- はじめに―〔生きる力〕をはぐくむ音楽科教育の大切さ
- 第1章 音楽科授業の具体的な考え方・留意点
- 1.新しい学習指導要領のねらいを基盤に置いて授業を構想する
- 2.基礎・基本の確実な習得をめざす授業を構想する
- 3.低・中・高学年の子どもの特性を大切にした授業を構想する
- 4.明確な題材構成に基づく授業を構想する
- 5.指導と一体となる評価の計画を構想する
- 第2章 高学年の指導計画と授業づくり
- 1.長期的な展望をもった指導計画立案の重要性
- 2.授業づくりの要点
- 第3章 高学年の事例
- @ 様子を思いうかべて
- 自己評価や相互評価を活用し,子どもの自己表現力を高める
- 教材:「ほほえみのために」
- A 海の音楽をつくろう
- 子どもが意欲的・創造的に音楽づくりに取り組む
- 教材:「ブルタバ(モルダウ)」「海がきこえる」
- B 音楽の特ちょうを感じて
- グループ活動を通して自分たちの合奏表現を工夫する
- 教材:「ソーラン節」「子もり歌」「八木節」「谷茶前」「管弦楽のためのラプソディー」
- C 曲にあった歌声を使い分けて,いろいろな歌い方を楽しもう
- 多様な発声にチャレンジし,歌唱表現の工夫を楽しむ
- 教材:「おぼろ月夜」「こきりこ節」「赤とんぼ」
- D 雨の音楽をつくろう
- 鑑賞でイメージをふくらませ,自分たちの音楽をつくって表現する
- 教材:「雨」「雪がおどっている」
- E 日本の心へ
- 表現と鑑賞の有機的関連を図り,日本の響きを楽しむ
- 教材:「わらべうた」
- F 友だちの歌い方を自分の表現に生かそう
- 聴き合い,学び合いながら表現力を高めていく
- 教材:「U&I」「南風にのって」
- G 音の重なりを感じて表現しよう
- 表現形態を自ら選択して取り組む
- 教材:「静かにねむれ」
- H 歌声の重なりを響かせよう
- 表現の基礎・基本を確実に身に付けていく
- 教材:「冬げしき」「子どもの創作曲」
- I アジアの音楽に親しもう〜トガトン使って音楽づくり〜
- 音楽をつくる楽しさとできるようになった喜びを味わう
- 教材:「アジアの民族音楽」「子どもの創作作品」「春の海」「さくら」
- J オーケストラの響きを聴き味わおう〜「運命」をじっくり聴こう〜
- 課題をもって聴き深め,響きの美しさを味わう
- 教材:「交響曲第5番ハ短調『運命』第1楽章」
はじめに
[生きる力]をはぐくむ音楽科教育の大切さ
1.[生きる力]の大切さ
周知のように,[生きる力]とは,いかに社会が変化しようと,自分で課題を見付け,自ら学び,自ら考え,主体的に判断し,行動し,よりよく問題を解決する資質や能力であり,他人を思いやる心や感動する心など豊かな人間性であり,たくましく生きるための健康・体力も含むものである。平成8年7月の中央教育審議会の答申『21世紀を展望した我が国の教育の在り方について』において提起された全人的な力である。子どもたちが将来,急速な社会変化の中に出て行っても,それに対応し生き抜いていくために不可欠な力であり,したがって学校教育がはぐくまなければならない力である。
しかし近年の子どもの状況を見ると,幾つか深刻な問題が見受けられる。まず,子どもたちのさまざまな体験不足である。子どもたちは,知識として事柄を知っていても実際に見たり触ったりしたことがない場合がある。言葉としてやりとりをしていても実態を理解しておらず,その知識は空洞化しているのである。
次に,国際的な教育課程実施状況調査の結果から,成績はある程度高いものの,思考力や表現力などの資質や能力が十分に育っておらず,また,学習意欲の低下が見られ,自分で勉強をする時間が調査国の中で最低水準であることである。
これらの問題を鑑みると,ある一定の事柄を断片的に多く暗記して,時間が経つと剥落してしまうような知識の教え込みではなく,生きて働く[確かな学力]として子どものものにしていかなければならない。子どもは,教師がいろいろなものを教え込まなければならないような白紙の存在ではなく,関心のある対象に進んでかかわって,自分がもっているものを働かせて課題の解決に取り組んでいく有能な存在なのである。
2.各学校で教育課程を創造的に展開していくことの大切さ
学習指導要領は,子どもたちに共通に身に付けて欲しい基礎的・基本的な内容を示し,[生きる力]をはぐくむことを目指している。各学校においては,学習指導要領の趣旨を十分に理解しつつ,自校において創造的に教育課程を発展させていくことがこれからの重要な課題となろう。現行学習指導要領は,その実施から四年目となる。全国の各小学校が,それぞれ「どのような教育をしたいのか」「どのような子どもに育てたいのか」ということを自校の教育課程の中で具体化していく必要があろう。とりわけ,知識・技能だけに偏ることなく,子どもの思考力・判断力や,自分の思いや考え,感情などを表現する力をどのように育成していくかについて,計画的に考える必要がある。
3.これからの音楽科教育の展望
これまでの音楽科の授業では,教科書をそのまま用い教科書準拠指導書に示された題材の流れ,授業の流れのままに指導することが多く見受けられた。しかし,そのような授業では,「教えるべき教材,内容」が先行してしまい,教師主導型の授業を生む結果となってきた。音楽科において子どもに[確かな学力]を育てるためには,教科書に載せられている教材曲を指導書にそってそのまま教えるのではなく,「この題材,この授業では子どものどのような資質や能力を育てるのか」という教師の主体的な判断がまず必要であり,育てたい資質や能力を子どもの発達的特性や学びの過程を予測しながら,主体的に教科書を使いこなしていくことが求められる。そしてとりわけ忘れてはならないことは,授業の主体者は子どもであるということである。子どもが自己の感性を生き生きと働かせて,音楽が本来もっている楽しさを豊かに感じ取りながら友達とともに学んでいく授業を創造していかなければならないであろう。そのような音楽との豊かなかかわり,友達との共感を通して,音楽科における[確かな学力]を身に付けていくことができるのである。しかし,すべての子どもがはじめから授業の主体者であるとは限らない。上記のような子どもの学びを成立させるのは,教師の主体的なかかわり方にかかっているのである。「このようにしたら子どもはこの音楽に興味や関心をもつのではないか。」「この活動に苦手意識をもっている子どもにはこのような言葉がけをしたら自分のかかわり方を見付けられるのではないか。」という教師のプロとしての教育技術に支えられて子どもは授業の主体者として生き生きと学ぶことができるようになるのである。本書は,具体的な事例を通しながら,子どもに[確かな学力]として身に付けさせたい資質や能力を示し,子どもが学習の主体者として音楽を学んでいく指導の在り方について提言する。それによって子どもが生涯にわたって音楽に親しんでいく[生きる力]をはぐくんでいく授業を提言するものである。
平成17年7月 /須 一
-
- 明治図書