時代を顕す名言クイズ
知らないと恥ずかしい歴史に残った27選

時代を顕す名言クイズ知らないと恥ずかしい歴史に残った27選

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「新しい歴史学習の方法」を提案

その時代の典型ともいえる「歴史に残った名言」を知り、子どもたちが「調べ、考え、自分なりの結論を出す」ことで歴史への興味を深める。大和/奈良・平安/鎌倉・室町・安土桃山/江戸/明治時代に関する27項目の名言クイズにより習得・活用型歴史学習の方法を提案。


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ISBN:
978-4-18-438519-1
ジャンル:
社会
刊行:
2刷
対象:
小・中
仕様:
A5判 180頁
状態:
絶版
出荷:
復刊次第

目次

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まえがき
本書の使い方
T 大和時代に関するクイズ
[1] 607年
日出ずる処の天子 書を 日没する処の天子に致す。恙なきや。
Q1 「日出ずる処の」とは,どこの国でしょう。
Q2 「天子」とは,だれのことでしょう。
Q3 「日没する処の天子に致す」とは,どういうことでしょう。
Q4 「恙なきや」とは,どういう意味でしょう。
Q5 この手紙を見た,中国の天子は,どう思ったでしょう。
Q6 この手紙を出したのは,だれでしょう。
解説
[2] 645年
蘇我氏を許せない。
朝鮮半島から使者が来る日に,入鹿を暗殺しよう。
Q1 「蘇我氏を許せない」といったのは,だれでしょう。
Q2 「朝鮮半島から使者が来る」というのは,何のための使者でしょう。
Q3 「蘇我入鹿を暗殺しよう」というのはどうしてか。
Q4 入鹿を暗殺しようとした中心人物はだれですか。
解説
U 奈良・平安時代に関するクイズ
[3] 奈良時代・759年
あおによし 奈良の都は咲く花の におうがごとく 今さかりなり
Q1 「あお(を)によし」とは,どういう意味でしょう。
Q2 「奈良の都」というのはどこのこと。
Q3 「咲く花の」の「花」は,何の花でしょう。
Q4 「におうがごとく」の「におう」とは,どういう意味でしょう。
Q5 このうたは,だれがよんだものでしょう。
解説
[4] 759年(万葉集)
から衣 裾に取りつき泣く子らを 置きてぞ来ぬや 母なしにして
Q1 「から衣」とは,どんな衣でしょう。
Q2 「裾に取りつき泣く子ら」とは,どういう意味でしょう。
Q3 このうたは,一体どんな人がよんだものでしょう。
Q4 「置きてぞ来ぬや」とは,どういう意味でしょう。
Q5 「母なしにして」とは,どういう意味でしょう。
Q6 どうしてこんなうたがつくられたのでしょう。
解説
[5] 936年
男もすなる日記といふものを 女のわたしも書いてみよう
Q1 「男もすなる日記」とは,どういうことでしょう。
Q2 「女のわたしも書いてみよう」とは,どういう意味でしょう。
Q3 この文はだれが書いたものでしょう。
Q4 これは,いつごろのことでしょう。
Q5 どんなきっかけで,日記を書いてみようとしたのでしょう。
Q6 この作品を何というでしょう。
解説
[6] 1016年
この世をば わが世とぞ思ふ 望月の かけたることも なしと思えば
Q1 「この世をば」とは,どんな世の中のことをいっているのでしょう。
Q2 「わが世」とは,だれの世のことでしょう。
Q3 「望月」とは何のことでしょう。
Q4 「かけたること」とは,どういうことでしょう。
Q5 この句はだれがよんだものでしょう。
Q6 この句をよんだのは,いつごろのことでしょう。
Q7 どんな状況の中で,こんなことばが出たのでしょう。
Q8 この句をよんだ一族が栄えた大もとは,いつごろ,どんな手柄をたてたことが原因でしょう。
Q9 Q8の後,どのようにして,勢力を伸ばしていったのでしょう。
Q10 この句をよんだ後,この一族はどうなっていったでしょう。
解説
[7] 1167年
平氏でない者は,人ではない
Q1 平氏とは,だれのことでしょう。
