- はじめに
- 1 アヘン戦争
- 2 利発な農民の子利助
- 3 勤労少年利助
- 4 黒船が来た
- 5 隊長来原良蔵
- 6 松下村塾に学ぶ
- 7 俊輔・聞多イギリスに
- 8 砲撃される長州
- 9 あらしの中の長州
- 10 防長の天地をひっくり返した男
- 11 新国家のうぶ声
- 12 役人俊輔
- 13 大改革推進の手だてを求めて
- 14 世界一周の大使節団
- 15 改革者たちの大分裂
- 16 明治十四年の対決
- 17 ヨーロッパの憲法を調べる
- 18 夏島での長期合宿
- 19 明治憲法を練る
- 20 憲法の発布
- 21 「天皇の知らす国」とは?
- 22 帝国議会と博文
- 23 日清戦争
- 24 政党内閣の出発
- 25 北方の大国ロシアの圧力
- 26 日露の開戦と博文
- 27 強大なロシアとの戦い
- 28 ポーツマス講和条約
- 29 日本と韓国と博文
- 30 乙巳保護条約
- 31 初代韓国統監となる
- 32 軍部の独走をおさえる
- 33 皇帝の密使と義兵たち
- 34 現実の溝の深さと統監
- 35 ハルピン駅にひびいた銃声
- 伊藤博文開連年表
- 保護者の皆さんへ
- 参考文献
はじめに
およそ一世紀半ぐらい前の日本は、西洋列強の力が極東にまで迫り、危機の時代に入りつつありました。伊藤博文は、この時代に長州藩領の村で貧しい農民の子として生まれたのです。後にかれは、初代知事・総理・貴族院議長・韓国統監など、新設のかがやかしい地位に最初につきました。アジアで最初の立憲国家としての出発を助け、行く手に現れる危難に立ち向かいました。今なお伊藤博文が作ったシステムによって、幸福を追求している部分が、生活のここかしこにあります。
博文を支えたものは、進取の気性・明敏さ・たぐいまれな知的スタミナ+運だったのでしょうか。かれの心をゆさぶったさまざまな体験、特に吉田松陰の影響、あるいは友人たちが「死」をもって示した真実が、かれの人格に大きな影響をあたえてきたと思われます。
アジアで最初の立憲国家づくりを果たした伊藤博文から、多くのことを学んでいただきたいと願っています。
/勝本 淳弘
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