- はじめに
- 第T章 今日的な教育課題に対応する
- 第一節 生活科における言葉の重視と体験の充実
- 1 生活科における言葉と体験の現状と課題
- 2 生活科における学習指導をいかに改善するか
- 3 言葉を重視するにあたり配慮すべきこと
- 第二節 生活科における読解力の育成
- 1 PISA調査における読解力
- 2 生活科の学習指導の特質
- 3 生活科と読解力との関係
- 4 読解力の育成から考える生活科の課題
- 5 読解力育成に向けて、学習指導をいかに改善するか
- 第三節 考える力、表現する力を育て「生きる力」をはぐくむ生活科の学習指導
- 1 「考える力」「表現する力」の実態
- 2 「考える力」と「表現する力」が育つ子どもの姿
- 3 「考える力」「表現する力」を育てる学習指導の進め方
- 4 一体となって育つ「考える力」「表現する力」
- 第四節 知識や技能を習得し、活用、探究する学習指導
- 1 中央教育審議会教育課程部会「審議のまとめ」
- 2 生活科の教科特性
- 3 習得・活用・探究の関係
- 第U章 生活科の課題を改善する
- 第一節 気付きの質を高める学習指導の工夫改善
- 1 気付きの質を高めるとは
- 2 「見つける」「比べる」「たとえる」ことで高まる気付きの質
- 3 気付きの質を高める学習指導の進め方
- 第二節 合科的・関連的指導の進め方
- 1 生活科新設の経緯から合科的・関連的な指導を考える
- 2 現行学習指導要領での記述から考える
- 3 中央教育審議会の審議から考える
- 4 合科的・関連的な指導の実際
- 5 これからの実践に期待すること
- 第三節 その他の重要な改訂点
- 1 自然の不思議さや面白さを実感する学習活動
- 2 安全・生命教育を充実する指導
- 3 社会・理科・総合的な学習の時間への発展と接続とその指導
- 第V章 生活科の一層の充実に向けて
- 第一節 学ぶ意欲を育成する授業づくり
- 1 学習意欲に対する現状
- 2 学習意欲を引き出す教師の力量
- 3 子どもの思いを受け止める
- 第二節 子どもの多様性に応え、一人一人の子どもに応じた授業づくり
- 1 一人一人が多様に学ぶ
- 2 一人一人の子どもに応じた授業づくりの価値
- 3 一人一人の子どもの多様性に応じた授業づくり
- 4 生活科がはぐくんだ、一人一人の多様性に応じる学習指導
- 第三節 実社会や実生活とのかかわりを大切にした授業づくり
- 1 実社会や実生活とのかかわりで学ぶ子どもの姿
- 2 教科目標における実社会や実生活とのかかわり
- 3 学年の目標における実社会や実生活とのかかわり
- 4 音楽等質問紙調査の結果から
- 5 実社会・実生活とのかかわりを大切にした授業で育てたい子どもの姿
- 6 「自分自身への気付き」に関する実践研究
- 7 活動や体験を充実させる授業づくり
- 第四節 共に感じる豊かな心をはぐくむ生活科の授業づくり
- 1 共に感じる豊かな心を表す子どもの姿
- 2 生活科で育った学力の調査結果から考える
- 3 生活科の目標について、共に感じる豊かな心を考える
- 4 「自立」を支える
- 第五節 子どもたちのよさを生かす生活科の授業づくり
- 1 子どものよさが現れる
- 2 子どものよさを的確に見取る
- 3 子どもがよさを発揮する学習活動
- 4 子どものよさが広がる年間指導計画
- 5 子どものよさを生かす生活科
- 第W章 新しい生活科の原理と構造
- 第一節 生活科の目標と内容の明確化と構造化
- 1 生活科の目標を構造的に考える
- 2 生活科の学年の目標を構造的に考える
- 3 生活科の内容を構造的に考える
- 4 内容構成の基本的な視点
- 5 内容構成の具体的な視点
- 6 内容を構成する具体的な学習活動や学習対象
- 7 内容の構成要素と階層性
- おわりに
はじめに
「新しい教育を受けた世代が、いよいよ社会人となった」
この言葉を聞いて、どう考えるか。それは、最近の若者世代をどのように評価しているかにもかかわる。中には、次のような批判的な言葉も聞く。
「オタク」
「キレやすい」
「草食系」
一部に、こうした姿を顕わにする事件や事故がないわけではない。しかし、そうした若者ばかりだろうか。私は決してそうは思わない。例えば、次のような姿がある。
◯電車の中で、お年寄りに席を譲る
◯携帯電話やパソコンを自由に使いこなす
◯世界を股にかけ、多様な文化を受け入れる
