- (2) 線描=つぶやき画は造形表現活動の原点
- (3) 色彩との人間的で豊かな出会いを生み出す
- 2 幼児の絵の読み取り方・接し方
- (1) 幼児の絵は,子どもの心・メッセージ・ことば
- (2) 1枚の絵には,多くの思いが込められていることを受けとめる
- (3) 見た目だけで判断すると子どもの思いを読み取れないことがある
- (4) 子どもの絵は生活そのものを表す
- (5) 表現はコミュニケーションである
- (6) 科学性と芸術性やファンタジーの重なり
- (7) 生活のゆたかな表現
- U 生活から生まれる豊かな表現
- <造形表現で生きる総合保育のヒント1>
- 年齢ごとの造形表現活動の特徴と保育者の接し方
- 1 1・2歳児の生活と表現 子どもの思いをていねいに読みとる
- (1) 表現への出発
- (2) 線描の世界の広がり―2歳児春ちゃんの絵をとおして
- 2 3歳児の生活と表現 「みてみて! あのね」とたくさんのお話をする
- (1) 3歳児は好奇心・探究心がいっぱい
- (2) 線描をとおしてたくさんのお話をする
- (3) 体をいっぱい使って多様な色あそびを経験する
- 3 4歳児の生活と表現 のびのびとした表現の広がり
- (1) 「せんせいあれみてみぃ」の一言から始まった4歳児との生活
- (2) 春のひとこま―いろいろな虫との関わりの中で
- 4 5歳児の生活と表現 自然に心をかよわせ,豊かな対話とファンタジーを
- (1) 1冊の絵本の中に込められた心を受けとめる<保育所の思い出の手作り絵本から>
- (2) 「いちょうの木」との関わりを通して―友達との関わりの中で育つ
- 5 特別報告 小林勇太君「ぼくの魚図鑑」
- (1) 勇太との出会い 4月始め
- (2) 今,何が釣れるんど―勇太との話の糸口 5月
- (3) 僕んとこツバメの巣あるよ―絵をきっかけに 6月
- (4) 「これはな,第26鳥羽丸やんな」―空き箱製作に夢中 8月
- (5) 魚の絵から魚つりごっこへ 9月
- (6) 今日は魚いっぱい描けるんよなあ―水族館の絵から 10月
- (7) 「魚つりのおっちゃんやったら,したろか」―劇あそびでいきいきと11
- (8) できへんだ時,おなかも痛くなってきたん―苦手なことへの挑戦 1月
- (9) 家にも水族館つくったんやんな 2月
- (10) ぼくの魚図鑑
- (11) もっと絵が描きたい―その後の勇太
- V 造形表現活動の多彩な展開
- <造形表現で生きる総合保育のヒント2>
- 多彩に展開される造形表現活動と色あそび
- (1) 造形表現活動の展開例
- (2) 色あそびさまざま
- 1 造形あそびからごっこあそびへ
- (1) 日頃から造形的なあそびを楽しむ
- (2) 買い物を実体験
- (3) お店屋さんごっこの実際
- 2 感覚とファンタジーを広げる色彩豊かな造形活動
- (1) 個人持ち絵の具と出会う
- (2) チューリップは虹の色で染められているんだ
- (3) 夜のチューリップを描く
- (4) ヒョウタンのおひなさま(5歳児共同作品)
- 3 壁面も子どもたちの表現
- はじめに
- (1) 壁面も子どもたちの表現
- (2) 実践 壁面づくり「バッタとりは,楽しいな」
- おわりに
- 4 対話と造形を生かした劇あそび
- はじめに
- (1) 「3びきのやぎのがらがらどん」のお話から劇あそびに
- (2) ヤギの面を自分で作った
- (3) がらがらどんになりきってあそぶ
- (4) 保育参観当日
- (5) 劇あそびを通して感じたこと
- 5 「りゅうの天ちゃん」――1年間の保育の展開を通して
- (1) “タツノオトシゴ”立って泳いどったよ 5月
