- 書く力は確かな学力の基礎 教育士 /岸本 裕史
- はじめに
- T 硬筆書写
- 一 字が下手でなぜ悪い!
- 二 学力の基礎の基礎としての硬筆書写
- どうして硬筆書写か
- 三 鉛筆の持ち方は直るか
- 一番難しいのは鉛筆の持ち方を直すこと/ 高嶋先生の園児指導を見学する/ 指導のポイント
- 四 やっぱり字は変わる(五年生への指導)
- 五十音チェック/ ワークシート(かんじ大好きプリント)/ 連絡帳大ブレーク/ 四人組の字が変わった
- 五 たかが硬筆書写、されど
- U 漢 字
- 一 「書きは上学年までに」で漢字学習はどうなるか
- 1 新指導要領の漢字は?
- 2 教課審の漢字学習論議
- 中間まとめの疑問/ 読み先行
- 3 読み先行でどうなるか
- 読み先行の理論は正しい/ 書きについての混乱/ 「書けなくてもよい」は問題/ 新指導要領で生かしたいところ
- 二 漢字のノート指導
- 1 さかのぼりくり返しとは
- さかのぼりくり返しの方法/ さかのぼりくり返しのメリット
- 2 さかのぼりくり返しに至るまで
- 暗記のコツ/ むきになって漢字/ となりは何をする人ぞ
- 3 ちょっとしたコツ
- 一週間は教室で/ 目的は漢字をおぼえること/ やり直させたことだけが指導したこと/ さかのぼりくり返し以外も大いにほめる
- 三 漢字を正しく写すことができない子に
- 三つの原因/ 書写力の低い子に/ 苦手な子はどんな練習をしているのか?/ 練習の仕方も細かく教える/ チェックとフォロー/ 宿題とチェックと小テストの連動
- 四 漢字を使いこなすとは
- 1 小テストだけでは測れない
- 2 辞典活用の習熟が不可欠
- 国語辞典に慣れる/ まずは持ってくる/ 漢字のしりとり/ 作文のチェック/ 国語以外でも使う
- 3 ショックな出来事
- 五 漢字学習の今後
- 漢字学習の三要素/ 新たな展開へ
- V 作 文
- 一 日記で書く力を育てる
- 1 読みたくなる日記に
- 2 日記の方法
- 授業中の指導/ 宿題は二十日後から
- 3 子どもの作品から
- テーマについて/ 一学期の作品から 「食べ物」(子どもからの題材)/ 二学期の作品から 「友達」(クラスの問題として取り上げる)/ 授業後の感想文から/ 三学期の作品から 「国土のようすと人間のくらし」(社会科との連動)
- 4 課 題
- 題材の与え方、フォロー/ 一部しか動かない
- 二 年間三回書く小論文
- 1 国語の年間計画
- 2 一回ごとの位置づけ
- 3 小論文指導のねらい
- 説明文学習の発展として/ 長い作文を書く経験を持つために/ 調べ学習の練習として
- 4 二回目に変えたこと
- キーワード調べ/ 予定表/ 章立てメモ/ 交流の仕方/ 枚数
- 5 作品から
- W 俳 句
- 一 『二十週俳句入門』でスタート
- 二 だから俳句の授業を
- 楽しいことはいいことだ〜創作・表現に親しむ/ 書こうとするから見える〜観察力を育てる/ 言葉のイメージを広げる〜言語感覚を育てる
- 三 二年生と俳句を楽しむ
- 1 五七五をどう教えるか「音の数」
- フシギダネしんかをしたらフシギソウ
- 2 一回目の作句
- 3 「うれしい」「たのしい」をなくすために
- 4 指導の工夫
- 全員一句掲載/ 子どもの投票と教師の選句/ 前回の秀作を読んでからスタートする/ 一枚文集の作り方/ 名乗りの場を持つ
- 5 四回目の作句
- 四 五年生と型
- 第一の型
- おわりに
書く力は確かな学力の基礎
教育士 /岸本 裕史
中学の教師に出会うと、いつも同じ嘆きを聞く。社会科のある先生は、「教科書が読めない子が多くて、授業にならない。読みがなをつけさせていくと、それだけでチャイムが鳴る。テストで○×をつけよといった問題なら半分ぐらいは合っているが、文章形式で答えを書かせると、ほとんどの子が書けないんだ。」とぼやく。
他の教科の先生も同じような愚痴を言う。とにかく読めない、書けない、分からないと三拍子そろっていると嘆く。
