- プロローグ
- 四月
- さまよいとまどいながらも 一つ大きくなりました!
- 心が動く やってみる そして のめり込む!
- スズランテープの洪水だぁ
- イメージの世界で浸りきる
- 石けんでつくるクリーム 四歳児と五歳児の違いは?
- 寿司屋の職人さんに学ぶ保育の技
- 子どもの姿から発想する「遊びのネタ」
- 五月
- 相手の気持ちはわかるんだけどなぁ……
- 保護者からのお電話「先生ちょっとご相談が……」
- 雨の日の子どもたち
- 言葉が言葉に育つとは?
- 同じ白砂遊びでも
- 砂場は大にぎわい
- お道具洗いは楽しいな
- I LOVE たたかいごっこ
- アワづくりの奥深さ……
- 四歳児はダイナミックだけではないのです―指先の動きを意識して
- 六月
- 目的をもって…ひたすらに
- 経験から考えるキャップの穴のあけ方
- 四歳児の鬼ごっこ
- 雨降って地固まる
- やけに楽しそうなお片付け
- 土粘土遊びに込められた秘密
- 「ごめんね」のかわりに―相手の気持ちに触れた時……
- 七月
- 小学校生活につながる幼児期の学び
- 自分から逃げないでいやなことにも立ち向かって
- 個別懇談会が始まりました
- 個別懇談会語録集 その一
- 個別懇談会語録集 その二
- なぁにがおもしろいのかなぁ?
- 生まれてから今日までの経験をフル活用した弁解
- コラム ―四歳児における保育者の役割
- 八月
- 痛みの伴う二学期?
- 本屋での叫び声
- 九月
- あのね、泣きたくなったの
- 進化するたたかいごっこ
- 何にひかれているのかなぁ
- 存分に体を動かすだけが四歳児じゃない!
- 何で俺がせんならんの!
- キーワードは五つ
- 十月
- 教育実習生からの贈り物
- くせのあるラーメンはまた食べたい
- 学生がみとる四歳児の本質とは?
- 体を動かそうとする子どもたち―本能的に運動会に向かっているのかな
- Aちゃんの木登り
- 運動会を子どもたちはこのように考えています
- 運動会に向けてやる気満々
- 運動会という生活
- 運動会スケッチ
- 十一月
- 二学期……懇談会スケッチ
- まさあき先生 北欧へ行く
- 旅の代償は……
- 流れの中で生きることの大切さ
- 十二月
- JR時刻改訂のその日
- クリスマス飾りの材料が
- 友だちを感じて その一
- 友だちを感じて その二
- 進化する鬼ごっこ
- 年長さんの生活発表会
- コラム ―四歳児の学び
- 一月
- たくましくしっかり
- 手紙で気持ちを伝え合う
- こおり鬼に見る子どもたちの成長
- 長縄遊びのバリエーション
- してはダメなことから次の生活が生まれる
- 遅い片付け
- 二月
- 四歳児の二月予想図
- 生活発表会「きゃっつ」
- 生活発表会のある生活って楽しい
- 豊かに表すもも組 見通しをもつさくら組
- せんせい あのね
- 生活発表会のリハーサル
- 五歳児・三歳児とのかかわりのなかで
- 生活発表会を通して育つ子どもたち
- 楽しかったですか?「みゅーじかる きゃっつ」
- 保護者からの感想
- 三月
- もうせんせいにあきた
- かくれんぼがしたくて
- 砂遊びに見る子どもたちの成長
- 徒然なるままに……
- エピローグ
プロローグ…春
春という季節は生命の躍動感を感じさせてくれます。特に、子どもたちとの出会いを心待ちにしている保育者にとっては、期待と不安が錯綜する中で、見るものすべてが輝きます。そして、また今年も出会いの春がやってきました。本書は、保護者を対象に毎日発行してきた学級通信を構成しなおし、疾風怒濤の四歳児の四月から三月までの生活を、具体的な事例を中心に描いたものです。
四歳児という季節は、幼児期はもとより、人間の一生の中でも言葉に表現することが大変難しい時期ではないかと感じます。言葉では表現しにくいのですが、人生の中で最も大切な時間でもあると感じます。ロバートフルガムが「人生に必要な知恵はすべて幼稚園の砂場で学んだ」と言っていますが、この幼稚園の「時間」は、特に四歳児の「時間」が重要な意味をなしていると考えます。
