- 解 説
- まえがき
- T 古代史からみる自由と平等、権利と義務
- 一 自由・平等から身分差の発生
- 1 ある授業から……
- 2 授業の実際
- 3 最後に
- 二 朝廷の成立で身分差拡大
- 1 律令体制の成立
- 2 日本最古の戸籍
- 3 課税制度「租」「調」「庸」「雑徭」
- 4 授業の実際
- 5 最後に
- 三 女性だけが使ったひらがな
- 1 公用語のひらがな
- 2 漢文・漢詩とひらがな
- 3 授業の構想
- 4 板書でまとめる
- U 武士の世の中の自由と平等、権利と義務
- 一 ご恩と奉公は権利と義務か
- 1 鉢の木物語・北条政子の演説を通して
- 2 蒙古襲来絵詞を通して
- 3 竹崎季長の資料を通して
- 二 身分を超えた下剋上
- 1 下剋上とは?
- 2 授業の実際
- 3 授業で伝えたいこと
- 三 戦国時代の実力とは何か
- 1 天下統一にはどのような力が必要だったのか
- 2 授業計画
- 3 授業プラン
- 四 士農工商というがその実態は?
- 1 士農工商という身分制度はなかった
- 2 士農工商とは何か
- 3 百姓の実態
- 4 武士の実態
- V 近代の自由と平等、権利と義務
- 一 四民平等とは名ばかり
- 1 断髪と武士の特権の剥奪
- 2 平民の実態
- 二 自由民権運動は本物か
- 1 民衆は自由民権運動を本当に支持していたのか
- 2 自由民権運動の取り組みと政府の取り組みをまとめる
- 3 民衆の本当の願いは何かを考える
- 三 憲法はできたけれど
- 1 憲法と自由・平等、権利・義務
- 2 授業の実際
- 3 授業で伝えたいこと
- 四 苦しめられた労働者
- 1 どうして銅を掘るのに木がいるの?
- 2 足尾銅山のしくみ
- 3 立ち上がった労働者
- 4 労働者たちの生活風景
- 5 足尾銅山と田中正造
- W 新しい日本の自由と平等、権利と義務
- 一 戦争は人間性まで奪う
- 1 自分が爆弾に
- 2 自由のない暮らし
- 二 日本国憲法にみる自由と平等、権利と義務
- 1 大日本帝国憲法と日本国憲法
- 2 授業プラン
- 三 基本的人権は本当に尊重されているか
- 1 ネットカフェ難民を知る
- 2 ネットカフェ難民と基本的人権の関わり
- 3 日本国憲法と基本的人権
- X 郷土に眠る自由と平等、権利と義務
- 一 家老に封印された津軽藩士の無念の死
- 1 津軽藩士殉難慰霊の碑とは?
- 2 「北の防人」による警備
- 3 家老による封印
- 4 授業の構想
- 二 人種差別撤廃条項、殉工碑から見えるもの
- 1 人種差別撤廃条項の不採択
- 2 『殉工碑』から見えてくるもの
- 3 授業の実際
- 4 日本人の気概と精神
- 三 アイヌ民族「イヨマンテ」の復活
- 1 「イヨマンテ」禁止撤回
- 2 アイヌ民族に関わる学校教育の現況
- 3 授業の実際
- 4 アイヌ民族の今
- あとがき
解説
日本の歴史の中から、「自由・平等」及び「権利・義務」を取り上げて、日本における「人権」の拡大の様子を、一冊の本にまとめてほしいと願って、西村一夫グループにお願いした。
ここには、今まで取り上げてこなかった「アイヌ」の問題がわかる教師がいること、そして、今一つ、斜里における津軽藩士の無念な大量の死があり、これが封印されたままになっている(教育の世界では)ことに気づき、この二つのことが視野に入っている教師がいることから、この二つの事例を含めた「自由・平等」及び「権利・義務」の拡大について書いてほしいと願った。
西村グループは、大変苦しみ、取り上げるべき内容をあれこれ考察した。はじめはもっと大ざっぱなものであったが、検討を加えるうちに、「人権史風に一七のテーマ」にしぼり込むことができた。実は、もっとしぼって、深い内容をとわたしは考えていたのだが、「これ以上無理をいっては申し訳ない」と思い、あとは西村氏にまかせることにした。