- (2) りゅうのイメージづくりをする 6月
- (3) 「天ちゃん」の歌づくり 6月末から7月初
- (4) 夜空,森,海の「天ちゃん」を描く
- (5) 「天ちゃん」を総合的な表現に
- まとめ
- W 豊かな保育や表現活動を生み出す園づくり
- <造形表現で生きる総合保育のヒント3>
- 豊かな保育環境づくりマニュアル
- (1) 保育室
- (2) 玄関
- (3) 廊下・ホールなど
- (4) 園庭
- 1 自然と造形活動
- はじめに
- (1) 《自分のイチゴ》作り―子どもたちの内面の育ち
- (2) たのしい栽培―はっとするような植物との出会い
- 2 行事に必要な造形も生活の中から手作りで
- (1) 行事と造形活動
- (2) さら砂の下の石に興味を持って
- (4) おひなさまも石でつくろう
- (5) 行事の造形活動を手作りで
- 3 私と手作りおもちゃ――保育環境を手作りで
- はじめに
- (1) 手作りおもちゃ第1号―五月人形
- (2) 安全な箱いろいろ
- (3) 立体の人形
- (4) おまつりごっこの展開
- おわりに
- 4 地域に開かれた園づくり
- (1) おじいちゃん,おばあちゃん,ありがとう
- (2) 行事を通して地域に開かれていく保育所
- (3) 地域のお年寄りにふれて
- (4) 子どもの絵を通して家庭と連携
- (5) 地域の生活の中にある保育所へ
- おわりに
- 付録 <お奨め造形材料・用具>
- おばあちゃん先生の子どもたちをわくわくさせる描画材料
- 交流・コミュニケーションとしての造形表現活動
はじめに
本書に見られる幼児の美術活動の特徴にふれて
近年,私はここに集っておられる方々と,その保育実践に出会うたびに,保育内容の豊かさと真摯な取り組みの姿に魅了され,教えられ,「これぞ本物の幼児教育!」といった感を強く抱くようになった。
巷では社会の激しい変化などに伴うきしみから,「家庭崩壊」や「子どもの荒れ」が取り沙汰されているが,ここではそんな暗い状況を吹き飛ばすかのような,はつらつとした現実がある。訪問のつどうれしくなるのは,なにせ,子どもたちがダイナミックに躍動し,日々が満たされているせいか,子どもの瞳が内側から輝いていることである。もとより,それには保育者の一方ならぬ苦労や特段の努力があってこそだが,それにしても今の世の中でよくもまあ,すごいことだ,と思わずにはおれない。ここには間違いなく,子どもを中心に据えた教育愛で結ばれた保育の日々がある。
当然,「押しつけ」「やらせ」などの強制はありえないし,また勝手気ままな「自由・放任」の無責任さは許されない。あるのは<児童憲章>や<教育基本法>の精神を保育に生かし,子どもの発達に相応しい心を通わす生活や学びであり,また子どもたちの意欲的なあそびや創造的な表現活動である。さらに,いきいきとした保育をつくりだそうと手をつなぐ保育者集団とよき先達,そして多数の父母の輪がある。こうした信頼関係の絆のあるもとでは,すべては好転し,心は開かれ,対話や伝え合いが弾む。その影響をしっかり受けるのは子どもたちであり,現に心を閉ざして入所してきた子どもも,安心して心を開き,よくあそび,進んで学び,表現して,着実に成長していく姿がある。
私は15年も前にこの方々と出会ったのであるが,当初,子どもたちの絵や造形に見られるのびやかさ,それでいて入念な表現の素晴らしさに見惚れ,その写真を持ち帰り,どうしてこんなにも集中した素晴らしい表現が生まれるのだろうかと妻に聞くと,「それは保育そのものが全体的に素晴らしいからよ」とずばり。たしかに,表現は子どもの心を率直に映し出し,子どもの育ちの質を端的に示すことから,<豊かな保育のあるところ子どもは輝き,内容豊かな表現が生まれる>という当たり前のことを,まず押さえておきたい。