三年保育で入園した子どもたちは、まず三歳児の生活を始めます。その生活のさまを見て、三歳児の姿を「宇宙人」と例えることがあります。三歳児は先生との関係性で安心感をもち生活を過ごします。友だちとのかかわりを中心にした生活ではなく、自分がひかれたものや素材にひたすら向かう姿が見られます。土や水、砂などそのものにじっくりかかわり、同じことを繰り返します。よく、保護者が「うちの子は友だちがいないみたいで心配です」と吐露されますが、それは当然の姿で、まずは人ではなく、自分が気に入った「もの」との対話を始めるのです。その対話を通してかかわり合う力を育てていきます。これが後々の人とかかわり合う姿の原風景になってくるのです。
登園後、砂場に向かいひたすら砂場にバケツで水を運び流し込む…降園時間まで自分の世界に浸りひたすら同じことを繰り返します。ときには、バケツでなく、ざるで水を汲み、運ぼうとする子どももいます。汲めなくてもそれでもひたすら繰り返し、何とか運ぼうとします。まさに「宇宙人」という表現がぴったりです。そんな三歳児が、友だちの存在を感じ、やがてかかわり合ってきます。しかし、ここで大きな問題が生じてきます。「宇宙人」なのですから、それぞれの星の言葉で話をしようとします。その言葉がわかるのは先生だけなのに、それでも子どもたちはお構いなしに自分たちの力でかかわっていこうとします。だから最初からうまく通じ合うはずがありません。言葉が通じないというのは少し大げさな表現かもしれませんが、自分が思っていることは相手も同じことを思っていると思い込んでいるのです。
A「おりがみしてあそぼ」
B「そんなことしたくない」
A「えー、なんで(私はしたいのだからあなたもしたいはず)」
ここからかかわり合っていくのです。こうした思い込みや誤解から人とのかかわりが始まるのですから、いざこざやけんかが起こるのは当たり前です。それがまさに三歳児後半から四歳児にかけての生活になってくるのです。特に四歳児は、こうしたいざこざやけんかを通して成長していく、「疾風怒濤」の時代なのです。
本書の生活のもとになる幼稚園(滋賀大学教育学部附属幼稚園)は、四歳児をさくら組ともも組の二つのクラスに分けていました。筆者が担任をしたさくら組は、三歳児すみれ組から進級してくる二十四人と、新しく入園してくる十名が混合するクラスです。もも組は、三十四人全員が新入園児です。ですから同じ四歳児と一口にいっても、この幼稚園での生活を存分に体験した顔見知りの子どもたちや、他の幼稚園や保育園での生活経験はあっても全く知っている友だちがいない子どもたち、集団生活をしたことがない子どもたちなどが入り混じる複雑な構成なのです。特に本書でつづられるさくら組は、こうした子どもたちが混合する集団であることを最初にご承知いただきたいと思います。二つのクラスを見ても表出してくる発達の姿は想像以上に異なり、特に、混合クラスのさくら組での発達の姿は複雑です。教育課程ももも組とさくら組では異なります。もちろん、個々の発達の姿は違うのですから、こうした教育課程をもとにしながらも、個別に丁寧に姿をみとり、援助していかなければならないことは言うまでもありません。
本書で登場してくるまさあき先生(筆者)はさくら組の担任です。そして、としこ先生はさくら組の補助として、まさあき先生とさくら組の生活をつくりあげていきます。としこ先生は、昨年度三歳児すみれ組の補助として二十四人の生活にかかわってきました。そのとしこ先生がそのまま四歳児さくら組の補助としてもち上がったのです。今までの子どもたちの生活の流れを知る先生がいることは、子どもたちにとっても担任にとってもこれほどの安心はありません。としこ先生は実に子どもの本質を見抜きます。ややもすると保育者は、子どもの表面的な現象に惑わされることが多く、また、大人の価値観や社会常識で判断し、かかわることが多くなってしまいがちです。しかし、としこ先生は子どもの気持ちに寄り添い、自らも子どもの生活に入り込みともに悩み考えます。
こうして始まる四歳児の生活。四月からの一年の生活を皆さんと一緒に見ていきたいと思います。そしてこの「宇宙人」のような子どもたちが、一年間の生活をどのようにつくりだし、成長していくのかじっくりご覧ください。
二〇〇八年六月 /西川 正晃
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明治図書
















