- はじめに
- Chapter01 「主体的・対話的で深い学び」をすべての生徒に
- 〜「落ちこぼし」をつくらない地理ネタ〜
- 1 はじめに
- 〜動態的地誌って〜
- 2 切り口は単純だが,深い学びのあるネタ
- 〜お肌美人〜
- 3 はやくわかりたい!解決したいと思うネタ
- 〜「無料で泊まれるホテル」から太平洋岸式気候〜
- 4 ワクワク感をもち,事実や背景,そして本質につながるネタ
- 〜「51m以上の建造物はダメな県」「空き家の少ない県」って〜
- 5 矛盾や対立のあるネタ
- 〜なぜ福島市に県庁所在地があるのか? 〜
- 6 驚きや葛藤のあるネタ
- 〜オランダが農産物輸出額世界第2位のワケ〜
- 7 思考が深まり,偏見が揺れるネタ
- 〜イスラム教徒が豚肉を食べないワケ〜
- Chapter02 地理授業のつくり方
- 1 「コアラのマーチ」から考える地球温暖化とCSR
- 〜オーストラリア〜
- 2 料理から考えるヨーロッパの農業
- 〜「位置」「分布」「人間と自然環境との相互依存関係」に関わって〜
- Chapter03 ワークの使い方の事例
- 〈南アジア〉“午後の紅茶”の美味しさはここから
- 〜自然条件とCSR〜
- Chapter04 世界と日本の地域構成ワークシート
- 領域
- 海洋大国日本 〜日本の領域〜
- 世界の姿
- ロシアにあるのになぜ中国にはないの? 〜時差〜
- 世界と日本の地域構成
- 将棋で学ぶ都道府県 〜ゲーム〜
- 気候
- 降水量の多いところと少ないところ 〜降水量と自然条件〜
- 世界一寒いオイミャコン 〜寒帯・冷帯〜
- 世界の衣服
- ところ変われば衣服も変わる 〜衣服と気候〜
- Chapter05 世界のさまざまな地域ワークシート
- アジア
- モノカルチャー経済からの発展 〜ASEANの今〜
- ゴミのポイ捨て禁止の国 〜開発独裁〜
- インドの光と影 〜人口大国〜
- トイレなき経済成長 〜不可触選民〜
- 衣服の裏側 〜エシカル〜
- アフリカ
- アフリカにペンギン? 〜自然〜
- 甘いチョコの苦い現実 〜モノカルチャー経済〜
- スマホの裏側 〜紛争・児童労働〜
- なぜ紛争はなくならないのか? 〜脆弱国家〜
- バラ栽培の変化 〜交通・通信〜
- ヨーロッパ
- EUって何? 〜平和と繁栄〜
- EUの自動車工業 〜冷戦崩壊と経済協力〜
- なぜイギリスはEUを離脱したのか? 〜EUの課題〜
- 北アメリカ
- 自動車,宇宙産業,IT産業 〜工業立地条件〜
- カナダに移民が多いワケ 〜多文化共生〜
- 中南アメリカ
- コーヒー生産が盛んになったワケ 〜プランテーション農業〜
- ブラジルの大豆生産 〜熱帯林減少〜
- オセアニア
- オーストラリアをエピソードで深く学ぶ 〜自然・歴史〜
- 肥満の多い島々 〜温暖化とグローバル化〜
- Chapter06 日本のさまざまな地域ワークシート
- 日本の気候
- 大阪の選抜高校野球優勝が多いワケ 〜気候の特色〜
- 漁業
- フィレオフィッシュ(R)を購入しますか 〜持続可能な漁業〜
- エネルギー
- 原子力か再生エネルギーか? 〜メリットとデメリット〜
- 工業
- 工業が盛んなところはどこか? 〜工業立地〜
- 九州地方
- スティールからCARへ 〜工業立地条件〜
- シラスの効用 〜自然を生かした農畜産業〜
- 沖縄の未来 〜地域再生〜
- 中国・四国地方
- 本州・四国連絡橋が開通して 〜交通〜
- 上勝町の挑戦 〜循環型経済〜
- 近畿地方
- 変わる阪神工業地帯 〜大阪市の人口〜
- 琵琶湖のめぐみ 〜環境保全〜
- 花粉症は公害病? 〜医療と林業〜
- 中部地方
- 農業生産日本一の田原市 〜生産条件〜
- レタス栽培の光と影 〜高原野菜〜
- 煙管から洋食器生産へ 〜地理・歴史的条件と工業〜
- 魚沼産コシヒカリが美味しいワケ 〜米づくりの条件〜
- 関東地方
- 過密都市の今 〜都市に人が集まるワケ〜
- 京浜から北関東へ 〜変化する関東の工業〜
- 東北地方
- 東北の伝統行事と工芸 〜自然と歴史〜
- モデル農村の希望と苦悩 〜大潟村〜
- 三陸沖が好漁場のワケ 〜海流と地形〜
- 北海道地方
- でっかい北海道のでっかい未来 〜自然〜
- 北海道観光の光と影 〜観光都市ニセコ〜
- Chapter07 地域の在り方ワークシート
- 地域
- 大阪環状線発車メロディーから見える大阪の様相
- “日本酒”を深く学ぶ 〜西宮市〜
- 法隆寺の町・斑鳩の挑戦 〜循環型社会〜
- おわりに
はじめに
長崎原爆資料館の入り口に「長崎からのメッセージ」が掲げられている。核兵器,環境問題,新型コロナウイルスという3つを挙げ,それらに「立ち向かう」根っこは同じだと語りかける。「自分が当事者だと自覚すること」「人を思いやること」「結末を想像すること」そして「行動に移すこと」である。このメッセージにこれからの社会科教育のあるべき姿が示されているのではないだろうか?
