- 解 説
- T 近現代史の充実
- 一 近現代史が問題にされる訳
- 1 「近現代史」とは?
- 二 近現代史が注目される背景
- 1 戦後史に期待
- 2 領土問題・平和問題とかかわって
- 3 近隣諸国との交流に向けて
- 三 近現代史を充実しなければならない訳
- 1 近現代史の理解
- 2 近現代史の改善
- 3 戦後の学習の充実
- 4 人物学習の充実
- 5 近隣諸国と共存の近現代史
- U 社会科学習と近現代史
- 一 小学校における近現代史
- 1 社会科学習に期待
- 2 体験的な学習を
- 3 地域の教材開発を
- 4 多様な学習で充実を
- 5 教師力の育成を
- 6 社会科学習を楽しく
- 二 中学校の社会科での近現代史
- 1 小・中学校の関連
- 2 中学校の社会科
- 3 中学校も事例を取り上げて総合的に
- V 近現代史の具体的実践例
- 一 「窓」の学習と「軸」の学習
- 1 「窓」の学習とは?
- 2 「軸」の学習とは?
- 二 「窓」の学習
- 1 「青い目の人形」
- 2 日本の近代史を、意欲的に追求する活動型の実践例
- 3 八兵衛が見た明治の世の中
- 4 風刺画から見る二つの戦争
- 5 流行歌から見えてくる 日本の戦後
- 6 アメリカ橋から日露戦争前後の日本を見る
- 7 憧れのクルマがマイカーに! スバル360の登場
- 8 我が家にテレビがやってきた!
- 三 「軸」の学習づくり
- 1 「条約改正」から近代国家建設へ
- 2 台所革命が日本人の生活スタイルを変える
- 3 五円玉から戦後の復旧・平和への願いを
- 4 「高度経済成長」から生活の変化
- 四 近現代史で取り上げたい人物五○人 人物の営みから近現代史に迫る
- おわりに
解説
歴史学習は、社会科のなかでも子どもたちの好きな内容である。しかし、「近現代史」になると事情は違ってくる。第一に教師がどう取り組んだらよいかわからないのが実情である。そうしたなか、本書は、明治から平成まで、実に意欲的に、しかも面白く取り組んでおり、読み出したら必ず引き込まれると思う。教材が面白いから、「やってみようか」という意欲も出てくる。わたしなど、いくつかの実例を「追試してみたい」と思った。
これはひとえに、田山グループの四人が、「近現代史の新しい教材を開発するのだ!」という意欲をもって、本書に取り組んだ証拠である。わたしの知らないこともあって、「読み物」としても面白いと思った。教材内容の幅も広く、教材になるものはすべて取り上げたのではないかと思われるほどである。
ねらいを、「近現代史が十分になされていないので、何とか面白い教材を開発して、どの教師も取り組んでみたいと思わせ、充実した近代史が行われること」にしていることが読みとれる。こういうことから、本書は、教育書というよりは、一般書といってもよいのではないかと考えた。一般の人、教員以外の人が読んでも十分に面白いと思えるからである。
まず、本書の時代区分が面白い。@明治時代 A大正時代 B旧憲法の昭和時代(一九二七〜一九四五年) C新憲法の昭和時代(一九四五〜一九八九年) D平成時代(一九八九年〜)。昭和を新・旧の憲法で、二つに分けていることで、当然といえばそうともいえるが、「戦前・戦後」としなかったところが面白いと思った。時代区分のしかたはいろいろあるので、これも一つの区分のしかたであるといえる。「これらの時代区分の考え方は、私たちが、近現代史を分析的に考える上で、また時代を解釈する上で参考になる」と述べている。
時代区分との関係で面白い提案をしている。それは、「窓」の学習と「軸」の学習という考え方である。
「窓」から見ると、社会がシャープに見えるというもので、具体的な事例をさしている。「社会科の学習は、いつも基本的には窓の学習でありたい」と述べている。「窓」という具体的な社会的事象を次々と学習していくものである。この社会的事象をつないでいるものを「軸」と考えている。
「軸」は歴史を動かしている力(パワー)であるし、底に流れて事例を貫いているものである。つまり、「窓」が団子とすれば、団子を串ざしているものが「軸」である。
本書では、「軸学習の事例」と「窓学習の事例」が取り上げられている。ことばとして、あるいは歴史の考え方としてはわかるが、事象はどうかと思われる方は、事例のところを先に読むことをおすすめしたい。
日本の近現代史の課題は、近隣諸国との「領土問題」であり、「平和問題」であるといっても過言ではない。まずこのことから学習を始めているのは当然のことだろう。人物学習を充実することについても言及しており、最後に、取り上げたらどうかという人物の提案までしている。
近現代史学習を充実させるために、「@体験的な学習を取り入れる A地域の教材を開発する A多様な学習で充実させる C教師力を育成する D楽しい歴史学習を工夫する」という、五つのことを提案している。いずれもうなづけることだが、実践できるかどうかがカギである。実践できるようそのポイントを述べているところはさすがである。
