- はじめに
- 第T章 道徳授業で「育つ力」と「育てる力」
- [1] はじめに
- [2] 「教えること」と「学ぶこと」が一致しているか
- [3] 教師の自律性を問う
- [4] 道徳の時間を創造的な場に
- [5] 「自律社会」の構図
- [6] 「関係性を支えに自律性をはぐくむ営み」としての道徳教育
- 第U章 [座談会] 授業をコミュニケーションのある場にする
- [1] ふだんの授業で心がけていること
- [2] 授業を通して身に付けさせたい力
- [3] 「集団で学ぶ」仕組みを大切にする方法
- [4] 教師も共に学ぶという立ち位置が重要
- 第V章 子どもの「学ぶ力」を育てる実践例
- 〜道徳教育・道徳授業とリンクして〜
- 低学年の子どもたちと道徳
- 1 「遊び」から学ぶ子どもたち
- 2 アリを見つめる子
- 3 自由な心をもつ子どもたち
- 4 学ぶことが楽しい学校へ
- @ 「心の旅」は続く 〜1年間の成長を追って〜
- A 「子どもの心に寄り添いたい!! よさを伸ばしたい」
- B 友達とのかかわりの中で成長する 〜大輔(仮名)くんとの出会いを通して〜
- C 「いのち」の教育 〜特別支援学校での実践〜
- D 子どもが育てる「生きる力」 子どもが創る「総合学習」
はじめに
学習指導要領が改訂されました。今回の改訂において,道徳教育の充実は「学力向上」と並ぶ重要事項の一つでした。そのために,「道徳教育推進教師」の設置や,各学年段階ごとの重点的指導事項などが示されました。
通例ですとこれから10年ほどの間は,この指針に従って道徳教育が展開されることになります。私たちは,そこに込められた期待を背負い,最大限の努力を傾注して子どもたちの確かな成長を促す必要があります。
しかし,学習指導要領の改訂のたびに思うことがあります。
その一つは,改訂が回を重ねるたびに,道徳教育の必要性が増すという事実です。私が道徳教育の実践研究に手を染めた昭和50年代は,残念ながら道徳教育ときちんと向かい合わない先生方がかなりいました。そのため,実践研究の焦点は標準的な授業モデルなどを開発することにおかれ,ともかく授業の実施率を上げることに意が注がれました。
その結果として,実施率は確かに上がったとは言うものの,その一方で皮肉なことに道徳教育の必要性は増しています。すなわち,道徳をめぐる子どもたちの状況は次第に悪化していると見なされ,道徳教育強化を求める声は年々大きくなっています。授業の実施率が向上する一方で,必ずしもその効果が現れないという,厳しい現実にさらされているのです。
改訂のたびに思うことのもう一つは,教育的働きかけを強めることによってもたらされる教育的効果にはおのずと限界があるということです。
教育の対象である子どもを,“ブラックボックス”に喩えてみます。このブラックボックスは,様々な事情が折り重なって内部構造が年々複雑になってきています。そのため,ただ単純にインプットを強めるだけでは,もはや期待するアウトプットは得らません。
日々子どもたちと向かい合っている先生方は,そのことにとっくに気づいているはずです。しかし,教育を外側からながめている人々は,そうした事情とは無関係に,言い換えればインプットとアウトプットを同値とみなして,教育や教師の責任を問います。この少なからぬギャップが,相互の不信感を生み,教育の問題をいっそう複雑なものにしています。
今,必要なことは,子どもの現実に立脚して教育の問題を語ることです。そして,実効性のある教育実践を粛々と積み重ねることです。それらを集約して,現実に即応した新たな教育論を再構築することです。
本書には,子どもたちと正面から向かい合いながら,確かな成長を願って格闘している先生方の実践の記録を収載しました。
それらの実践に図らずも共通しているいくつかの事柄があります。第一に,「予期的構え」を捨てて子どもたちの間に分け入っていることです。第二に,上下の関係から水平の関係へと自らのポジションをシフトし,子どもたちと至近距離から向かい合っていることです。第三に,長期的な展望に立ちつつ,子どもたちの微細な変化に注目しているという点です。
その必然的な結果として,道徳の時間や道徳教育という枠組みを超えて実践が展開されています。これは,学習指導要領が示す内容項目の一つ一つを丹念に教えさえすればよいのではない,ことを意味しています。そして,様々な思考や体験,かかわりなどを通して,子どもたちのなかに確かな納得や理解が生まれる時に初めて成長が促されること,を意味しています。
それが,本書が伝える一つの「道徳教育充実策」です。これらの提案が契機となって,現実に即した子どもの育ちとそれを支える働きかけに関する本格的な議論が進むことを希望します。
最後に,本当に長期にわたってしまった本書の出版までの過程を支えてくださった明治図書の仁井田康義氏に,お詫びと感謝を申し上げます。
平成20年5月 編著者代表 /上杉 賢士
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- 明治図書