- まえがき
- 第1章 「いじめ」と道徳指導
- 〔1〕 いじめ問題と道徳指導とのかかわり
- 1 いじめ問題と道徳教育
- 2 いじめ問題への取り組みの二つの方向
- 3 「いじめ」を防ぐ指導の方向
- 4 道徳性を育成するための原理
- 5 価値についての自覚を深める原理
- 6 指導の工夫
- 〔2〕 「いじめ」を防ぐ道徳授業の在り方
- 1 「いじめ」の調査の示すもの
- 2 「いじめ」を防ぐ道徳授業の在り方
- 第2章 いじめ防止に向けての指導の重点
- 〔1〕 「いじめ」の実態調査からみた道徳教育における指導上の課題
- 1 「いじめアンケート調査」と最終報告の概要
- 2 道徳教育における「いじめ」の問題
- 3 いじめ防止に向けた道徳教育における指導上の課題
- 〔2〕 一人一人のよさを生かす指導の充実
- 1 一人一人のよさを生かす道徳教育の視点
- 2 一人一人のよさを生かす道徳授業の展開
- 3 一人一人のよさを生かす指導上の留意点
- 4 一人一人のよさを生かす指導上の課題
- 第3章 指導の原理の確立
- 〔1〕 道徳性を養うための原理
- 1 道徳の授業における指導の原理
- 2 道徳性を構成する要素
- 3 価値意識の形成
- 4 価値の自覚の深化
- 5 構造化方式による価値体系の形成
- 〔2〕 価値の自覚を深めるための原理
- 1 価値の自覚の筋道
- 2 人間の自然性と価値とのかかわり
- 3 内容項目と自然性とのかかわり
- 〔3〕 指導の工夫
- 1 価値の自覚と指導過程
- 2 自覚を深める可能性の筋道
- 第4章 重点事項の指導
- 〔1〕 正義感の育成
- ・内容項目4−(3)/ 「路上に散った正義感」
- 〔2〕 規範意識の育成
- ・内容項目4−(2)/ 「怒りの救助活動」
- 〔3〕 思いやりの心の育成
- ・内容項目2−(2)/ 「野の花のように」
- 〔4〕 人権意識の育成
- ・内容項目4−(3)/ 「小さな出来事」他
- 〔5〕 生命尊重の指導
- ・内容項目3−(2)/ 「生命の輝き」
- 〔6〕 他者の立場の尊重
- ・内容項目2−(5)/ 「ひとりひとりはみな違う」
- 〔7〕 生きる意欲の育成
- ・内容項目1−(5)/ 「自己観照」
まえがき
平成8年,文部省によるいじめの全国調査の結果が発表され,担任の教師の指導によりいじめが解消したケースと,一層深刻となったケースの2極化が進行していることが明らかになった。いじめに対する教師と保護者の認識の違いも指摘され,また,いじめた体験のある子どもの考えとして,人に迷惑をかけないなら何をしても許されるとか,いじめは面白そうだ,スカッとするなど,驚くべき反応も表れている。また,実態調査全般を総合して検討してみると,現在の子どもたち,とりわけ中・高校生に共通して言えることは,社会性の発達や人間のかかわりと関連しての「人間関係の希薄化」,生きる目標・目的や生きがいと関連しての「心の空洞化」が異常なまでに進行しており,心寂しい由々しき状況にあるということである。
現在の生徒たちは,「どのように生きたらよいのか」「どのように生きたらよりよい自己実現を果たせるのか」と悩み,その手がかりを私たち教師や大人たちに求めている。しかし,現実にはこの生き方にかかわる指導や援助・助言がなされないままに放置され,その反動としていじめや不登校,校内暴力,不純異性交遊等の問題行動に走っている姿を見ることができる。戦後50年を過ぎた現在の生徒たちの実態を考えたとき,教師が生き方にかかわる指導に熱心でなかったことの「つけ」を今背負わされているといっても過言ではあるまい。いじめの具体的な現れ方は,言葉によるいじめ,暴力を伴ういじめ,仲間はずしなど様々に考えられるが,そうした行為の背景には,心の問題が内在しており,道徳教育を中心とした生き方にかかわる教育がなされないままに放置された結果と言うことができる。
ところで,学校教育におけるこの生き方にかかわる教育は「道徳教育」が主として,その役割を担っていることは周知の通りである。各教科・道徳・特別活動の全教育活動を通してその実践が強く求められているのである。しかし,ここで重要なことは,道徳教育そのものは,いじめに対応するための対症療法的な指導ではなく,「道徳教育を中心とした生き方にかかわる教育を充実することによって,結果としていじめが防止できる」と考えるべきなのである。また,道徳教育は,そうした機能を十分果たしうるキャパシティを包含しているのである。
つまり,道徳教育が十分に機能していれば,生徒一人一人の固有の価値意識が育ち,そこから健全な行動基準がつくられ,それがまた自らの生き方を見出す能力となる。自らが満たされた心をもっていれば,他者をいじめることはないであろうし,自らの生きる希望をもっているとき,いじめなどの道草をしていることはできないであろう。
したがって,いじめを発生させないための最も重要なポイントは,道徳教育を本来の趣旨で充実させることなのである。
道徳授業に対して,これまで「徳目主義に陥り,価値の押しつけに終始している」「指導がパターン化していて深みに欠ける」など,様々な指摘がなされてきた。もちろん,こうした道徳授業に終始している限り,生徒たちのよりよく生きたいとの関心に応えることはできず,いじめの抑止力として作用することなどおぼつかないと考えられる。しかし,一方において充実した心待ちにする時間として生徒たちに受け止められ,効果を挙げてきた事例も少なくない。本書は,こうした優れた実践事例を収録することによって,いじめの問題に対する抜本的な対応を考える一助としたいという願いをもって編集したものである。数度の分析と会合を重ね,実際の授業を通して検証するという教育の現場における臨床的な研究である。こうした研究が日常的となり,学校が子どもたちにとって充実感あふれる自己実現の場となれば幸いである。
終わりに,終始熱心にご助言いただいた明治図書編集部長の仁井田康義氏に深く感謝を申し上げたい。
編著者 /金井 肇 /七條 正典 /津田 知充
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