- 本書を読まれるみなさんへ,本書によせる思い 府立大阪社会事業短期大学名誉教授 /待井 和江
- はじめに
- 第1章 望まれる子育て支援
- アンケートから育児不安や子育て支援の実態を知る
- 1 子育て支援を求める家庭の急増
- 育児不安についてのアンケート調査から 尼崎市医師会 /高原 周治
- 子育てニーズについてのアンケート調査から 尼崎市西保健所 /畠山 文子
- 2 子育て支援にどう取り組むか アンケート結果から学ぶ
- (1)児童虐待と育児不安
- (2)行政の子育て支援とその周知状況
- 第2章 少子社会にふさわしい子育ての環境づくり
- 1 子どもを取り巻く環境の変化
- 2 子育てに対する社会的支援の強化
- 3 多様な子育て支援システムの整備
- 4 エンゼルプランと児童福祉法の一部改正
- 第3章 保育所が実施している家庭支援
- 家族を支えて
- 1 少子化による保育所の変化
- 2 家族を支えて 子どもと親を受け止めた(事例編)
- 事例1 母親と保母の信頼がK君を変えた (実践)尼崎市立東大島保育所 /内山 雅子
- 考察 ようやく見えたお母さんの心の奥
- 事例2 T君の笑顔が家族を支えた (実践)尼崎市立東大島保育所 /中辻 宣子
- 考察 家族のきずなをつくりかえた保母の援助
- 事例3 フィリピンから来た母親を支えて (実践)尼崎市立東大島保育所 /阪田 ゆみ子
- 考察 日本の保育所ってすてき!と感じてほしい
- 第4章 保育所による地域子育て支援
- 1 保育所の子育て支援事業を考える
- 2 子育て支援事業の実際
- 3 今後の課題
- 4 子育て支援の担い手として輝く保育所職員たち
- 第5章 地域の子育て支援
- 1 地域の子育て支援の実際
- 事例1 子育てグループ「チルミルの会」 (実践)「チルミルの会」創設メンバー /中森 康江
- 考察 実らせよう子育てグループの活動
- 事例2 児童館「親子ふれあいクラブ」の講師を担当して (実践)尼崎市立東大島保育所 /桑名 恵子
- 考察 母親同士の交流が一番
- 事例3 子育て学級「虹色クラブ」を実践して (実践)尼崎市立大島南保育所 /白壁 功子
- 「虹色クラブ」の実践によせて(塚口)児童館(元大庄)館長 /山口 逸三
- 考察 地域で実現した自主子育て学級
- 第6章 子育て支援の拠点をめざす
- 地域に期待される保育所
- 1 地域とともに歩む保育所 地域との連携をめざして
- 2 期待される保育所( 事例編)
- 事例1 地域のお年寄りとともに取り組む美化活動 (実践)尼崎市立東園田(元大島)保育所 /中井 茂幸
- 考察 お年寄りと心が通う美化活動
- 事例2 ふれあいイモパーティを実施して (実践)尼崎市立浜田保育所 /重久 玲子
- 考察 お年寄りも子どもも楽しむイモパーティ
- 事例3 地域の子どもとともにあそぶ園庭開放 (実践)尼崎市立東大島保育所 /平瀬 泉美
- 考察 園庭開放でめざめた自然とのふれあい
- 事例4 保健所のリハビリ学級と保育所の交流 (実践)尼崎市立大島南保育所 /白壁 功子
- 考察 お年寄りの笑顔が輝く交流をめざして
- 事例5 地域,保育所で,地域保育の実践から (実践)子育て支援センター「きりんはうす」 /篠原 秀子
- 考察 地域に根づく子育て支援の輪
- 第7章 つなごう子育て支援のネットワーク
- 大阪府立大学助教授 /泉 千勢
- 終章 保育者のプロ意識を高めよう
- 1 保育所の内側を信頼でかためる
- 2 めざそう!明るく,さわやかに地域でつなぐ子育て支援の輪
- あとがき
本書を読まれるみなさんへ,本書によせる思い
府立大阪社会事業短期大学名誉教授 /待井 和江
本書は,実践を通して「子育て支援」の意義,その正しいあり方を明らかにし,これからの保育所の進むべき方向を示したすぐれた著作です。読む人人の意識変革を促し,意欲を高め,明るい見通しを描かせ,子育てを楽しいものにする力をもっています。
生涯にわたる人間形成にとって,最も重要な時期である乳幼児期の子育ての充実は,一人ひとりの子どもが現在を最もよく生き,望ましい未来をつくり出す力の基礎を培うことであり,人々に希望を抱かせるといえます。
ふり返れば「子育て支援」はまず,「仕事と子育ての両立」支援が焦眉の緊急課題として提唱されました。増加の一途をたどるわが国の女性就労は,既婚女性の就労を著しく増大させました。加えて産業構造の変化は,女性の職種・職域を拡大させるとともに,就業形態の多様化をもたらしたのです。