Q2 「人ではない」というのは,どういうことでしょう。
Q3 このことばは,一体だれがいったのでしょう。
解説
V 鎌倉・室町・安土桃山時代に関するクイズ
[8] 1221年
みなの者,ようく聞け!
朝廷から差別され,搾取され続けた武士たちを,
今の地位に引き上げたのはだれか。頼朝ではなかったのか。
その恩に報いるのは,まさに今である。
もし,朝廷に従う者あれば,引き止めはしない。
ただ,私を斬り捨てて行きなさい。
Q1 この演説は,だれがやっているのでしょう。
Q2 この演説の対象になっているのはどんな人たちですか。
Q3 この演説は,どんなことがおこったときなされましたか。
Q4 この公家による反乱を何といいますか。
Q5 この公家による反乱は,西暦何年におこりましたか。
Q6 この結果,どのようになりましたか。
Q7 この戦いに勝った鎌倉幕府は,どのようになりましたか。
解説
[9] 桃山時代
日本の最も富める港にして,国内の金銀の大部分集まるところなり
Q1 「日本の最も富める港」とは,どこのことでしょう。
Q2 「日本の最も富める港」といったのは,だれでしょう。
Q3 このことばを発したのは,西暦何年ごろのことでしょう。
Q4 このことばを発した人たちは,日本に何をしにきたのでしょう。
Q5 16〜17世紀のはじめ,スペインやポルトガルと貿易をしたことを「なに貿易」というでしょう。
解説
[10] 1582年
人間五十年,下天の内をくらぶれば,夢幻の如くなり,
ひとたび生を得て,滅せぬ者のあるべきか
Q1 「人間五十年」というのは,どういう意味でしょう。
Q2 「下天の内」とは,どういう意味でしょう。
Q3 「夢幻の如く」とは,どういう意味でしょう。
Q4 「滅せぬ者のあるべきか」とは,どういう意味でしょう。
Q5 このことばをいったのはだれでしょう。
Q6 このことばは,どんな状況のときいったのでしょう。
Q7 このときの合戦を何といいますか。
解説
[11] 1598年
露と落ち 露と消えにし わが身かな 難波のことも 夢のまた夢
Q1 「露と落ち 露と消えにし わが身かな」とは,どういう意味でしょう。
Q2 「難波のこと」とは,どういう意味でしょう。
Q3 これをいったのは,だれでしょうか。
Q4 いつごろ,どんな状況の中でよんだのでしょう。
解説
W 江戸時代に関するクイズ
[12] 1615年
「もうだめだ。腹を切る!」と,二度まで叫んだのはだれか
Q1 「もうだめだ」というのは,何がだめだったのでしょう。
Q2 「腹を切る」とは,どういうことでしょう。
Q3 二度まで叫んだのは,一体だれでしょう。
Q4 いつごろのことでしょう。
Q5 この戦いの後,徳川家はどうなったでしょう。
解説
[13] 1623年
余は 生まれながらの将軍である
Q1 「余は」とは,だれのことですか。
Q2 「生まれながらの将軍である」とは,どういう意味ですか。
Q3 このことをいったのは,西暦何年ごろですか。
解説
[14] 1637年
「裏でポルトガルが,農民を援助している」と,幕府にふきこんだ
Q1 「裏でポルトガルが,農民を援助している」とは,どういうことでしょう。
Q2 これは,ある「乱」であるが,何という乱でしょう。
Q3 この乱は,どういうことからおこったのでしょう。
Q4 幕府にふきこんだのは,だれでしょう。
Q5 乱の結果は,どうなったでしょう。
Q6 この乱がおこったのは,西暦何年でしょう。
Q7 乱をしずめた後,幕府はどんな政策をとったでしょう。
解説
[15] 17世紀
江戸時代,唯一の世界的な輸出品だった日本の商品は何か?
Q1 江戸時代,唯一の世界的な輸出品は何だったか?
Q2 世界的な唯一の輸出品であった有田焼は,いつごろつくられたのか?
Q3 「有田焼」を注文したのは,どこの国の人だったのか?
Q4 どうして「有田焼」が注目をあびるようになったのか?
Q5 古九谷と有田焼は,同じなのか,別物なのか?
Q6 「有田焼」が,各地の遺跡の年代を計る「ものさし」として役立っているというが,本当か?
Q7 ヨーロッパでは,有田焼はどのように使われたのか?
