- まえがき
- T章 子どもの社会化の意義と今日的傾向
- 一 子どもの社会化の意義
- 1 誕生した瞬間から社会化への過程を辿る
- 2 社会化と発達課題とのかかわり
- 3 発進の成熟的な側面と学習的な側面
- 4 社会化がすすむすじ道と、個人がもつ条件
- 5 社会化が順調な子と、そうでない子
- 6 作文にみられる社会化を進める子どもの内面
- 二 子どもにみられる社会化の傾向
- 1 昭和四十四年にとらえた子どもの社会的発達・情緒的発達の傾向
- 2 事例場面にみられる今日の子どもの社会化の問題点
- (1) 力の出し方が不器用で身辺整理は苦手の傾向
- (2) 型は揃えるが、積極的な関心には乏しい傾向
- (3) 物へのかかわりが淡白で、後始末や点検を軽視する傾向
- (4) サインや単語を並べるだけでコミュニケイションをもとうとする傾向
- (5) 仕事の順序が分からず、作業能力が劣っている傾向
- (6) 協力して遊びや学習を続けるのが苦手な傾向
- (7) 批判的・防衛的で自己抑制力に乏しい傾向
- (8) 自己を主張するが思いやりをもてない傾向
- 3 昭和四十四年ごろと、今日の子どもにみられる社会化の様相の相違点
- U章 子どもの発達課題をふまえた社会的生活習慣の形成
- 一 社会的生活習慣形成の構造
- 1 発達課題と子どもの今日的な傾向をふまえた社会的生活習慣の内容(試案)
- 2 社会的生活習慣の意義と形成の基本的な考え方
- 二 社会的生活習慣形成の実際
- 1 人とのかかわりにおける社会的生活習慣の育成
- (1) 低学年
- @ あいさつ
- A 「はい」「いいえ」の意思表示
- B 仲間といっしょにいられる
- C 指示に沿って、身辺整理の作業ができる
- D 「ごめんなさい」と言える
- (2) 中学年・高学年
- @ すすんであいさつする
- A へ理屈と理屈の区別が分かって話せる
- B 友だちと協力して行動する
- C 仲間といっしょに奉仕活動ができる
- D 人のあやまちに寛容になる
- 2 ものやお金とのかかわりにおける社会的生活習慣の育成
- (1) 低学年
- @ 指示にしたがって準備する
- A 親や教師の手本と、繰り返すしつけ
- (2) 中学年 高学年
- @ ものやお金を生かす習慣
- A もののありがたみに気づく体験
- B 日ごろの指導事例
- C 社会性を復活した登校拒否傾向の子ども
- 3 課題(遊び、勉強、係活動)とのかかわりにおける社会的生活習慣の育成
- (1) 低学年
- @ 一年生は一面的な理解
- A 二年生はきまりを守る構えが高くなる
- B 課題の意味が分かれば工夫して真剣にかかわる
- C 成就感・成功感・承認感の体験によって学校生活に根づく
- (2) 中学年
- @ 遊びを中心に社会性が啓発される時期
- A 四年生の社会的生活習慣の傾向
- B 多面的に社会性の啓発を図り、習慣化をめざす
- (3) 高学年
- @ 自分の経験や知識をその子どもなりに統一する力が現れる
- A 自分の存在を気にしはじめる
- B 肯定的な自己概念をもてるように習慣化をめざす
まえがき
友達が大勢で縄とびをしているのを、側で立ってじっと見ている二年生のS子がいる。素振りを見ると入りたいらしいが「入れて!」と、言う方法を知らないのか、ひと言をはさむチャンスがつかめないのか、言う勇気に欠けるのか、それとも他に理由があるのかどうか分からないが、さっきから見ている。
気持ちのほうは、入りたい思いが募ってくるらしく、立っている位置がだんだんに縄に近づき、遊んでいる子どもたちの邪魔になる。「どいてよ!」と言われ、その時は退くが、また、近づいてしまう。「ねえ。もっと、下っててよ!」と言われる。とうとう肩に手をかけられて「そこにいると、縄をとんで走って行く人がぶつかっちゃうのよ。だから、危なくてとべないのよ。分かった! だから、どいて!」と、強い語気で言われる。