そして,そのことは,都市化,核家族化の進行と相まって,保育需要を多様なものとしていきました。働く母親からは,保育所の増設よりもむしろ保育時間の延長,夜間保育,休日保育,産休明け,低月齢からの乳児保育,病児保育,障害児保育,育児休業明け途中入所などを求める切実な声が高まったのです。遂に昭和40年代にベビーホテル問題が社会問題化するに及び,保育所の空洞化,硬直化−いわゆる保育所役立たず論−が世論をわかせ,保育所の機能拡大の動きが活発化しました。国は次々に保育対策を立て,予算措置を講じましたが,最も要求度の高い保育時間に関する一連の対策や乳児保育さえ,なかなか消化されない実態が長くつづきました。なぜでしょうか。そこには地方自治体における対応の方針が大きくからんでいることは否定できませんが,一方,保母の側が消極的,否定的な姿勢で厚い壁をつくっていたことも事実だったのです。保母の姿勢を形成する最大の要因は,家庭保育を重視する保育観にあったといえます。それは保母が抱く「かわいそう論」とよばれる心情論です。産休明け,0歳児保育などの必要性を理解しながらも,日々子どもと接するなかで,果たしてこれでいいのだろうか,もっと親との接触や家庭生活を大切にすべきではないかと懐疑的になる傾向です。
その考えはいわば正論です。ある県の中堅保母研修で「私は0歳児保育には反対です。それは親をうばい,家庭をとりあげることです。児童福祉とは思えません」と目に涙を浮かべた抗議を受けました。そして,一部ではありましたが拍手があったことが今も目に耳に鮮やかに残っています。でも,そこにとどまっていたのでは,子どもの権利は阻害されます。親の就労や家庭の事情によっては,やむなく劣悪な保育環境での保育に頼らざるを得なかったり,時には放置に近い状況に置かれたりします。今,ここに保育に欠ける実態がある限り,まず,受けて立つ姿勢がなければならないのです。その上で子どもを「かわいそう」な事態に追い込まない保育の実践を追求することが保母の専門性ではないでしょうか。
さらに保母が自戒すべきは,親や家庭,そこでの子育てに固定的なイメージをもっていることです。それは親ならこれくらいはできるはずである,当然家庭がなすべきであるという思いです。子どもの1日24時間を支え合うことからくる親や家庭に対する期待感であるともいえますが,かえって親を追いつめ,不信感を抱かせることにもなりかねません。
社会情勢の変化は,保育需要の多様化を「在宅育児支援」に拡大してきました。これまではむしろ恵まれた子育て環境にいるとして問題視することのなかった家庭で育てられている子どもたちに,一時的,緊急的であるにしろ,家庭外保育を必要とする事態が生じ,その対策が求められるようになったのです。現場ではそのことは十分理解できるとしながらも,定型的な保育との調整から難色を示す例もありました。そして,平成4年に設定された「育児リフレッシュ事業」に至っては甘やかしである,ぜいたくであるとする強い反発がありました。
本書はそうした葛藤を見事に克服し,保育所保育の基本的役割が,「児童福祉」から「児童家庭福祉(家族福祉)」へ,さらに「地域福祉」へとその対象とともに拡大していく動向を確実に自分のものとしています。その行動力を高く評価したいと思います。
それはとりもなおさず,子育て協働体制を構築するものといえます。保育所がいかに努力しても,子育て環境として万全ではありません。すぐれた独自性をもつ一方で本質的に限界をもっています。また,子どもにとって保母と母親は異なる独自の役割をもっています。
保育所保育は家庭,親との協働−共育て−が不可欠です。それは家庭養育の補完にとどまらず,家庭や親が本来もっているすぐれた子育て機能をひき出し,発揮させます。さらに保育所は地域の社会資源と協働体制をとることで保育所だけでは果たし得ない機能の拡大,専門性の向上を可能にします。
「在宅子育て家庭」と保育所の協働体制は,かつて自然発生的に世代間に存在した子育ての伝承機能を復活させ,親同士の子育てサークルを育成することで,失われた地域の相互扶助機能を新しいかたちで再生させます。
こうした協働体制の積み重ねがやがては地域全体の子育て支援ネットワークに発展していきます。
本書はそうした経験や手法をわかりやすくあたたかい文章で述べていて,思わずひき込まれ共感したり啓発されたりします。ぜひ,読み取ってほしいと思います。
子育て支援の範囲は広く,まだまだ残された課題は多く,協働体制の開拓が求められています。そこに保育所のかけがえのない存在意義が問われていることを思い,心からの声援を送りたいと思います。
平成5年,およそ3か年をかけて作成した「尼崎市の保育−よりよい実践をめざして−」で望ましい保育所像を出そうとした時,時期尚早であるとして「地域に開かれた保育所」,「地域保育センターとしての保育所」を今後の課題に託すにとどまったことを思う時,本書によせる感慨は深く,大きな歓びを感じています。
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- 明治図書