Q8 ヨーロッパ王侯貴族は,有田焼をもっていることがステータスシンボルになったというが,本当か?
Q9 有田焼を入手するため,自国の兵隊と交換した王様がいたというが本当か?
Q10 有田磁器は,ヨーロッパだけでなく,アジアにも大量に輸出されていたというが,本当か?
解説
[16] 1649年
1.早起きをして,朝は草かり,昼は田畑を耕し,夜はなわをない,たわらをあむこと
2.酒や茶は買って飲まないこと
5.麻や木綿以外の着物は着ないこと
Q1 これは,農民にいっているようだが,どうしてこんな注意をしたのでしょう。
Q2 この農民へのきまりを何というでしょう。
Q3 これは,いつごろ出されたでしょう。
Q4 このきまりの目的は,どんなことでしょう。
解説
[17] 1774年
櫓舵なき船の大海に乗り出せしが如く,茫洋として寄るべきかたなく,ただあきれあきれて居るまでなり
Q1 「櫓舵」とは,何のことでしょう。
Q2 「茫洋として寄るべきかたなく」とは,どういう意味でしょう。
Q3 これを書いたのは,だれでしょう。
解説
[18] 幕末のころ
スエズ以東の最先端地域だったのはどこか?
Q1 スエズ以東とは,どういうことか?
Q2 最先端地域とは,どこだったのか?
Q3 どんなことで最先端地域だったのか。
Q4 スエズ以東で最先端地域は,実は日本であった。日本の何県でしょう。
Q5 どんな機械つくりで最先端地域だったのか?
Q6 どうして佐賀県が,スエズ以東の最先端地域地・県になったのか。
Q7 佐賀藩が驚くべき早さで蒸気機関車を造りあげたのはどうしてか?
Q8 「明治政府」を成立させたのは佐賀藩だったといわれるが,それはなぜか?
Q9 日本は科学技術の進んだ国といわれているが,そのもとをつくったのは佐賀県といってよいか?
解説
[19] 1806年
「北の黒船事件」とは,どんな事件なのか?
Q1 「北の黒船事件」とは,いつ,どこでおこったのか?
Q2 どうしてこんな事件をロシアはおこしたのか?
Q3 北の黒船事件は,いつ,明らかになったか?
Q4 斉藤勝利の『松前詰合日記』が偶然みつかってから,どんなことがわかったのか?
Q5 斜里の郷土史家,日置順正(96歳)は,斉藤勝利の日記をみたあと,津軽藩の本拠地だった青森県弘前市の図書館へいき,斉藤の日記をうらづける資料をさがしたが記録はなかった。そこで,斜里からの資料,つまり「斉藤の日記」を出すと大さわぎになった。それはなぜか?
Q6 「斉藤勝利」と「高倉新一郎」の2人がいなかったら,斜里事件は永久に世に出ることはなかったといわれるが,それはなぜか?
Q7 100人のうち,72人も死亡するという大事件を,どうして封印されたのだろうか。
Q8 津軽藩士は,斜里へ何をしにいったのか。命を失うようなところへいくことないのに。
Q9 津軽藩士は,どんな道順をたどって「斜里」までいったのか?
Q10 ロシアが日本の北海道に求めていたものは何か?
Q11 ロシアに北海道や樺太,千島列島を攻められた日本の江戸幕府は,どんなことを意識したのか?
Q12 津軽兵は,ロシア兵と戦ったのか?
Q13 この北の黒船事件をきちんと始末しておれば,ペリーがきたときあわてることはなかったのに,と思うのだがどうか?
解説
[20] 1806年
大平の ねむりをさます 上喜撰 たった四杯で 夜も眠られず
Q1 「大平の〜」という「大平」とは,どんな意味でしょう。
Q2 「ねむりをさます上喜撰」とは,どんな意味でしょう。
Q3 「たった四杯」とは,どんなことでしょう。
Q4 「夜も眠られず」とは,どういうことでしょう。
解説
[21] 1868年
白虎隊は,どうして城が落ちる前,つまり,敗戦より前に集団自決したのか?
Q1 そもそも「白虎隊」とは,どんなものだったのか?
Q2 「白虎隊」というのは,何人くらいいたのか?
Q3 「白虎隊」は,身分が高かったのか。それとも低かったのか?
Q4 「白虎隊」の少年たち19人が,戦いが始まってわずか2日後に,集団自決したのはなぜか?(城が落ちたのは1月後であった)
Q5 白虎隊が城が落ちる1か月も前に自決したのはなぜか?
Q6 白虎隊の中で,2人生き残っている。それはどうしてか?