S子は急に泣きべそをかき、一目散に昇降口に走っていく。S子よりも遠まきに縄とびを何となく眺めていた同級生のM子が、S子のかけ足につられるように後を追う。昇降口に着くとS子は顔に手を当てて泣き出す。M子は「どうしたの? だれがやったの? 先生に言っちゃおうよ」と、おしゃまな口調で話しかける。M子はS子の肩に手をかけ、二人で歩き出す。
こんなときのS子の担任への言い分は、例えば、「わたしが何もしないのに、『どいて!』って言って、押したの」と、いうように変形するかもしれない。M子が側で「昇降口で泣いていたの。だから連れてきてあげたの」と、ひと言を添えるであろう。二年生の段階では、しばしば客観的な事実と本人の思い込みとには、ズレがある。あるいは思い込みのズレではなく、言語表現力の未発達さからくる現象なのかもしれない。
ところで、S子が立って見ているときに、縄とびで遊んでいた仲間たちについて考えてみよう。S子の気持ちを察して「入りたければ入ってもいいわよ!」とか、「入りたければ、縄のお持ちはこっちよ!」とか、という声は、ひと言もかかっていない。自分が遊んでいることに夢中になっているので、気がつかないのかもしれない。まだまだ自己中心性の強い二年生段階であるから、そこにいると自分たちの遊びの邪魔になる″ことは分かっても、立っているS子の気持ちを推察することには気が回らないのかもしれない。あるいは、何と言ってあげてよいのか、分からないのかもしれない。それとも、自分一人で言うことは、いま遊んでいる集団から離れてしまうような心情になるので言えないのかもしれない。みんなと同じ行動をとっていたほうが安心であるという思いがどこかにあるのかもしれない。
日常生活の一場面をとりあげても、子どもたちに教えることや、育てることがたくさんあることがよく分かる。このような子どもたちが学級や学校社会で、さまざまな活動を個人でまた、集団の中で触発し合いながら自分の力を十分に発揮していかれるようになるには、自主性の表現や友達とのかかわり方等をはじめとする社会性を高めていかなくてはならないことがよく分かる。社会性は社会的生活習慣を一つ一つ身につけることが基本になることは言うまでもない。その際に内面性をも培っていくことが必須の条件となろう。
本書は、学校現場における実践や研究に基づいて著述している。従って理論編である第一章も多くの事例で構成している。第二章の「子どもの発達課題をふまえた社会的生活習慣の形成」は、本書が最も独自性を強調する内容である。その一つは、著者が都立教育研究所在任時代に担当した「児童・生徒の心身機能の発達に関する研究」という十一年間の縦断研究で明らかになった成果の一部をふまえて「社会的生活習慣の内容」を試案として提示していること。二つめは、その試案に基づいて、今日実践している内容を中心にして、社会的生活習慣形成の方法を実際的に述べていることである。
社会的生活習慣は、人間として生涯とも開かれた生き方にかかわる構えであるから、生涯を通して研さんしていく態度であり価値であることは言うまでもない。特に国際社会として進展している今日であるから、常に時と場に応じて過不足なく自主性を発揮し、随所に主となる″心理的なゆとりと柔軟性をふまえた社会的生活習慣を、子どもたちが身につけていかれるようにしたいものである。
また、社会的生活習慣は、基本的生活習慣や学習習慣と相互補完の関係にあるので、目の前の子どもにとって、できるところからねらいを明確にして、しかも、ねらいはスモール・ステップに刻んで、根気よく繰り返し積み重ねていくように指示したい。習慣形成の指導こそ、教師が子どもの立場に立ち、子どもとの心の響き合いを中心において、子どもとともに歩む同行の姿勢が重要であると、心している。ふと、考えると、筆者は、子どもと同行したいと努力する過程において、実は未熟ながらも、人間として生きる修業を続けさせてもらっていることに気づくのである。そういう意味で、いま、ここで子どもたちに感謝の意を表したい。
終わりに、本書の出版に際し、お世話になりました明治図書の安藤征宏氏、竹内敦子氏に厚くお礼を申しあげます。
一九八八年八月 著者
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明治図書
