まず、古代から三つ、武士の世の中から四つ、近代から四つ、新しい日本から三つ、郷土に眠る自由と平等から三つ、合計一七の例を取り上げて、「自由と平等、権利と義務」が、どう変化してきたか、分担して執筆している。むずかしいテーマに、よく挑戦しているといえよう。普段の授業では、逃げている内容だけに、大変苦労していることが、一読してわかる。
まず、T『古代史からみる自由と平等、権利と義務』を取り上げている。新しい学習指導要領から復活することになった「縄文時代」を取り上げて、子どもたちに問いかけている。「縄文時代と弥生時代、どちらが良い時代か?」と。ほとんどの子どもが、「争いがなく、身分差もない、人々が平等な縄文時代の方が良い時代だ」と。
この程度の子どもの解で、教師は満足して良いものか?――と問題を投げかけている。なぜなら、人類の歴史上で、争いや戦いがなかった時代があるだろうか?――絶対ないのではないか。争いをするのが人間の悲しい性である。だから、縄文時代は「善」、弥生時代は「悪」という図式は、あまりにも短絡的すぎるのではないか? と考えている。
そこで、「縄文時代と弥生時代、どちらの時代に魅力を感じますか?」という問いを考えている。子どもたちは、「どちらの時代とも言えない」という考えも出てくるだろうという。ここで討論を仕組むという。
すると、「縄文時代があってはじめて弥生時代が成り立っている」ことに気づく。具体的な史実をもとに、自分たちの考えを作っていくことが、歴史学習に重要なことだとしめくくっている。
U「武士の世の中の自由と平等、権利と義務」のところでは「士農工商というがその実態は?」を取り上げてみよう。学校で「江戸時代には士農工商という厳しい階級制度がありました」と習った。しかし、今の教科書には「士農工商」という言葉は出てこない。現在の研究から「士農工商は身分制度ではなく、職分である」ということがわかったからである。
江戸時代は、百姓から武士階級が搾り取っているというイメージが定着しているが、これまた事実とは隔たりがあるという。「元気な百姓、苦しい武士」という実像はこれまで明らかにされていなかった。江戸時代はヨーロッパやロシアのような、農民が厳しい支配を受ける封建制度ではなかった、という新しい研究の成果を述べているこの意味で、きっちり読んでほしいところである。
「秋田風俗絵巻」にある大名行列を農民が寝転がりながら、武士が通るのを見ている絵を提示している。子どもはおかしいという。士農工商というのは、身分制度ではなく、「仕事の区分、、、、、」なのである。だから、武士の下に町人や百姓は横並びで、上下関係はないというのである。これも新しい内容である。
さらに、江戸時代には、農民とはいわず「百姓」といい、農作業に従事するものだけでなく、村に住み、鍛冶や漁業、林業を行っていたものも含まれるので、まさに百姓である。わたしもこういう研究をした本を読んだことがあるので、よくわかる。新しい内容をよく書いているといえる。工・商の身分的区別もなかったという。
「慶安の御触書」についても、内容を一つずつ子どもに紹介したら、子どもから悲鳴や文句が出る。「ふざけている」「こんなのむり」などという。さんざん怒らせておいて、説明する。「慶安の御触書」は現在では幕府から出された法律ではなく、一地域に流布していた教諭書だという説が有力になっている。何しろ、「聖徳太子」さえいなかったという研究者も出る時代である。
わたしは、常々子どもにも、先生方にもいっている。「歴史というのは九九・九%仮説である」と。いつ新しい説が出るかわからないのが歴史である。何しろ、一つの出土品で定説がひっくり返る時代であることを認識すべきである。
ルールを守っていない百姓の例を出し、罰せられていないことを説明している。村にはルール違反をつかまえる武士はいなかったではないか。武士は城下町にいた。なかなか面白い例を出しているので、驚くと思う。
