- はじめに―この方法論の特徴
- 実践編
- T 運動材料から日案まで
- 3年間における運動材料と段階性
- 歩きの段階性
- 走りの段階性
- 体操練習の段階性
- 支え練習,投げの段階性
- とびの段階性
- 課業の流れ
- 3年間の進行計画
- 年少組
- 年中組
- 年長組
- 日案のよみ方について
- U 日案
- 年少組(練習グループ1〜15)
- 年中組(練習グループ1〜17)
- 年長組(練習グループ1〜33)
- V 指導上の注意
- 1 体操練習について
- 2 主要練習の課題のための準備運動として考えられる体操練習
- 3 その他
- 4 道具
- 基礎理論編
- オセツキー・ルイザ
- T 保育園における体育の位置と役割
- 体育の教育の定義
- 体育の概念・目的・課題
- 体育の課題
- 教育の主要な課題を体育の中で追求すること
- 保育園の教育における体育の機会
- U 体育の運動材料
- 体育練習の定義
- 図による運動のあらわし方
- V 体育の過程と課業で用いる方法
- 保育園の体育における教授学的基本原則の解釈
- 保育園の体育の教授過程
- 保育園の体育の課業の組織のし方
- 育児上の配慮とたんれんの課題
- W 体育の組織形態と構成
- 体育の課業の内容と構成
- X 課業案作成の観点
はじめに―この方法論の特徴
3〜5歳の子どもの運動機能の発達,知的水準,心理的独自性などの科学的データをふまえ,作りあげられたハンガリー保育園の体育の題材は,まさに幼児期に好適なものだと確信します.体育でも,音楽でも,数でも,どの課業にも構成があり,構成があることによって,大人と子どもの共同でする仕事としての教授が成立します.
構成があることは,大人の仕事の意識性,計画性を助け,子どもの側からは自立性が助けられます.
構成の各部分は,いつも同じようにつながり,それぞれの課題を果たしつつ,全体をもりあげます.
では,年齢による特徴と独自性はどうでしょうか? まず,3歳児から,課業は全員参加でしますが,もちろん5分間体操の助けもかりて.この年齢は一人ひとりの子どもの疲労度,身体的遂行能力,課業に対する主観的感じ方などに大きな差があるので,最初は喜びあふれた遊びとして体育と知りあい,体を動かしていきます.始めは殆んど走ることをしません.3歳児にとって大勢で走るということは,怖いことだからです.それよりもよつばい,よつ足歩き,はらばいなどを多くします.なぜなら,せまい場所でも走るのと同じくらいの運動量があるからです.だんだんに,一本の円にした長いなわにつかまってする「回転木馬」,おいてあるベンチの間をぬって走り保母の合図でベンチの上にあがり「コケコッコー」となくなど遊びの中で走りを導入します.
3歳では豆がら袋(ジャンボ手玉)とはち巻き(リボン)の2種の手道具を使います.手道具を幼児の体育で使うことの有利さは,少なくとも三つあります.(1)小さい子どもは,手に何かもっている方が運動が分かりやすいのです.(2)もっているものを多様に扱う,もちかえる,にぎりかえることによって手,手先の,字や絵をかくときに使うのと共通な筋肉が刺激されます.(3)始めは道具に,だんだんに道具と自分の体の動きに,というふうに注目の分岐を助けます.
4歳児では,いっしょに揃って運動すること,動きの質,つまりより美しく,より正確に動くことが要求されてきます.手道具では,新しくつみ木が入ります.つみ木をハンドルに見立てたり,つみ木の上に立ったりします.また,つみ木を自動車に見立て,初めは片手,やがて両手をつみ木につき,よつ足歩きでつみ本をすべらせたりします.
5歳になると,子どもたちは大人の指示を規律をもって遂行し,互いに成功を認めあい,助けあうなど,集団的態度の上で大きな前進がみられるはずです.大人は,課業の間,子どもを待たせないで,すみからすみまで濃度の高い運動で満たす責任があります.
この方法論は私たちがハンガリーから学んだものです.その考え方を理解していただくために後編に保母養成校の体育の教科書をご紹介できることをうれしく思います.翻訳は粂栄美子さんにしていただきました.項目ごとにいくつかの質問と演習課題が出されています.私たちも楽しんでやってみることができます.
ハンガリーには,この他に豊かな体育遊びの収集があります.その大部分は伝承遊びのイメージが現代的な集団遊びにしぜんに高められたものです.「幼児の体育遊び集」として明治図書から近く発行されます.この中にはすばらしい遊びの分類があります.あわせて参考にしていただきたいと思います.
先般,この体育をとりいれている幼稚園の四歳児たちの実践発表をみにいきました.それは日曜日で,知らない学校の体育館,知らない大人たちにかこまれて……でも子どもたちはとても楽しく課業をやりおえました.参加者から「とくにベテランの先生でもなし,どうしてこんなに子どもが集中するのだろうか?」と質問されました.助言者であった高校の体育の先生は「子どもは年齢にあった材料を与えられると興味をもってすることができる」と答えておられ,本当にそうだと思いました.子どもが集中することが習慣になってくると,子どもたちの心の動きが私たちに手にとるように伝わってきます.どういう子どもをどこでどう励ましたらよいか,この子にはきびしく,あの子にはもっと要求をしなくては,よりむつかしい課題の必要な子はだれかしら? 等々.二人と同じ子はいないのですから,課業の中で私たちが望むこともいちいちちがっていて当然なのです.
体育は体の教育,健康のための教育の一部です.また正しい日課,健康な生活様式の習慣とも手をつないで自立した心にふさわしい健康で美しい身体を形成する役割を担います.
1984年3月 /西川 渥子
早い復刊を希望します。
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