Q7 生き残った2人は,少年たちの行動や考え方などを詳しく説明したのか?
Q8 白虎隊の眠る飯盛山の墓には,観光客が絶え間なく訪れているというが本当か?
Q9 鶴ヶ城は,いつ落ちたのか?
解説
X 明治時代に関するクイズ
[22] 1872年
日本最初の鉄道は,1/3は海の上を走っているのはどうしてか?
Q1 わずか29qの,日本最初の新橋〜横浜間の鉄道は,上のイメージ図のようなところが1/3もあるというが,どこにあるのか?
Q2 駅は,いくつあったのか?
Q3 図をよくみると,手前に道,次に海,盛土した上を走る鉄道,そのむこうは海になっている。手前の道から盛土しているところまで,何メートルくらいあるのか?
Q4 海上を走らせたのは,わざと走らせたのか。それとも,しかたなく走らせたのか?
Q5 鉄道に反対したのは,どんな人たちですか?
Q6 政府の中で積極的に反対した人はいなかったのか?
Q7 「日本中が反対した」のに,鉄道を造ることに命をかけたのはだれですか?
Q8 金もない,技術もない,資材もない,必要性もないのに,どうしてむりして鉄道を造ったのか?
Q9 880億円という莫大な建設費(これは当時の政府の歳入の1/3にもなる)は,どこからもってきたのか?
Q10 早く造らないと,明治政府がパンクする。一揆がおこるし,反対運動はあるしで,大急ぎで測量を始めた。その結果はどうだったか?
Q11 六郷橋(今の多摩川にかかる橋)617mは,きちんとできたのか?
Q12 エピソードには,どんなことがありましたか?
Q13 最高スピードは,どのくらい出たのか?
Q14 最も人気のあった場所はどこだったか?
Q15 わずか29qの鉄道であったが,日本政府にとってどんな効果があったか?
Q16 新橋〜横浜間の鉄道造りから,日本の鉄道造りのどんなことがみえるか?
解説
[23] 1872年
天は人の上に人を造らず,人の下に人を造らずといえり
Q1 「天は〜」というのは,どういう意味でしょう。
Q2 「天は人の上に人を造らず」とは,どういう意味でしょう。
Q3 「人の下に人を造らず」というのは,どういう意味でしょう。
解説
[24] 明治のはじめ
ザンギリ頭をたたいてみれば,文明開化の音がする
Q1 ザンギリ頭って,どんな頭?
Q2 ザンギリ頭にしたのは,男ですか,女ですか?
Q3 「チョンマゲ」とは,どんな髪型?
Q4 「たたいてみれば」というのは,どうしてか?
Q5 「文明開化の音がする」とは,どんな音か?
Q6 「文明開化」ということは,どういう意味か?
Q7 文明開化の象徴は,具体的にはどんなことだったのか?
解説
[25] 1876年
少年よ 大志をいだけ
Q1 「少年よ」というのは,どんな人をさしているのでしょう。
Q2 「大志をいだけ」の「大志」とは,どんなことでしょう。
Q3 クラーク博士のやってきたのは,日本のどこか。
解説
[26] 1877年
西郷隆盛が,「しまった!」といったのは,どんな意味か?
Q1 西郷は,ある報告をきいて,「しまった」といったという。どんな報告だったのか?
Q2 鹿児島士族は,どうして政府の火薬庫を襲ったのか?
Q3 深夜に,突然,火薬や弾薬を運び出そうとしたのは,明治政府が計画的に鹿児島を挑発したのだというが本当か?
Q4 明治政府は,明治9年8月,士族の特権を奪う「秩禄処分」を発表した。これは,政府から士族に支給されていた「給与・秩禄」を打ち切るというものであった。つまり,士族を追い詰めたのはなぜか?
Q5 西郷は政府をやめて鹿児島へ帰り,「私学校」を創っているが,これは,どんなもので,なぜ創ったのか?
Q6 西郷は,何が不満で鹿児島に帰ったのか?
Q7 西南戦争は,「戦争」といわれるくらい大戦争であった。1つの県が政府の軍隊と戦って,どうして大戦争になったのか?
Q8 西南戦争から,どんなことがいえるのか?
解説
[27] 1900年
板垣死すとも 自由は死せず
Q1 「板垣」とは,どういうことでしょう。
Q2 「自由は死せず」とは,どういう意味でしょう。
Q3 このことばは,どんな状況の中でいわれたものでしょう。
Q4 これは,いつごろのことでしょう。
Q5 このことばが出るような運動を何というでしょう。
解説