V「近代の自由と平等、権利と義務」のところでは、「四民平等とは名ばかり」という例を取り上げてみよう。
まず、断髪令が出たのに、なかなか広まらず、政府はいろいろな手を使ったようである。一八七一年(明治四年)岩倉具視を団長とする外国使節団が、最初の国アメリカへ着いた時、アメリカの新聞は連日、岩倉具視のことを書いてたのしんだという。その理由は、四八人の使節団の団長がただ一人「ちょんまげ」をしていたからである。アメリカ留学中の二人の息子から注意され、ようやく断髪したという。
日本国内もなかなか広まらない。明治六年の段階で、ザンギリ頭は三〇%程度であった。そこで政府は手を打った。明治天皇を説得してザンギリ頭にし、洋服を着せ、椅子とテーブル、くつをはく生活にしてもらったのである。ステーキやスキヤキなども食べさせ、「天皇もザンギリ頭にしましたよ」と、世間に宣伝したのである。しかし、ほぼ一〇〇%ザンギリにしたのは、明治二〇年代になってからであった。髪型一つ変えるのに、こんなにかかったのである。
こういう状態だから、「解放令」を出しても、平等な世の中にならなかったのである。解放令後、エタ・ヒニンといわれていた人々は「新平民」とよばれ、新しい差別用語ができたのである。華族・士族・平民・新平民という新しい差別用語がつくられたのである。明治になっても、自由平等は実現しなかったのである。
W「新しい日本の自由と平等、権利と義務」のところでは、「戦争は人間性まで奪う」という例を取り上げてみる。
第二次世界大戦は、中立国五、参戦国六〇である。当時、独立国は六五しかなかったのである、(今一九三カ国)。この戦争は、人類史上、人の権利がもっとも失われた時代である。世界中で五〇〇〇万人以上の命が奪われた。日本でも約三〇〇万人が死亡した。つまり、「生きる権利」すらなかった時代だったのである。
この戦争によって、懸命に生き抜いた人々の「心」「人間性」といったものまで奪われたのである。
今も、イラクでは「自爆」がさかんに行われ、内戦状態になっている。ところが、日本にも「自分が爆弾」になった人がいたのである。特攻隊という。この人たちは、飛行機の操縦、整備、敵艦に命中する訓練など、毎日「死ぬための訓練」をしたのである。
先に出撃した先輩や仲間は、二度と帰ってこないという現実に直面する。その時の精神状態はどうだっただろう。「死ぬ順番を待っている」時の気持ちなど、到底子どもには理解できないだろう。それもみんな若者で一七〜二八歳であった。軍部の上の人は、国民を人間と思っていなかったのだ。反対すれば「非国民」といわれた時代である。
とにかく、戦争は「人を人でなくしてしまう」ことに気づかせたい。この章は、そういう扱いをしてほしい。
X「郷土に眠る自由と平等、権利と義務」のところでは、「家老に封印された津軽藩士の無念の死」を取り上げたい。このきっかけになった斎藤勝利の日記が、昭和二九年、東京神田の本屋で発見されなければ、この事件は永久に封印されたままになっただろう。斜里でロシアからの攻撃を防ぐため、津軽藩士一〇二名が派遣され、七二名が死亡するといういたましい事件を、津軽藩の家老は封印してしまったのである。アイヌでさえ冬は生活できない斜里に、津軽から冬支度もしないでいった人が、冬をこせるわけがない――ということさえわからなかったのである。斎藤勝利の日記を西村氏からいただいて読んだ。たんたんと事実だけを書いているが、無念さがジーンと伝わってくる。しっかり読んで授業を実践してほしい事件である。
「社会科で育てる新しい学力」として全六巻、一度に出版するようにとりはからって下さった明治図書の江部満編集長に、厚くお礼を申し上げたい。ありがとうございました。
二〇〇八年四月 /有田 和正
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明治図書- 貴重な学びの機会をいただきありがとうございました。2021/1/830代・小学校教員
















