- はじめに
- T シートで授業
- 1 クラス替え 2−(3)
- 2 友だちのよいところ 2−(3)
- 3 ちょボラ 4−(4)
- 4 センダンの木 4−(6)
- U 資料に即したシート
- 1 マザーテレサ 「マザーテレサ」 1−(2)
- 2 80歳 「その昔佃島漁師物語」 1−(2)
- 3 自分発見カード 「人間はすばらしい」 1−(6)
- 4 大きくなる 「おおきくなるっていうことは」 1−(6)
- 5 どうして言葉が 「それでいいの」 2−(1)
- 6 無人島の話 「無人島の話」 2−(5)
- 7 すごいなあ 「青の洞門」 3−(3)
- 8 みなさんの役割 「森の絵」 4−(1)
- 9 あなたの不快指数は? 「満員電車で携帯電話がなった!」 4−(2)
- 10 三郎の一票 「ぼくはこうかいしない」 4−(3)
- 11 働く 「夢を追って」 4−(4)
- 12 卒業してから 「消えた紙くず」 4−(6)
はじめに
日本国中の全児童・生徒に「心のノート」が配布された。8億円以上もの国家予算を投じて,直接子どもに自分の生き方や在り方について考えたり見直したりする場をひらこうとする今回の事業は,国家の「心の教育」に対する並々ならぬ決意の表れといえる。
東京都でも,すべての小・中学校で「道徳地区公開講座」が行われている。
これらのことを受け今後,道徳教育や道徳授業に対する関心が一層高まっていくことが十分予想される。しかし,文部科学省や教育委員会でいくら道徳教育の推進に力を注いだとしても,実際子どもと触れ合っている現場で形式ばかりの道徳授業が行われていたのでは,その効果は期待できない。
ではなぜ現場では,相変わらず旧態依然たる道徳授業が行われているのだろう。そこには,次のような問題が見え隠れしている。
1 教師のための道徳授業になっていないか
学習の主体者は子ども自身である。にもかかわらず,子どもの興味・関心や実態を考慮せず,「年間計画にあるから」という理由で安易に道徳授業を行っていないか。つまり,授業する側の「教師の論理」で道徳授業が進められ,学習する側の「子どもの論理」が軽視されていないかということ。
子どもにとって「必然」のない授業は,学習として成立しない。
2 安易に副読本やテレビ放送に頼っていないか
子どもの興味・関心や実態を考慮したとしても教材研究の時間がなく,安易に手近にある副読本やテレビ放送で間に合わせていないだろうか。その場合,発問も副読本の指導書どおりで,教師としてこの時間にかける思いや願いなど微塵もない授業を行っていないか。
教師の子どもに対する「思いや願い」のない授業は,教育とは呼べない。
3 子どもが自分の生き方や在り方を見つめられる授業であるか
子どもの実態を把握し,教師も強く願いをもち教材研究を深めたとしても,教師の一方的な話で終始したり,いい資料でも読ませるだけで話し合わなかったり,意見交換しても自分のこととして考えていなかったりの授業を行っていないか。
その時間の課題が自分の問題としてとらえられない授業は,道徳授業ではない。
◎子どもは能動的な学び手であること
◎学習の主体者は子ども自身であり,その学びを支えるのが教師の仕事であること
◎道徳授業は,「ねらい(道徳的価値)に照らして,子ども一人一人が自分自身の生き方(過去の体験,現在の思い,未来への希望)の中の課題について深く感じ,考える時間」であること
という考えを大切にしていきたい。
本書は「道徳シート」を活用して,道徳授業を活性化しようとするものである。これまでもワークシートを自作したり,副読本に「おまけ」として付いているシートを活用する例はあった。しかし「道徳シート」は単なるワークシートではなく,そのシート自体に何らかの「しかけ」があるように工夫した。その要素として,以下のようなものを考えた。
(1) からくりのある構成
どんでん返しや最後にホッとするストーリー仕立てのものや,最初の自分の考えと最後の結論が矛盾するような構成のもの。
(2) 自分自身を映し出す鏡
短期の目,長期の目による変容への気づきを促すもの,自分への理解を深めたり,みんなの中の自分の位置に気づいたりするもの。
(3) 話し合い,グループディスカッションを促す
1枚の絵や写真をもとに,お互いの感じ方,考え方の違いを明確にする。そのために統計資料やグラフを活用したり,主張や立場の異なる作文や詩を紹介したりする。
その他,保護者の参加を促す,教科,特活,総合との関連を図ったものなども考えた。
本書に収めた「道徳シート」には,それ自体が道徳授業の中心資料として扱えるもの,資料に即して扱うもの,そして同一の資料に違う角度からアプローチしたもの(中学年)もある。学級の実態や,その授業に込める教師の願いに応じて選択し,活用していただければ幸いである。
2003年8月 /清水 保徳
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- 明治図書