小中学校を通じて、教科書がすらすら読めない子は、すべて低学力の子である。勉強のよくできる子は、例外なく教科書はすらすら読める。そして、書く力もしっかりしている。しっかりした学力を身につけている子は、すべてと言ってよいほど、漢字・漢語を正しく書く。一方、勉強で遅れを取っている子は、その学年で教わった漢字の半分ほどは、書けないまま、上学年に進む。
学力の高い低いを知るには、前年に教わった漢字を十字ばかり、無作為に抽出して書かせるとよい。すぐどの程度の子かが分かる。訓読みには、送りがなをつけなければならない。音読みには、当の漢字が上につく熟語と、下につく熟語がある。それぞれを書かせてみると、なんと書く力が弱いのかと滅入ってしまう。
学力の高い子は、教科書など、ほんの少しの練習で、すぐすらすら読める。他の本を読ませても、あまりつまることなく、はっきりした声で読み通せる。しかも、漢字・漢語もよく知っていて、いつも正しく書く。
ところが、教科書をほとんどまちがうことなしに、はっきり正しく読める子でも、漢字がしっかり書けないという子がいる。それらの子は、討論などでは良い意見や、独創的な考えを述べても、テストの成績はそれほどではない。なぜかと調べてみると、その子たちはきまって本好きな子だ。いろんなことを知っている。しかし、地道にこつこつと勉強を積み上げていく粘り強さはあまりない。特に漢字の練習はいやがり、字も汚い。しかも、書くことを面倒がり、練習はいい加減だ。そのため、漢字・漢語を書く力の伸びははかばかしくなく、いつも誤字脱字が目につく。もっと良い成績が取れるはずだと励ましても、自ら勉強に打ち込むことはあまりない。物知りだけどものぐさである。
本をよく読む子は、高い学力を獲得する可能性を、他の子よりも大きく持っている。さまざまな知識、かなりむずかしい概念、そして豊かな語彙を、教室で教わるより遥かに高い水準のところまで獲得していく。読書という自己教育運動は、子どもの知的世界を広め、高め、そして深めていく。世界―自然・社会・人間を理解する上で、読書はさまざまな刺激を与えてくれ、好奇心や探求心を触発してしてくれる良き勉強である。
読む力は、未知の世界の探索を可能にする知的駆動力であり、それは学力の上限を規定している。読む力の結実ともいえる読書力の旺盛な子は、その知的世界をうんと拡充し、より自己発展の願望を抱くようになる。
読む力は、新たな学力を獲得する場合、いわばその前提となる能力でもある。人の話を聞く、あるいはきちんと説明してもらうというのも、新たな学力を獲得するためには必要である。しかし、ひとりで、自己教育運動として学力を身につけていく場合、つまり家庭学習の主要な形態としての独習は、一般的には読むことから始められる。読むことを通じて理解もしていく。
読みこむ過程では、内言を用いて、自己との対話や問答を重ねていく。そして、より深い理解に達する。しかし、そのままでは、いつしか忘れてしまったり、頼りない記憶でしか残らない。明確な記憶、深く刻み込まれた記憶、いつでも即座に想起できる記憶、生き生きと表象化し得る記憶にするためには、手や指を動かし、目で文字や文章を確かめ、脳で考えるという「書く」という勉強をしてこそ、生涯を通じて活用できる理解と習熟の域に達することができる。
書く力は、真っ当な学力を身につけさせるための核心であり基礎となる能力である。日本語で学力をつけていく日本の子どもは、特に漢字・漢語の理解と習熟を重んじなければならない。軽視すると、概念を操作しての抽象的思考の始まる小学四年生以降の学習で、概念語・抽象語でひどくつまずき、ほとんどついていけなくなる。漢字の習得を強制的・機械的に押しつけるか、知的好奇心をかき立てての有機的な教え方をするかは、子どもたちの爾後の発達に決定的な影響を及ぼす教育実践である。
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明治図書
