「窓」の学習の事例を見てみよう。
第二次世界大戦前、日本とアメリカの関係が厳しくなりつつあった昭和二年に、「いつまでも平和と友情が続くように」との願いを込めて、アメリカの子どもたちが「一万二七三九体の人形」を日本の子どもたちに贈ったものである。わたしは、この実物を何度か見たことがあるし、今もある学校が保存しているのを知っている。しかし、この人形を取り上げての授業は見たことがない。
本書では、「青い目の人形」の歌と共に実践例を紹介しているので、参考になる。二校もの例を紹介している。
中学などで取り上げられることはあるが、「大衆の食を変えた魔法──インスタントラーメン」の例を、「窓」の具体例として取り上げている。インスタントラーメンが広まった理由として、次の五つをあげている。@誰にでも受け入れられる美味しさ A食品としての安全性の高さ B簡単に調理ができる C価格の安さ D常温で長時間保存ができる。
このことは、誰でも納得できることである。お湯を加えて「三分間待つのだぞ!」といったコマーシャルを覚えている方もあろう。今、「食の安全」がおびやかされている。インスタントラーメンは安全性に優れており、一九五八年の発明以来、今も五〇〇億食も消費されている。八〇か国以上の国に輸出されている。スペースシャトルに宇宙食としても持ち込まれている。
この実践は、指導案までついているので、すぐ実践できる。たのしい実践といえよう。
流行歌から見えてくる 日本の戦後――かえり船、長崎の鐘、岸壁の母……(なつかしいなと思う。)
アメリカ橋から日露戦争前後の日本を見る――アメリカ橋の歌、東京の「恵比寿南橋」が正式名。
憧れのクルマがマイカーに! スバル360の登場 わたしも三台乗った車でなつかしい。
わが家にテレビがやってきた!
いずれも「窓」の具体的事例として、詳しく書いているものである。テーマを見ただけで、「追試してみたい」と思うはずである。その前に「こんなものが教材になるのか?」と思うのではないだろうか。わたし自身、これまでに多くの教材を開発してきたが、ここに「窓」としてあげられているような教材に気づかなかった。それだけに、面白くて、一気に読んだ。
「わが家にテレビがやってきた!」では、「三種の神器」も登場している。
テレビ、冷蔵庫、洗濯機、が三種の神器とよばれた時代のこと、今の教師はどれだけ知っているだろうか。テレビがわが家につけられたときのことを今でも覚えているが、いい年をして興奮していた。どの家でもそうであっただろうと思う。あの時のわくわくした心境を、その後味わったことはないように思う。子どもならなおさらのことである。
この教材を使って授業してみるといい。おじいさん、おばあさんに、テレビや洗濯機がきたときのことをきいてみるといい。生き生きとした話がきけると思う。満ち足りた生活をしている今の子どもには、到底この「わくわくした心境、好奇心」といったものはわからないだろう。いい教材を取り上げていると思う。
東京オリンピックのあった昭和三九年、わたしの住んでいた村には「数軒」しかテレビがなかったのを覚えている。
面白い「窓」の学習を貫いている、団子の串にあたる「軸」の学習はどうだろうか。
この事例として「『条約改正』から近代国家建設を探る」を、第一の事例としてあげている。日本の近代化は、条約改正と共にあることを述べている。条約改正には五人の外務大臣がかかわり、ほぼ明治時代いっぱいかかって、ようやく改正に成功したのである。約半世紀もかかったのである。これを見れば、日本の近代化はよくわかる。
だからこそ、「軸」の学習だというのである。なるほど、そうなのか、と思う。
「黒船と千石船の比較」なんていう面白い内容もある。やってみると面白いはずだ。江戸の人々が、黒船に驚いたわけがわかろうというものである。ペリーが持参した蒸気機関車のお土産に、びっくりした日本人が、わずか二年後には、佐賀・鍋島藩が全く同じものを造り出した事実を提示すれば、日本も負けてはいないことがわかるだろう。
もう一つ「軸」の学習の例をあげておこう。「台所革命が日本人の生活スタイルを変える」というものである。台所を見れば、いつの時代かわかる、「五円玉から戦後の復旧、平和への願いを」という「軸」の学習も面白い。五円玉は日本の三つの産業を表している。しかし、旧五円玉は国会議事堂であった。「五円玉のひみつ」という事例も実に面白い。
最後に「近現代史で取り上げたい人物五〇人」を提案しているのもすごい。指導要領をのりこえようという意欲が感じられる。とにかく、ユニークな「近現代史」の学習指導を可能にする本であることは間違いない。
「社会科で育てる新しい学力」として全六巻、一度に出版するようにとりはからって下さった明治図書の江部満編集長に厚くお礼を申し上げたい。ありがとうございました。
二〇〇八年四月 /有田 和正
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- 明治図書