次に,それにしても,子どもが進んで表現活動に取り組み,持てる力を発揮し,さらに意欲を燃やす美術活勤にむけて,そこにどんな手立てや対応がなされているのだろうか。最も知りたい事柄である。
そこで私は,その具体的な柱とも思われるもの,または「特徴」といえるものを,あえて次の9項目に取り出してみたい。以下,思うところも添えて並べてみたい。
1 まずは,なによりも人問らしい「生活」が全ての活動の基盤となっていることである。
日頃の生活から湧き出る思いやイメージを,その子に応じて表現につなげることから,表現の中にドラマやポエジーを含む生活感情や思いがにじみ出ている。こうした表現活動そのものが同時に実りある生活となっている。
2 部屋や廊下に,子どもの表現作品が中心的に飾られ,そこに子どものことばが(つぶやきを文字として)添えられていることで伝え合いや共感がいっそう深まっている。それは同時に,子どもの世界の広がりとなり,そこでの刺激は表現へのさらなる意欲につながっている。
3 自然と積極的に関わり,散歩や飼育・栽培での生々しい体験や実感が「五感」を鍛え,深く表現に結びついている。同時にそこで出会う「生命」に心を寄せ(チョウ・カタツムリ・カマキリ・ニワトリ・野の花など),対象の色や形の美しさや不思議さに目が向けられ対話がはずむ。
4 色彩が大事に扱われ,色水あそびから,てんてん色あそび,おしゃれな模様などへとつなげ,さらに,パス・コンテ・水彩・フエルトペン・ポスターカラーなど,多様な材科や色を数多く用意して,予どもの美的感性に応えている。
5 物語やことばと結びついた子どもらしいファンタジーやイメージの広がりと楽しみがある。例えば,1歳児ではスクリブルの中で,2歳児ではお話の発生とともに,3歳児では意味づけや関係表現に伴い,5歳児ともなると生活俳句・絵や絵本,壁面画などへの挑戦で,心情が豊かに培われる。
6 運動会や生活発表会などの行事と造形表現活動が総合的に結びつき,一体的に高まっている。劇の舞台や,衣裳などの小道具づくりに,子どもたちは我がことのように夢中になり,創意ある手作りの案内状(デザイン)は他に類例を見ないほどの見事な造形である。
7 地域に根ざした体験や学びを表現につなげており,例えば四季の読み取りや地域活動に目を向け,お年寄りからは伝承的手作りの文化を体験したり,暮らしの話を聞くなどする。こうして園が地域の文化センターの性格も持つ。
8 子どもから学びそれを保育に生かそうと,子どもの発想や意欲を積極的に酌み上げておられる。そこから生き生きとした子どもらしい新しい表現の広がりが見られる。この子どもの積極性を人間発達や生きる力の根源と見る。
9 地に足が着いた保育,生き生きとした表現活動は,それを支え,励まし続けておられる,おばあちゃん先生こと井坂とく先生抜きには成り立たない。雨風いとわず毎日のように早朝から各地の保育所に出かけ,子どもや保育者の喜びを我が喜びとされている。それに続く,本書の編集委員会に参加された方々をはじめ多くの先達のあることも,ここならではの誇りある特徴といえよう。
さて,以上のような特徴は,お互いの実践や交流,研鑽の中で試され,自ずから形成されたものであり,この本に示す日々の実践もまた現実と対応して生々しく,それだけに千金の重みと,ヒューマニズムの温かさが胸を打つ。地域的には「三重幼年美術の会」とともにあって研究や交流の輪が厚いものとなっていることも嬉しい。
こうした幅広い人間の信頼と協力関係がこの本を世に送り出したのである。ここに込められている心を,明日につなげたい。
2000年10月 /浜本 昌宏
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- 明治図書