まえがき

 はじめは,「北の黒船事件」や「白虎隊」のこと,「佐賀の機関車」のことなどを書きたいと考えていた。樋口編集長が,「歴史に残った名言クイズ」のようなものが面白いのではないか,と提案してくださった。

 クイズの本は何冊も書いたが,「名言クイズ」は書いたことがない。これは面白いし,新しい歴史書になると考え,まず「名言」を集めようとした。ところが,意外にいいものがみつからない。『日本の名言集』などの本を買って読んでみたが,これは名言集というより,格言集のようで,歴史学習に使えるものはわずかであった。

 そこで,『学習百科事典』を2冊,ていねいに読んだ。さすが百科事典だと思った。『堂々日本史』も,全巻目を通し,面白そうなものをひろい出した。『日本の歴史』(中央公論社)31巻も,大あらまし目を通した。

 厚い本をこんなにていねいに目を通したのは初めてであった。勉強不足がはっきりとわかった。

 「北の黒船事件」のことについて,北海道の西村一夫氏に質問の電話をしたところ,「斜里は奥様の生まれ育った所だし,自分も斜里で何年か勤めたので,資料のありかがわかる」といって,取材に2度もいき,写真もとって資料をどっさり送ってくれた。何よりも『松前詰合日記』はありがたかった。読んでいて息がつまりそうだった。文は,たんたんと事実だけを書いているのだが,結果を知っているだけに,「苦しかっただろうなあ」と思いながら読んだ。

 「白虎隊」についても,福島大附小の柳沼孝一氏に,「現地にしかない資料を入手できないか」とお願いしたところ,良い資料と写真を送ってくれた。「電話でたずねるならこの人」という方の電話番号まで教えてくれた。