◯被災地に駆けつけ、ボランティア活動に取り組む
むしろ若者世代は、変化に応じた対応力をもち、柔軟な判断力を兼ね備え、自発的な行動力を発揮しているように思えてならない。社会で起きる部分的でショッキングな出来事だけに目をとらわれてはいけない。若者たちのもつ、豊かで確かな能力を私たちは評価すべきであろう。
私は、この若者世代を、身の回りの環境の変化を敏感に感じ取り、その変化の意味を考え、自らの価値観で行動していく個性豊かな新しい世代が育ってきていると感じている。一人一人が、自らの考えや確かな価値観を形成し始めているように思う。そうした新しい世代が、着実に成長し、社会を構成し始めている。
では、「新しい教育」とは何を指すのか。ここでいう「新しい教育」とは、生活科という日本で初めて生まれた新しい教科を生み出した世代のことを意味している。生活科という教科は、それまでの低学年の教育の在り方を見直して生まれてきた。このことについて、生活科の初代教科調査官中野重人氏は、その著書「生活科のロマン」において、次のように記している。
「生活科が誕生し、その教育が始まった。わが国の小学校教育史に残る大きな出来事である。
周知のとおり、平成元年(一九八九)の学習指導要領の改訂で、小学校の低学年に生活科が新設された。それに伴って、従前の低学年の社会科と理科は廃止されたのである。戦後教育四十数年、小学校にあって教科の改廃は初めてのことである。
ちなみに、明治期以降のわが国の小学校教育を振り返るときに、教科の改廃はまれであったといってよい。それは、例えば、戦時体制への教育とか、敗戦後の新しい国づくりの教育というような国家・社会の大変動に際して、教科の改廃が行われたにすぎないのである。
このように教科構成を変えるということは、学校教育の在り方と深くかかわっている。それだけに、平時にあっての教科の改廃は、容易なことではない。生活科新設の波紋が大きかったのは、当然のことである。賛否両論が渦巻いたのである。」
生活科が学習指導要領に位置付けられたのが平成元年。その学習指導要領が日本全国、津々浦々で実施されたのが平成四年。この平成四年四月にピカピカのランドセルを背負って入学した子どもたちが二十四歳になった。彼らには、自分たちが、壮大でロマンあふれる新しい教育によって育てられてきたことへの自覚はないかもしれない。
しかし、彼らの学校生活の思い出を尋ねると、それまでの世代と大きく異なる点が浮き彫りになる。それは、とても具体的な学習活動が記憶に刻まれている点に特徴がある。例えば、次のような声があがる。
「町へ出かけたり、昔遊びをしたりするのがとても楽しかった。公園へ出かけて葉っぱなどで押し花を作ったりしておもしろかった」
「学校で草花を育てたり、植物のことを調べたり、ウサギを育てたりしてとても楽しかった」
「野原に行って虫を捕まえたり、四つ葉のクローバーを見つけたり、ザリガニを釣ったりして、自然を身近に感じることができた」
「スーパーに行って買い物をした。そのおかげで、一人で買い物に行けるようになった」
こうした子どもの思い出を聞くにつけ、生活科の授業が、いかに子どもの心に強く残る出来事なのか、印象深い出来事なのかが分かる。
おそらくそれは、何よりも体験を伴う学習だからであろう。実際に目で見る、だけではなく、耳で聞く、手で触れる、臭いをかぐ、舌で味わうなど、身体の諸感覚を駆使することを通して学ぶからであろう。身体全体で身の回りの環境をとらえ、その環境に働きかけ、また、働き返されながら学んできたからこそ、忘れることのできない記憶となって、身体に刻まれるのであろう。
そのことこそが、豊かな感性と、一人一人の個性を、子どもに培ってきたのだと考えることができる。
この本は、そうした生活科の確かな歩みをまとめ、これからを展望することを考えた一冊である。生活科における今日的な教育課題への対応から始まり、生活科固有の課題とその改善、今期学習指導要領改訂を踏まえた生活科の一層の充実について記していきたいと思う。そうすることが、教科生活科のもつ可能性とこれからの教育の姿を提言することにつながると考えたからである。
時代は大きく変化している。教育の在りようも大きく変わることが求められる。豊かな感性と一人一人の確かな個性を培ってきた生活科を通して、子どもが自ら学ぶ教育、子どもとともに豊かな知を創造する教育の在りようをイメージしていただければ幸いである。
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- 明治図書