「当事者性」とは,子どもたちにとっても「切実性」「有事性」のある題材から,社会と対峙する学びを創造することであろう。「地球温暖化」については,魚種の変化,果物栽培の不適地化など食生活の変化も予想されるが“いのち”そのものが問われている。現在,「熱中症」で亡くなる人は年間約1000人であるが,今後,発生率は,埼玉県では2.5倍,福岡県では3〜4倍,大阪府では連日危険レベルになると言われている。また,「台風」は,列島近海の海水温27度以上の海域で勢力をあげ,日本列島に近づくほど勢力を強め上陸し,「豪雨」「土砂くずれ」など大規模な災害が増えている。そして,陸地にある氷河が解けはじめると,東京都江戸川区の海抜ゼロメートル地帯では,巨大台風が都心に上陸し荒川と江戸川が決壊した場合には約250万人が浸水被害を受ける。ヒマラヤ山脈の雪が解け,雪崩がおこり多くの人に被害がでたことは周知の事実だ。子どもたちにとって「身近」で「当事者性」のある題材から社会の課題を追究し解決する方法について学ぶことが大切である。
「人を思いやる」ためには,社会的事実や課題を“知る”ことが不可欠である。先日,「国境なき医師団」が,カリブ海にあるハイチでの医療活動への支援を呼びかけていた。ハイチは,アフリカから奴隷として連行された黒人による国で,フランスによって支配されていた。1804年,十数年間におよぶ血なまぐさい奴隷蜂起を通して独立を勝ち取った唯一の国である。だが,2004年には森林伐採の影響もあり,ハリケーンで約2000人の死者を出し,2010年の大地震では,救助に来た外国人からもたらされたコレラにより82万人以上が苦しんだ。「医師団」は,入院したコレラ患者の治療をしている。直接下痢の便を出してもらうため,ベッドのお尻が当たるところに穴をあけ,いくつかのベッドの穴の下にはバケツが設置された写真が目に留まる。筆者が募金をしたのは,ハイチの歴史や災害そして「医師団」の活動もあるが,活動資金の96%は民間からの寄付で成り立っている事実を知ったからである。「医師団」は,これらの治療を“傷に絆創膏”と揶揄する。なぜなら,ハイチの構造的な問題があるからだ。スタッフは昼夜を問わず救護をおこなうが,施設の外の街にゴミが浮き,汚水が流れている現実に肩を落とす。事実や背景を“知る”ことで“人を思いやる”気持ちが動く。そして次の課題も見えてくる。
「結末を想像すること」については,少子高齢社会の進行から考えてみよう。2021年には「介護」による離職が大量発生,22年「ひとり暮らし社会」が本格化,24年全国民の6人に1人が「75歳以上」,25年「認知症患者」が700万人規模に,そして,私がもっとも危機感をもつのは,2030年には地方からデパート,銀行,老人ホームが消え,その3年後の33年には全国の住宅の3戸に1戸が空き家になる「結末」である。しかし,これは,何ら対策がなく放置した場合である。「対策」の必要性を“痛感”すれば「未来」は見えてくる。展望ある「未来の世界のかたち」は,2015年に“危機の時代の羅針盤”として提起された,SDGsの169のターゲットに示されている。2030年までに「誰一人取り残さない」社会の実現を目指すSDGsのターゲットは,社会科教育の目標と合致する。SDGsは,「答えのある問題集」であり,その「実現過程」を考えることで「思考力・判断力」が育つ。「ポジティブ」「ネガティブ」のどちらであろうが,「未来の世界のかたち」を「想像」する力は「変化を生む羅針盤」である。
そして,「行動に移すこと」である。学習指導要領では「学びに向かう力,人間性等」で,「どのように社会・世界と関わり,よりよい人生を送るかを目標にしなければならない」と「参加・参画」の視点が示されている。例えば,マクドナルドが,水産資源と環境に配慮したアラスカのMSC認証漁業からスケトウダラを輸入していることから,MSCアンバサダーのココリコ田中直樹さんは以下のように語っている。「僕はマクドナルドでエッグマックマフィンを注文していました。マクドナルドがMSC認証の魚を使ったフィレオフィッシュ(R)を提供するようになり,注文が変わりました。でも毎回注文するわけではありません。……続かない気がするからです。フィレオフィッシュを注文することが増えた。それくらいでいいと思っています」(要旨)。自分の「興味」あることを切り口に“ちょっとした行動”が地球や地域,未来を変え,地球市民としての社会正義を考える授業が問われている。
最後に,「社会的な見方・考え方」である。学習指導要領の中では「社会的事象等を見たり考えたりする際の視点や方法」とされているが,平たく言えば「知識を忘れても残る思考力・判断力」とも言える。これからの授業は「見方・考え方」を培い,急速に変化する「予測困難な時代」に向けて持続可能な社会の担い手を育てようとするものである。しかし,何度も何度も……「暗記社会科」からの脱却が問われてきたが,いまだに克服ができない現状がある。生徒の知的好奇心に火をつける「わかる楽しい授業」も大切だが,「先生! 世の中って複雑ですね」「立場やいろんな見方・考え方があるんですね」「家に帰って勉強します」という,「もやもやするけど楽しい」“深い学び”から,社会に対峙しつつ「思考力・判断力」を育てる授業実践が問われている。
本書は,“誰一人取り残さない”すべての生徒がわかる授業を目指してきた筆者が,すべての生徒に「社会的見方・考え方」をつける授業に挑戦した試みである。それも従来の「授業記録」「授業プラン」ではなく「ワーク」形式で紹介させていただいた。多くの先生に本書を手にとっていただき,「社会科=考える教科」となることを願うばかりである。
2021年7月 /河原 和之
実際に授業してみたい内容が豊富でした。