 また,「佐賀・鍋島藩が,ペリーがきた2年後,機関車を造ったので,その資料はないか」と佐賀県の佐藤幸規氏にたずねた。すかさずコピー29ページを送ってくれた。出典も書いてくれていたので,早速,佐賀新聞社に電話した。「押田努氏の本は3冊あるので全部見た方がよいのではないか」といわれ,3冊とも購入して読んだ。全く知らないことがたくさん出ていた。むさぼり読んだ。押田氏は文もうまい。それで引用がむずかしい。切るところがむずかしく,思わず多くの文を引用させていただいた。気になるので,書いた文を佐賀新聞社を通して,押田氏に見ていただいた。「いい使い方をしていただき私としてもうれしいです」というおことばをくださり,ありがたく思った。記してお礼を申し上げたい方である。

 いい友人・知人に恵まれて,予想とは違った面白い本になったと思っている。わたしが集めたり,持っている本だけでは,このような著書はできなかったのは確かである。これを読んでくださる方も,今までの著書とは一味違うなあと思ってくださることだろう。

 その代わり,いつもの著書に比べて,3〜4倍の労力と時間を要した。こんなに時間をかけて調べ,考え,まとめたのは初めてといってよい。今までは,資料を集めて準備しておけば,時間をかけずに書けた。今回はそうはいかず,もどかしく思いながらも楽しみながら書いた。

 樋口編集長がこのようなチャンスを与えてくださったからこそ,新しい勉強をし,資料を集め,検討に検討を加えて書くという,新しい仕事のスタイルをつくれたのである。

 問題があり,締切があるからこそ,何とか早く書きあげようと努力するもので,締切がなければいつできあがるかわからないだろう。締切を散々延ばした上,大した著書にならず,樋口編集長に申し訳なく思っている。

 しかし,今の実力はこんなものだということが,はっきりとわかるだろう。実力以上のものは,やはりできないものである。これまで待っていただきありがとうございました。樋口編集長に厚くお礼を申し上げます。


  2008年4月   /有田 和正

著者紹介

有田 和正(ありた かずまさ)著書を検索»

1935年 福岡県生まれ。

玉川大学文学部教育学科卒業。

福岡県の公立校,福岡教育大学附属小倉小学校,筑波大学附属小学校を経て愛知教育大学教授。

1999年3月 愛知教育大学定年退官。

※この情報は、本書が刊行された当時の奥付の記載内容に基づいて作成されています。
    • この商品は皆様からのご感想・ご意見を募集中です

      明治図書
    • 教材研究に役に立つ。生徒に提示すると色々考え、授業にすぐいかせた。
      2015/12/320代社会科教諭
    • 歴史学習の発展的側面の強い一冊である。教材研究・ネタ集めとして教師が活用することができるほか、学級文庫として子どもが読めるようにしてもおもしろいだろう。歴史好きの子どもは、必ずと言っていいほど出てくる。その子たちの知的好奇心を刺激することは間違いないだろう。

      @知らないことが多すぎる
      有田先生でさえ、このように言わしめるのが歴史の世界である。あらためて多くの資料を集めてまとめたという。その通りで、今まで知らなかった、はじめて聞いた話も数多い。まずは、教材研究用、教師の知識量アップとして本書を活用しようと考える。

      Aデータの大切さ
      解説がいつものことながら、ていねいに記されている。とりわけ、数値などのデータの扱いについてである。非常に分かりやすく、子どもにもそのまま伝えられるものとなっている。「データを大切にする」という、社会科教師の基本の構えを、有田先生の姿から学ばせていただいた。

      B参考文献の多さ
      これには、驚かされる。有田先生が著書の中で言われていることを、想像以上にされていることがよく分かる。
      佐賀で売られている地元の本から調べたり、全国の先生から情報を得たりと、「追究の鬼」を第一線で続けられている。このことも有田先生の大きな魅力のひとつである。
      2014/5/30學び魂

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