- はじめに
- 第1章 歴史授業づくりの理論と方法
- 1 主権者教育において「問いの構造化」がなぜ必要か?
- ―本当に考えなければならないのは若者の低投票率よりも……?―
- 1 民主的な空間と学力向上の関係について
- 2 しかし……いつもこうした「民主的な雰囲気で公的論争問題を熟議できる空間」が生まれるとは限らない
- 3 「議論学習の早期実施促進論」は正しいか?
- 4 このような学校での議論の場での光景は,日常生活の至るところで観察できるのではないか
- 5 では,なぜ今「問いの構造化」が授業設計において必要となるのか?
- @ 「問いの構造化」とは何か?
- A 2025年衆議院選挙は財政政策が争点になったが,国民は本当に知的判断ができるように準備されてきたのだろうか?
- B 「わかった(気がする)」という知的な安心感を与える学習が必要なのではないか?
- 2 なぜ,歴史の「なぜ」学習に教師の問いかけが必要なのか?
- ―因果関係理解の記号接地のために―
- 1 AI時代の「なぜ」学習
- 2 AIを用いたある授業場面から見えるAIの限界と教師がすべきこと
- 3 歴史学習におけるアブダクション
- @ 歴史学習におけるアブダクションの原理
- A アブダクションの階層性とその指導
- B 「なぜ,江戸幕府は開国したのか?」
- 第2章 本質的な問いを活かした歴史授業の単元設計
- 1 本質的な問いを活かした歴史授業の単元設計
- ―日本史―
- 1 「本質的な問い」を通じた貨幣史学習の体系化
- 2 後付けの「本質的な問い」と中心発問の精錬
- 3 仮説(予想)の重要性
- @ 生徒の仮説(予想)をもとにした発問順の入れ替え
- A 仮説(予想)の設定における足場かけ
- 4 同一のEQに取り組んだ生徒の記述の変容
- 2 本質的な問いを活かした歴史授業の単元設計
- ―世界史―
- 1 なぜ「本質的な問い」を設定するのか
- @ なにが「本質的な問い」なのか
- A なぜ「本質的な問い」を設定するのか
- 2 米国における「本質的な問い」を活用した歴史カリキュラム構成論
- 3 通史を前提とした世界史探究における「本質的な問い」の活かし方
- @ 同一時代の諸地域(「ヨコ」)をつなぐアプローチ
- A 他時代(「タテ」)をつなぐアプローチ
- 4 おわりに
- 第3章 本質的な問いを活かした科学的探求の歴史学習デザイン
- 1 科学的探求の歴史学習デザイン(応用編1)
- ―個別最適な学びとのかけあわせ―
- 1 「問いの構造化」と個別最適化の前提
- 2 本質的な問い(EQ)としての単元を貫く学習課題へ
- 3 単元の実際 ―単元を貫く学習課題―
- 4 単線型学習活動での学習の個性化
- 5 「個別最適」の陥穽 ―教師の介入は必要か?―
- 6 単元のまとめで,学習の個性化をみてみる
- 2 科学的探求の歴史学習デザイン(応用編2)
- ―知識構成型ジグソー法とのかけあわせ―
- 1 知識構成型ジグソー法とかけ合わせた科学的探求学習の授業デザイン
- @ 科学的探求学習のねらいは何か ―「本質的な問い」設定の再検討―
- A 歴史教育における知識構成型ジグソー法のねらい
- 2 授業実践
- @ 単元「自と他を区別する世界観の問題点は何か」(8・9時)
- A MQ1「イスラーム文化」(KCJ)
- B MQ8「レコンキスタ(国土回復運動)」(科学的探求学習)
- 3 成果と課題
- おわりに
- ―科学的探求学習の理論的伝統と現代の社会的文脈―
はじめに
『社会科授業づくりの理論と方法』の最初の出版から早くも5年以上が経過しました。こちらが予想する以上の反響があって,何度か重版がかかり,私の研究者人生の中でも,大変有意義な作品になったことは間違いありません。子どもたちが何から何まで主体的に学びを展開することがもてはやされる中で,本書はやや異色な作品であると思います。本書は,子どもたちが体系的に社会事象を読み取る力を育てるために,特に教師が「問い」を体系的に組織しておいて,子どもたちの探求のお膳立てをする点に特徴があります。
アメリカ合衆国の歴史学者であるサム・ワインバーグは,子どもたちが日常で自然に身につけることのできない思考や知識のうち,社会生活上で不可欠なものこそ,学校で教えるべきであると主張しています。彼にとって歴史的思考のいくつかは,そうした「不自然な思考」であり,教師は,この思考の育成のために,子ども任せにするのではなく,問いや資料を体系的・構造的・組織的に事前準備をしていく必要があると考えています。私もこのスタンスに基本的に賛成しています。社会科や歴史の授業で,「なぜ?」を連続的に考えることは,普通はしないことです。実際,市販の歴史資料集や歴史教科書などに最近は問いが示されていたりするのですが,多くの問いは「どうなっているのか(how)」という問いです。これこそが,教えなくてもほとんどの人が自然に問えてしまう「自然な問い」であり,そして「なぜ」は多くの人にとっては不自然な問い=教師が教えていかなければ身につかない問いだと言えるでしょう。
ただし,問いや資料を体系的・構造的・組織的に事前準備をしていく授業は,均一的・直線的な授業になりがちで,子どもたちの主体的な学びを促すという昨今,学校教育に期待されているところとは対立しがちです。個別最適な学びや,ジグソー法のようなグループによる協働的な学びへの期待もここ数年で急速に高まってきています。
そこで本書では,『社会科授業づくりの理論と方法』の理論を,個別最適な学びや知識構成型ジグソー法と組み合わせて,それぞれの良い面が生きるように改良を試みている歴史教育の先生たちや,本質的な問いを生かすことで,開かれた「探究」活動を試みている歴史教育の教師に声をかけて,そのアイデアを掲載する本を出版することにいたしました。
なぜ歴史教育なのか……,それは,「子ども任せ」の授業に依存することで生じる課題は,地理教育や公民教育と比べても,明らかに歴史教育の方が多いからです。現在社会に生きていれば肌感覚で学ぶことができる公民,そして直接経験である程度まで学ぶことのできる地理と比べると,歴史は昔々の話であり,肌感覚で学ぶのはちょっと難しい主題が多いのではないでしょうか。また学びの意味も感じにくいでしょう。そして,巷には極端な言説や根拠の弱い歴史観がそれっぽく語られていて,そうしたものからの影響をついつい私たちは受けてしまいます。
このように本書は『社会科授業づくりの理論と方法』の続編となります。引き続き,読者の皆さんからの愛のあるご批判をいただければ,私たちはさらに続編・続編と作り続けることができます。なにとぞ,よろしくお願い申し上げます。
/渡部 竜也
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明治図書- 歴史の授業に特化して科学的探求学習をする意味や実践例がわかりやすく紹介されていた。中学校の実践も載っていたらなおありがたかった。中学校歴史に特化した内容や地理や公民編もぜひ読んでみたい。2026/8/2530代・中学校管理職

















